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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
王都編
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王都ザルン

第二部王都編です。

 エルナスを出て八日目、王都ザルンはもう目前だった。

 大陸の南東部に突き出た小さな半島にザルンはある。三方を海に囲まれた天然の要害に位置し、政治の中心であるだけでなく、この国の富の三分の一はザルンに集まると言われている。そしてその富に吸い寄せられるように人が集まり、文化の花を開かせていた。旅の間中、レオは王都の素晴らしさを熱っぽく私に講義してくれた。


 真夏のような日差しが照りつける中、私とレオはその王都に至る最後の長い峠を登っていく。

 都に近づくほど街道も立派になり、行き交う人の姿も目に見えて増えてきた。広々とした田園、豊かに水をたたえる川、目にする景色は彩りに満ちていた。

 空っ風が砂埃を舞あげていたエルナスからここにやって来ると、火星の旅から地球に帰り着いたような気分になる。すべてが瑞々しく新鮮だった。ラムラスの背からみた景色はもしかしたらこれだったのかもしれないと私は思った。


「あの門をくぐれば、王都が一望できます」

 レオが峠の頂きを指した。

 ブランデンブルク門のような装飾を施した円柱に支えられた立派な門が聳えている。その両側を峠の尾根に沿って城壁が延々と続いていた。

「あそこはもう王都の外壁ですよ。僕たちは王都に着いたのです」

 レオは馬を速駆けさせ、先に立った。

 少々お疲れ気味のユリシーズを励ましながら私はあとを追った。


 頂上では、列を成した人の群れが峠の向こうを見つめていた。厳かなものを目にして、居並ぶ人たちは言葉を失ったようにじっと前方の景色に見入ってる。その端に連なったとき、私は思わず感嘆の声を漏らした。それは私の想像をはるかに超えるほど壮麗な眺めだった。

 緑色の平原の中を真っ直ぐに伸びた石畳の道の尽きるところに、紺碧の海を背景にした白い城壁が目の前に浮かぶように現れた。白い巨象、人はザルンのことをそう呼ぶ。


「あの城壁は高さが二十メートルもあるのです」

 レオが声を弾ませた。

「どうしてそんなに高い壁が必要なの?」

「魔獣に備えるためです。魔獣の王はあの城壁から頭がでるくらいに大きいのです」


 魔獣の王はその瘴気でエルナスを草木も生えない赤土の荒野に変えた。巨躯を闊歩させながら、白い城壁に取り付く魔獣の王の姿を想像してみた。そしてそれはいつしか美月の姿にダブって見えた。

 世界を破滅させてしまうような怪物が可憐な少女の中に閉じ込められていることをどう理解すれば良いのだろう。あまりに残酷で痛ましい。

 しかし、妹を助けることはその悪魔をふたたび世界に解き放つことを意味する。

 世界と妹を秤に掛けるとき、私はジレンマに引き裂かれるだろう。一週間前の私なら迷わず美月を選んだ。だが今はどうだろう? 僅か数日の間に、あまりにも濃密にこの世界に関わってしまった。

 リアナはどんな気持ちで娘を人身御供に差しだしたのだろう。子供の頃、あの洞窟でみた付きの女神のように美しい女の心中を慮ってみた。


「どけ!どけ!邪魔だてすると踏み殺すぞ!」

 怒声と馬蹄の音が私の思考を中断させた。

 わっと道の両脇に退いた人の群れの真ん中を五、六人の男たちが馬で駆け抜けていく。揃いの羽根付きのつば広の帽子を被り、濃紺のマントには狼の顔が金糸で刺繍してある。

「金狼騎士団か」

 隣に立っている老人が禍々しい名を口にするようにつぶやいた。

「それはなんですか?」

「最近、王都で幅をきかせている騎士団さ。王の直属の騎士たちが北へ救援に向かったので、手薄になった王都を警護するために結成されたんだ」

 私の質問に老人は親切に答えてくれた。

「あんな連中は騎士ではない。ただのゴロツキさ。酒を飲んで暴れ、金すら払わない。手籠めにされた娘も数知れないって話しだ。あんたらもザルンに行くなら気をつけた方がいいぞ」

 老人の連れの男が忠告してくれた。

「市警隊はなにもしないのですか?」

 レオが聞いた。

「市警隊だって? 賄賂一つで知らぬ顔を決め込む連中に何を期待するんだ。あいつらは相手が騎士様ってだけで腰が引けちまってるよ」

 老人は吐き捨てるように言った。

「王はどうされているのですか? アーロン王は魔獣に蹂躙された国土を再建した名君と聞いていますが」

 レオが尋ねると、老人は首を振った。

「それは病に倒れる前の話さ。今は小議会を牛耳っているハイデン公の言いなりだ。金狼騎士団もハイデン公のごり押しで作られたという噂だ」

 老人は歯がみをした。

「噂は真実さ。公のろくでなしの息子が団長様なのだからな」

 連れの男が鼻を鳴らした。

「レイマン王子が王太子をお受けになっていれば、ハイデン公なんぞに好き勝手させることもなかったのに……」

 老人が悔しそうに言うのを見て、連れの男が笑った。

「プリンスはもう死んだのさ。もう何年王都を留守にしていると思っているんだ」

「なんだと! 我らがプリンスは不死身の男だ。いい加減なことを言うな」

 老人は男につかみかかった。

 二人の争いをきっかけに周りの連中までが、「レイマンは死んだ」「いや死ぬはずはない」などと口々に言い争いを始めた。

 レイマンという男はよほどお騒がせな人物らしい。


 私とレオは揉み合いから離れ、再び馬に跨がった。緩やかな坂を轡を並べて下っていく。

「レイマン王子ってどんな人なの?」

「あまり詳しくはないのですが、国王の末の弟で、何年か前に王から王太子になるよう懇請されたのを固辞して都を去ったと言われています」

「王太子って、次の王様なんでしょ? なんで断ったんだろ」

「王になるにはそれなりの覚悟が要りますからね。それにこのノーラス王国は成り立ちが複雑ですから」

 レオはだんだんと近づいてきた王都の城門を見ながら言った。

「なるほどね……でも熱狂的なファンがいるみたいね」

「そうみたいですね」

 レオは苦笑した。

 私はレオから学んだこの国の歴史に思いを馳せた。


 今の王朝の歴史はたかだか二百年ほどでしかない。それよりずっと以前には千年続いた古ノーラス王朝があった。太平を囲っていた古ノーラスに波乱をもたらしたのが、時空の裂け目だった。

 エグザムという伝説の魔導師(彼はエルフだったとも人間だったとも言われている)がエルフの古魔法を利用して、裂け目から魔獣を召還する術を編み出した。やがてその術は魔導師の間に広がっていった。

 魔獣を召還した魔導師達は、各地の諸侯に売り込みをかけた。高位の魔獣ともなれば千人もの兵士に匹敵する力を持つ。諸侯たちは争って魔導師を雇い入れた。

 教会は召還の術を厳しく禁じたが、効果はなかった。その結果、権力のバランスが大きく崩れてしまった。王の持つ武力を恐れて忠誠を誓っていた諸侯たちは、いまやそれに匹敵する力を持つに至ったのだ。

 各地で起こる反乱に王は為す術もなかった。信仰の保護者である王は魔獣を持つことができなかったからだ。やがて王朝は滅び、分裂の時代に突入していく。

 長く続いた混乱に終止符を打ったのが、魔獣の王の降臨だった。破滅の一歩手前で人々はようやく自分たちの愚かさを悟った。追い詰められた諸侯達は、まだ小さな砦でしかなかったザルンを領する若い騎士の旗の下に戦うことを誓い、エルデン川の畔で魔獣の軍を迎え討った。ローランが同じ場所で戦った二百年前のことだ。

 若い騎士はその剣でもって魔獣の王の首を刎ね、戦いを勝利に導いた。その若い騎士こそが新ノーラス王朝の始祖アルダリスである。彼の子孫はその後も度々起こった魔獣の王の侵攻に、自ら諸侯の先頭に立ち剣をかざして戦った。勇敢で誰よりも強い騎士の魂を持つことが、いつしか王に求められる資質となった。

 今の病身の王に皆が不安を抱くのはそういう背景がある。


「夏美さん! 見て下さい」

 レオが言った。

 いつの間にか城門の前まで来ていたらしい。巨大な門の上から抜きはなった剣を掲げて、魔獣の王に挑みかかるアルダリスが見下ろしていた。




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