表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇敢な追跡者の物語  作者: tori
エルナス編
21/88

誓い

 真っ二つに斬り裂かれたアマイモンの屍体が目の前にあった。

 私が途方もない力を持った証だった。なるほどこれは理性を狂わせてしまうほどの魅力がある。私に正義があろうが、なかろうが、自分の意に沿わぬ者をこの世から消し去ることができるのだ

「夏美さん」

 レオの呼ぶ声がした。少し離れたところで、ローランに肩を貸しながら彼は立っていた。

「レオ、なぜ街に行かなかったの?」

 詰問するような強い語調で私は言った。

「レオを責めるな。ここに残らせてくれと頼んだのは俺だ」

 ローランが言った。

「すぐに行こう」

 しかし、ローランは首を振った。

「俺はもう助からない。戦場でこうなった奴を何人も看取った」

 ローランの脇腹は深く抉られていた。

「ひとつお前に頼みがある?」

 ローランは言った。

「なに? なんでも言って。私に出来ることならキスでもなんでもしてあげる」

 切れ切れの息を吐きながら、それでもローランは微笑んでくれた。

「騎士になってくれないか? どうやらまた物騒な時代になりそうだ。お前のその力が必要になる」

「それがあなたの言った魔操剣を持つもの特別な意味なの?」

 ローランはうなずいた。この剣の力を手に入れた以上、いろんなものを背負うことは覚悟していた。

「わかった。騎士になるよ」

 私はそう答えた。

「そうか、なら安心だ……」

 ローランは力なく笑った。

「ならば、あなたが彼女を騎士にしてあげてください」

 レオが傍らで言った。

「俺は名もない放浪の騎士にすぎない」

「騎士は騎士を叙任できます。夏美さんの力を引き出したのはあなたの勇気なんですよ」

「ほんとうに俺でいいのか?」

 こちらを見たローランに私は頷いた。


「家の名はなんという?」

「タカハラです。高原夏美」

「跪きなさい」

 ローランは剣を取ると、私の右肩に置いた。

「高原家の夏美、戦士の名において、勇敢であることを誓うか」

 荒い息をしながら、絞り出すような声でローランは言った。

「誓います」

 私は答えた。

「父の名において、公正であることを誓うか」

「誓います」

 ローランは右肩から左に移し替えて言った。

「母の名において、乙女と弱き者の守護者になることを……」

 最後は声にならなかった。

「サー・ローラン?」

 支えていたレオが呼びかけた。しかし反応はなかった。彼の目は閉じられ、もはや呼吸も止まっていた。

「立ちなさい。あなたは騎士に列せられた」

 レオが言った。


 ********************


 砦を包囲していたリュロスはそれぞれの住処に帰った。彼らを扇動していた暁の使徒の魔導師が死に、催眠が解けたのだ。

 平和が戻ったとはいえ、村人達の顔に明るさはなかった。彼らも家族や友人を失ったのだ。しかも生活の基盤を破壊され、明日からの暮らしすらおぼつかない。彼らの戦いはむしろ、これから始まるのだろう。


「サー・ローランのことは残念だった」

 居室の椅子に深く腰を沈めてティレルは言った。

「彼は戦士として誇り高い死を遂げました。きっと満足していると思います」

 私の言葉にティレルはうなずいた。

「多くの者が死んでいった。しかし、これからが本番だ。アマイモンが降魔したということは王の力がこの地上に影響力を与えている証拠だ。ローランが君を騎士にしたことは正しかった」

「彼は魔操剣を持つ者は特別な意味を持つと言って、私を騎士にしました。その特別な意味とはなんなのですか、ローランやイーリンが騎士であることとは違う意味があるのですか?」

「騎士という身分については変わりない。だがその在り方がちがうのだ。しかし、今それを知る必要はない。いずれ運命が君を導く」

 これ以上質問しても彼は答えるつもりはなさそうだった。

「それより王都へはいつ旅立つのかね?」

「これからすぐに旅立つつもりです」

 魔獣の王が力を及ぼし始めたからには、急がなければ取り返しのつかないことになる。きっとエミリアは何かを掴んでいるはずだ。

「そうか……王都に着いて落ち着き先が決まったら、手紙を寄こしなさい。わしも妹さんとガランドのことについて調べてみる。何か解れば連絡しよう」

「ありがとうございます……あの、レオの姿が見えませんが、どこに行ったのでしょ」

 砦に戻ってから、彼の姿を一度も見ていない。

「君と別れるのが辛くて、どこかに隠れているのだろう」

 老人は表情を崩した。

「それならお伝え願えませんか? お父上の意思を継いで立派な学者になってくださいと……それから、君には言葉に尽くせないほどお世話になった。とても感謝していると」

「わかった。あれも多感な年頃だ。初めて本気で好きな女と別れるのだ。無礼を許してやってくれ」

 年上の異性にあこがれを持つ、誰にでもあることだ。きっと彼の傍らには相応しい少女がそのうち寄り添うに違いない。

 私はティレルの元を辞した。


 ローランの墓は村はずれの丘にあった。白い墓標にはこう書かれていた。

「放浪の騎士ローラン、名もなき村人のために戦い。騎士の誓いをここに全うする」

 吹きつける強い風を遮るものすらない、草一つ生えない赤土の上に立てられた墓標は、彼の人生そのものだった。

(妹を取り戻したら、必ずここに戻ってくるよ)

 私は呟くと、丘を降りようと背を向けた。二人の少女が丘を登ってくるのが見えた。

 一人は中学生くらいだろうか。もう一人はもっと小さい。子供の頃の私と美月を思い出した。

 小さい少女は両手に白い花を腕いっぱいに抱えていた。

「その花はお墓に?」

 私は尋ねた。

「はい。サー・ローランのお墓に供えるために二人で摘んだのです」

 年上の少女が答えた。

「そっか。あまりにも殺風景だものね」

「ごめんなさい。村の人たちも余裕がないんです。でもこの子がどうしてもお花を供えたいと」

 小さい少女の方を見た。艶やかな金色の髪だった。

 私は美月によくそうしたように、その髪を指ですくい取った。

「あの人は妹に約束してくれたんです。きっとお家に返してやるからって」

 そのままそこに留まれば、泣き崩れてしまいそうだった。「じゃぁ」私は言い残すと丘を下った。

「弱き者の守護者となれ」誓いのことばもう一度口にしてみた。強い風が赤い土を舞いあげた。


 丘を下りきると、ユリシーズは飼い葉桶に顔を突っ込み草を食べていた。その横には黒い髪をマッシュルームカットにした少年が居た。黒い革のブーツを履き、ウールのチュニックを着込み、分厚い羅紗のマントを羽織っていた。

「馬には餌をきちんとやらなければなりません」

特徴のある黒い瞳をこちらに向けた。

「あんた学者になるんじゃなかったの?」

「良い騎士には、良い従者が必要です。祖父があなたに仕えろと」

「いったいあの祖父さん、何を考えているやら……」

「学者にはいずれなります。でも、あなたに付いて世界を見て回ってからでも遅くありません」

「君は王都に行ったことは?」

「ありません。でも行き方はあなたより詳しいはずです」

「後悔してもしらないからね」

 私はユリシーズに跨がった。


一部エルナス編はこれにて終了です。ここまで愛読頂いた読者の方々に深く感謝します。またTwitterで読了宣言や感想を頂いた方にも併せてお礼を申し上げます。

皆様の応援のおかげで執筆を続けるモチベーションが沸いてきます。引き続きよろしくお願いします。


尚今後の予定ですが、一部の改稿を行いたいと思いますので、二部王都編は11月になります。二部は美月捜索の話がメインになる予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ