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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
王都編
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決闘2

「魔装剣の使い手には二通りのタイプがある」とレストンは言った。

 攻撃型と守備型だ。どちらになるかは魔獣の種族と剣の使い手の資質で決まる。

攻撃型は剣技に秀でた者が多く、剣を通じて魔獣の素早さと力を己が身体に取り入れる。一時的に大きく魔獣の力を使うため制御を失い易い弱点がある。彼らは概して短期決戦を好む。

一方、守備型は盾使いに多く見られ、強靭な肉体と圧倒的なスタミナを魔獣から受け取る。防御に特化している分、決定的な破壊力に欠けるため単独で魔獣と戦うよりも、攻撃型や魔道師と協力しての戦いを得意とする。


「敵の二人で言えば、バリャドリーは攻撃型、ロジャーは守備型だ。そしてこの俺は攻撃型だ」

「私はどっちだろう?」

「アマイモンを一刀両断できる力とお前の向こう見ずな性格からして、攻撃型と見るべきだが、経験が浅い故この先どう転ぶかは分からんな」とレストンは言った。

「攻撃型は制御を失い易いとさっき言ったけど、失った場合はどうなるのですか?」

「魔獣が剣の封印を破り己が肉体を乗っ取ってしまう」

「それは魔獣になるということですか?」

レストンは頷いた。

「いいか、夏美。人は善き心と悪しき心の二つを併せ持つ。どんな善人にも悪しき心があり、どんな悪人にも善き心がある。魔装剣はその悪しき心を解放することで、魔獣の力をを取り込むのだ」

「ならば善き心でもって、その力を制御するということなのですね」

「その通りだ。しかしそれにも限界があるのだということを覚えておけ」

私はレストンの言葉を深く胸に刻みつけた。


 観衆の興奮はすでに最高潮に達していた。私たちが柵の間の通路に姿を見せると、地鳴りのようなどよめきが聞こえてきた。無理もない魔装剣使い同士の戦いなどめったに見られるものではない。しかもそのうちの一人は吟遊詩人にも歌われるエルデンの英雄なのだ。しかし、まだもう一人魔装剣の使い手がいるサプライズを彼らは知らない。

 通路の中程まで進んだとき、柵の間を潜って痩せこけた少女が目の前に飛び出してきた。衛兵が排除をしようとするのを私は制止した。彼女は私の足元に跪くと手をきつく握った。

「お願い、姉さんの仇を取って。金狼は姉さんを猫が鼠を弄ぶように殺したんだ」

 私は彼女の悲痛な訴えを受け取った。

「必ず代償は払わせてやるから」

 少女はひとつ頷くと、私の手の甲に口づけをして柵の向こうに戻った。今まで雑音にしか聞こえなかった周りの叫び声が何を期待しているのか、その瞬間にわかった。彼らは私が誓いを全うすることを望んでいるのだ。ひとつ武者震いすると、私は顔を上げ胸を張り戦いの場へ歩みを進めた。


 相手の三人はすでに待ち構えていた。

カイル・ハイデンは何かの悪い冗談かと思うような金ずくめの鎧を着ていた。アイスホッケーマスクのようなプロテクターを顔につけているのは兜を被れば息が苦しいのだろう。彼の顔の反面は包帯で覆われていたからだ。

 サーバリャドリーは白い琺瑯をひいたプレートに身を固めていた。その胴にはピンク色の薔薇が一輪描かれている。ブロンドの長い髪をしたハンサムな男だ。太い首をしきりに回しながら、だらりと両手を提げて足踏みを繰り返していた。彼なりのリラックス法なのかもしれない。

 サーロジャーは飾り気のない漆黒のプレートを身につけていたが、私の目をひいたのは傍らの巨大なタワーシールドだ。大きいだけでなく、分厚さもかなりのものだ。大の男が二人がかりでようやく持てそうな代物だ。あれならアマイモンの爪でもブロックできそうだった。彼はその盾を自在に使いこなすために魔獣の力を使うのだろう。気負いも侮りもない冷静な目で、こちらの様子をじっと伺っている。


 経験豊富な戦士のオーラを彼らは十分すぎるほど纏っていた。ローランと同じような一介の放浪の騎士だった二人は若い頃から各地の魔獣退治に参加した。

 放浪の騎士にとっては魔獣退治は名を上げる絶好の機会だ。攻と守の連携を磨き上げ、エミリアの言うたまに釣れてしまう大物の魔獣を彼らは次々と倒していった。やがて彼らの名は知れ渡るようになり、ハイデン公が目をつけた。諸侯にとっては名高い騎士を召し抱えることはステイタスになる。ハイデンは城一つ分ほどの黄金でもって彼らを迎え入れた。


 晴れてお抱えの騎士となった彼らは今どんな心境でこの場に立っているのだろうと私は思った。ただの仕事を割り切っているのか、それとも血肉を注いで鍛え上げた自分たちの連携を、主君の極道息子のために使うことを不本意に思っているのだろうか。

「もし彼らが領地を持つ譜代の騎士なら、ハイデンは介添えの騎士の役目を命じなかったはずだ。所詮は用心棒程度にしか考えていないのだよ」

 レストンの言葉を思い出しながら、私は目の前の二人にローランの姿を重ねていた。


 観衆は戦いの開始の合図を今か今かと固唾を呑んで見守っていた。

レストンは私とロイスを呼び寄せた。

「戦いは殲滅戦だ。相手を一人残らず倒した方が勝利する。しかし、バリャドリーとロジャーにとってはそれより大事なことがある。カイルハイデンを何があっても守ることだ。そしてそれが二人のアキレス腱になる」とレストンは言った。

 カイルを殺されてしまっては、決闘に勝ったところで意味はない。彼らはせっかく手に入れたお抱え騎士の地位を失うことになるからだ。


「戦いが始まれば二人はカイルを庇う位置を取るはずだ。そして連携して俺たち三人を迎え討つ。しかし夏美が魔装剣の使い手とわかれば作戦の変更を余儀なくされる。魔装剣使い二人を相手にカイルをいつまでも守るのは難しい。二人は連携を崩して夏美を潰しにくる。たぶんバリャドリーがお前の相手だ」とレストンは言った。

 攻撃型のバリャドリーが全力で私を倒す間、ロジャーは守備に徹してカイルを守る。

「やつら二人が連携するといくら俺でも倒すのは難しいが、一人ならなんとかなる。お前はバリャドリーの攻撃を出来るだけ凌いで時間を稼ぐんだ」

「時間を稼げなければ、倒してもいいわけ?」

 私の軽口にレストンは微笑んだ。

「あんたら二人が戦っている間に、俺はカイルの野郎をぶち殺せばいいわけだな」とロイスが言った。

 しかし、レストンは首を振った。

「カイルの料理は後回しでいい。むしろカイルを殺さないようにあしらえ。カイルが早々にくたばれば、奴ら二人は連携しての戦い方に戻る。そうさせないのがお前の役目だ」

 レストンは言い終わると両手剣を大きく一振りした。刀身全体が暗赤色にくすんだかと思うと、たちまちルビーのように輝き始めた。

 向こうではバリャドリーがオレンジ色に光る剣を観衆によく見えるように高く掲げ、歓声が湧き起こった。なかなかのショーマンだ。ロジャーは盾のベルトの調整に余念がない様子だが、その剣は緑色を帯びていた。


「そろそろあんたの出番だよ」

 私は剣をかざすと、魔獣に囁きかけた。ブーンという唸りとともに剣が震え始めた。

「さあ、ショーの始まりだ」

 私は挑発するように青い剣先をバリャドリーに向けた。甘いマスクが一瞬凍りつく。

 ロジャーが駆け寄り何事かを耳打ちした。


 正午の聖堂の鐘が打ち鳴らされ、戦いの開始を告げる旗が投げ入れられた。

 バリャドリーが一直線にこちらに向かってきた。ロジャーはカイルに寄り添うように位置を取る。レストンの読み通りの展開だ。

 私は腰を落として低く構えた。距離が詰まりバリャドリーは大きく振りかぶった剣を打ち下ろしてきた。

 私の魔獣はそれを下から跳ね上げるように受ける。手首に響くほど強烈な一撃だった。バリャドリーはすかさず二撃、三撃と繰り出してくる。まるで腕が八本あるかのような間断のない攻撃を受けるのが精一杯だ。こちらに反撃の暇を与えないつもりらしい。

 まあそれで良い。私の役目は彼をできるだけ釘付けにしておくことなのだから。今すぐカイルの首を刎ねてやりたい衝動を抑えながら、私はバリャドリーの攻撃を受け続けた。



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