決闘3
雨が勢いを増し始めた。大粒の雨滴が地面をたちまち泥の海に変えていく。
バリャドリーは力強いビートを刻むように剣を打ち込み続けている。お互いの熱気で身体から湯気が沸き立ち、もやって見える。
骨の髄まで響いてくるほど一撃は強烈だったが、私の肉体は次第にそのリズムに慣れ始めてきた。反射レベルで対応できるほど攻撃が単調なのだ。少し余裕ができると、私は鳥の目を使って周りの状況を確認した。
反対側のサイドでは、レストンが火のような激しい攻撃を加えていた。ロジャーは反撃らしい反撃もせず、巨大なタワーシールドの中に立て籠もり、ひたすら持久戦の構えを見せている。彼も私と同じように仲間が魔装剣使いを一人減らすのを待っているのだ。
一方、カイルはロジャーからかなり離れた位置に移動していた。ロイスもそれを追いかけ、二人は観客がぎっしり詰まったスタンドの傍で戦っていた。
ロイスはレストンに命じられた通りに、適当にカイルをあしらっているように見えた。しかし私はその光景に言いしれない違和感を覚えた。
その正体を確かめようと、私は望遠鏡の倍率を上げるように、意識を二人の動きに合わせた。
二人は度々、つばぜり合いを演じている。プロテクター越しにカイルの口元に注目すると、何か話しているのが分かった。罵っているのかもしれない。十分あり得ることだ。
しかし、奇妙なのはロイスの反応だった。彼はしきりにスタンドの観衆のほうを気にしていた。そこにいったい何があるというのだろう。さらに不思議なのはそんな隙だらけのロイスに対して、カイルがまったく手出ししないのだ。
スタンドのほうに意識を移そうとしたとき、魔獣が警告を発した。
「おいっ、ボウッとするな! やられるぞ」
間一髪、身をかわしたが、バリャドリーの剣が私の肩を擦った。金属の焦げる匂いがして、老ハイマン公の鎖帷子の一部が剥ぎ取られた。
単調だったバリャドリーの攻撃のリズムがいつの間にか変わっていた。複雑で予測しづらい剣の軌道の変化に私は翻弄され始めた。
一度、防御の態勢が崩れてしまうと、次々と隙をつけこまれていく。受けにいくのが後手に回り、どんどんと押し込まれた。
バランスを失ってよろめいたところに、バリャドリーの突きが飛んできた。剣先が頬をかすめ、髪の毛もいくらか持って行かれる。
「死ぬ気か? いつまでそうやってるつもりだ」
魔獣が怒鳴った。
「どうすればいいのよ!」
私は怒鳴り返した。
「簡単なことだろう。お前はアマイモンを一撃で屠った女だぞ。その力を使えば良い」
私は目の前の男に何の恨みもない。いやそれどころか同情すらしているといっていい。彼らは魔獣退治という騎士らしい働きで今の地位を得たのだ。憎む理由など何もない。
「それは最後の手段だ。止むにやむを得ない場合のね」
「本気で言ってるのか? 奴はお前を殺すのにいささかの躊躇いもしないぞ」
「それはわかってるさ。でも彼を殺したくはない」
「ならばどうするつもりだ」
「レストンがロジャーを倒せば、二対一になる。そうなれば彼の戦闘力を奪う程度にとどめておくことができるはずだ」
「さてそううまくいくかな……」
魔獣は沈黙した。
「苦しいときこそ、足を止めるな」不意にコーチのだみ声が聞こえた。
サーブ、レシーブが乱れて相手に得点を連取されたとき、タイムアウトでよく言われた指示だ。
私は一旦、距離を取ると膝と肩の力を抜いた。そして小刻みに足を動かしはじめた。
バリャドリーが距離を詰めてくるのを、フットワークでかわす。さらに詰めてくるところをかわすとフェイント入れて、横に回り込み剣を打ち込んだ。
私は今までバリャドリーの間合いで戦っていた。単調なリズムで彼が打ち込んでいたのは、私をその間合いに引きつけておく罠だったことに気づいた。
バリャドリーも私の変化に気づいたのか、剣を下げて肩で大きく息をした。兜で表情は分からなかったけれど、少しは出し抜くことができたに違いない。
しかし、この歴戦の騎士相手にいつまでも防御一辺倒というわけにはいくまい。
レストン、頼んだよと念じながらそちらの様子を伺おうとしたとき、雨音をかき消すほどのどよめきが起こった。
いつの間にか、レストンの側まで来ていたロイスが背後から脇の下を刺し貫いたのだ。
レストンの左手はだらりとぶら下がっていたが、それでも彼は倒れずにいた。鎖帷子から鮮血が溢れだしている。ロイスは茫然とその場にへたりこみ頭を抱えていた。
私は瞬時に状況を理解した。ロイスがしきりにスタンドを伺っていたのは、彼の身内が金狼に捕らわれてそこに居たのだ。
「これがお前達の騎士道か!卑怯者」
全身から怒りが吹き出してきた。
――前言撤回!奴を殺す。いやあいつら全員をだ。あんたの力をすべて貸しな
魔獣は地の底から響くような声で応えた。
大上段に剣を振りかぶると、バリャドリーに向けて私は飛び込んだ。彼は剣でそれを受けようとしたが、私の魔獣の剣はそれを打ち砕き、兜をたたき割った。
クルミが割れるように真っ二つになった兜から血まみれの顔が露わになった。とどめを刺そうと二の剣を構えたとき、バリャドリーの身体に異変が起きた。
顔面の皮膚がひび割れ始めた。そして雛鳥が卵の殻から這い出すように鎧を突き破って、火のように紅い毛で覆われた魔獣が姿を現した。
バリャドリーは私の渾身の一撃を防ぐため力を開放しすぎたのだ。
毛を逆立てながら、紅い魔獣は私に向かって突進してきた。私自身もすでにかなりの力を開放してしまっていたが、今あれを止めないと大変なことになる。もう自分も魔獣化するしかないのかと思ったとき、黒い影が私の前を遮った。
「盾は俺に任せろ、お前は仕止めることに専念しろ」
魔獣の攻撃を巨大な盾でブロックしたロジャーが言った。




