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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
王都編
26/88

裁判

 明かり取り用の小さな窓から一筋の光が差してきた。夜が明けたらしい。

 逃げないと決めた以上は、運を天に任せるしかない。これまでだってなんとか窮地を切り抜けてきたんだ。今回だってきっとなんとかなる。


 ロイスはまだ私が牢にいるのを見て目を丸くした。

「なぜ逃げなかった? お前は殺されるんだぞ……」

「私が逃げれば、あんたはかなりまずいことになるんじゃないの?」

「たぶんな……しかし、殺されるようなことにはならないさ。せいぜい職を失うくらいのところだろう。しかしお前にとっては最後のチャンスだったんだ。馬鹿なことをしたものだ」

 彼はため息混じりにつぶやいた。

「ごめんなさい。でもあのまま逃げてしまうのは癪じゃない……それに馬鹿はお互いさまでしょ」

 微笑みかけると、ロイスは少し照れたように顔を背けた。

「それにまだ諦めたわけじゃないよ。私の剣が何処にあるか知っている?」

「オーギュストが剣帯ごと持って行ったよ。裁判の証拠にでもするつもりだろ」とロイスは言った。

「彼は裁判に出てくるの?」

「あいつがお前さんを追求する審問官だ」


 それを聞いて、私は内心ほくそ笑んだ。審問官というのは検察官のことだろう。その彼が証拠品として剣を持っていったということは、裁判の間剣は私の傍にあるということだ。

 昨日の夜は魔獣の呼び出しに失敗したが、それはレイプされるという恐怖心が私の集中を乱したからだ。今度は絶対にヘマをしない。カイル・ハイデンには相応の礼を払ってもらおう。


「何を考えているか知らないが、周りは警護の兵士でいっぱいだ。下手な動きをすれば問答無用で殺されるぞ」

 ロイスは私の表情を窺うように言った。

「あいつにだけは借りを返さないと気が済まない」

 あのサディストに掴まれた胸がキリリと痛んだ。

「カイルか……あの男に酷い目に合わされた女は数知れない。あいつこそ断頭台にふさわしい男だ」

「あんな男を野放しにしておくわけにはいかないよ。誰もやらないなら、私が天誅を加えてやる」

「天誅か……いや、待てよ。ひとつお前さんが生き延びられる方法があるかもしれない。可能性は低いが、やってみる価値はある」

 ロイスは私の両肩をつかんだ。


 小雨が降る中、私は市警の建物の直ぐ側にある広場までロイスとその部下に護送された。

 街の広場にはすでに大勢の人々が詰めかけていた。広場の半分は柵で仕切られている。私が姿を現すと、そこに押し込められた群衆が騒然となった。

 娯楽の少ない時代には死刑も見世物だったと聞いたことがある。彼らの中にも金狼を憎むものは多いだろう。しかし、それと私の首が刎ねられることは無関係らしい。彼らにとっては私の死が今夜のエールの肴になればそれでいいのだ。

 柵と柵の間の通路を私は刑吏に先導されて、プロレスラーの入場のように歩いた。両側から柵に張り付いた男たちが何事かを喚いてる。


 通路を抜けると、身分のある者達のために設けられた雛壇が広場を半円形に取り囲んでいた。その前を武装した兵士たちが固めている。

 私は早々に逃げることを諦めた。いくら魔装剣があったところで、これだけ多くの中を脱出するのは不可能だ。イージスシステムにも捕捉できる的の数には限界がある。

 雛壇の左側に陣取っていた金狼たちが、私の姿を認める罵りの声をあげた。私はカイルの姿を探した。彼は雛壇の最前列で隣の男とこれから始まる余興を楽しむように冗談を言い合っている。

 最悪でもあいつの首だけは頂いてやろうと私は決めた。


 裁判は大法官一人と、騎士の中から選ばれた二人の判事によって裁かれる。騎士という身分を慮ってのことらしく、平民にはこんな仰々しい裁判は行われない。私が騎士であるかどうかにロイスが拘った背景にはそんな事情があった。

 大法官がこの裁判が国王の名の下に行われること、神に誓って審理は公正に行われること、あらゆる空しい前口上を絡まる痰を切りながら宣した。

「そしてこの裁判の判決が正当に行われることを見届けてもらうため、勅許により小評議会よりハイデン公をお招きした」と結んだ。

 雛壇の観衆からは歓声と拍手が、柵の向こうの民衆からはブーイングが起こった。

「どういう意味?」

 私は小声でロイスに聞いた。

「王の代理人ということさ。判決が気にくわなければ、やり直しを命じることができる」

 どうやら私はまた死に一歩近づいたらしい。

 

 次に審問官のオーギュストが告訴状を読み上げた。彼等が捏造した事件のあらましはこうだ。予約がないのに鯨の髭亭に現れた私は女給を脅して席を空けさせた上に、対応が悪いと暴れはじめた。居合わせた金狼の騎士たちが止めに入ったところ、私は剣を抜き放ち襲いかかってきた。乙女を傷つけることを誓いにより禁じられている騎士たちは、手加減しながら相手をせざるを得ず、傷を負ったというものだった。

恐らくその場にいた誰ひとり、そんな話を信じなかっただろう。雛壇に座る者からすら失笑が洩れた。


「何か申し開きがあるなら許可しよう」

 大法官は私の方に少し身を乗り出して尋ねた。ロイスを振り返ると、彼は大きく頷いた。

「大法官様、私は決闘裁判を要求します」

 ロイスに教えられたとおりに、私は片膝を着いて恭しく言った。

 

 決闘裁判は騎士にのみ許された特権で、戦の女神ディュロスに係争の審判を委ねる方法だ。早い話が決闘に勝った方が神の御心に叶うというシンプルな結着の付け方だ。

 これを拒むことは騎士としての面子にかかわる。カイル・ハイデンは受けざるを得ないはずだと、ロイスは言った。カイルは負傷を理由に介添えの闘士を立てるかもしれないが、その場合でもオーギュストの罠に掛かるよりは生き残れる確率は高い。しかも決闘という場で、カイルに天誅を加えることもできるのだ。願ったりかなったりではないか。


 余興が思わぬ方向に転んで群衆がざわめきはじめた。

 大法官は元肉屋の司令官の方をみて「サーオーギュスト、君は同意するかね?」と尋ねた。予想外の展開にオーギュストは動揺を隠せず、救いを求めるようにハイデン公を見上げた。彼からすれば、罠を仕掛けて待っていた獲物に、罠を仕掛けられたような気分だろう。


「いいだろう! 受けてやる」

 それまでニヤつきながら眺めていたカイルが突然立ち上がった。

「しかし、俺はこの通り負傷している身だ。そこで介添えを立てさせてもらう」

 ここまではロイスの予想通りだ。しかし彼がやけに落ち着き払っているのが気になる。

「決闘は公正に行われる必要がある。介添えを立てることはやぶさかではないが、今すぐ用意できるのかね?」

 大法官はカイルに尋ねた。

「もちろんだ。すでに二人の騎士を用意してある」

 カイルは言った。

「二人だと? 私が認めるのは一人だ」

 大法官は気色ばんで言った。

「俺はこの女に鼻を折られた上に、足まで負傷させられたのだ。当然の要求だ」

 カイルは挑むように見返した。

「君はたった一人の女騎士相手に三人で戦おうというのか?」

 大法官は皮肉を込めた笑いを浮かべた。


「介添えは一人でなければならないという決まりはありません。決闘が公正に為されるよう、負傷の程度によって、介添えの数を決めるべきです。ここはハイデン公のご裁可を頂いては如何でしょう」」

 オーギュストが我が意を得たように口添えした。大法官は明らかに不快な表情を浮かべた。

「その必要はない。いいだろう。但し、彼女にも三人で戦う権利を認めよう。もしその人数を集めることができなければ、決闘裁判は成立しない」

 大法官はそれで公正が保たれると思ったあのかもしれない。しかし、いったい誰が私の味方をして戦ってくれるというのだ。

「これはまずいことになったな」

 ロイスが囁いた。

「さて、君の方はどうするのかね? ここには多くの騎士が来ている。君の正義に賛同するものが居れば、力を貸してくれると思うが」

 大法官は再び尋ねた。

 決闘に持ち込めば、私には魔装剣がある。アマイモンを倒したほどの剣だ、たとえ相手が三人でも問題はないだろう。勝てば私は堂々とこの場を立ち去ることができる。三人相手に一人で戦うと主張したところで、この妙に頑固なところのある大法官は認めないだろう。


 私が返答に窮して、黙りこんだ時、ロイスが市警であることを示す朱色のサッシュを外すと、丸めて投げ捨てた。

「俺はこの娘と一緒に戦います」

「なにを馬鹿なことを言ってるの」

 私は彼に近寄り囁いた。

「こいつは俺の矜持の問題なんだ。あんたには関係ない」

 ロイスは自分の胸を指差した。

 

 もうこうなれば、自力であと一人の騎士を見つけるしかない。私は広場の中央に進むと、雛壇の騎士たちに向かって叫んだ。

「私を騎士に叙任したサー・ローランは私の肩に剣を置き、乙女と弱き者の守護者になれと命じました。私はその誓いに忠実だっただけです。もしこの中に本物の騎士が居るなら、どうか私に力を貸してください」

 応える声はなかった。誰も私と目を合わすことさえしなかった。

「サー・ローランだと? そんな騎士の名は聞いたことがない。どうせ領地も持たないうらぶれた騎士だろう。そいつに体でも与えて騎士の地位を得たのではないのか?」

 カイルが嘲ると、仲間の金狼たちも口々に汚い言葉を私に浴びせかけた。

「ローランはエルデン川で戦った本物の騎士だ。お前たちのような地位を傘にきたチンピラとは違うんだ!」

 私は半べそになりながら言い返したが、それをかき消す勢いで金狼達は罵る。

 このままオーギュストから剣を奪い、こいつら全員を皆殺しにしてやる。そう思った時、割れるような大音声が響いた。

「サー・ローランは俺の戦友だ。紛れも無いエルデンの英雄だ。友を侮辱するものは俺が許さん!」

 一人の男が雛壇の中から立ち上がった。見覚えのある顔にはっとした。

 あのごま塩だった。







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