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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
エルナス編
15/88

砦2

 グールを始末すると、レオが小屋の戸を開けた。

 小屋の奥は坑道の入り口になっていた。

「ここを通れば、砦の中に行けます。昔ここが鉱石の採掘場だったころの名残です。馬も通れるくらいの広さがあります」

 レオは小屋の棚にあった松明に火を付けた。

 神経質そうに首を回すユリシーズを宥めながら、暗い坑道を進んでいった。

 砦は小学校のグランドぐらいの広さで、周囲を土塁で囲まれていた。櫓が所々に配置され、弓を持った男たちが外を見張っている。

「あそこに祖父が居るはずです」

 レオは木造の大きな建物を指差した。


 中の広間は足の踏み場もないほど人で溢れていた。 女、子供に老人が収容されいて、床に敷かれたゴザには怪我人が寝かされている。魔獣との戦闘で傷ついたのだろう。

 レオの姿を見ると、無事に戻ったことを安堵するように皆が微笑んだ。援軍に駆けつけたのが、くたびれた騎士と女だと知っても、それほど落胆した様子はない。中には私たちに駆け寄り、激励してくれる者も居た。

 私はもっと絶望に打ちひしがれた姿を想像していたが、ここに居る人たちの目にはまだ十分生気が漲っている。

「籠城は何度か経験したことがある。不安で孤独で、自暴自棄になるものもいる。そんなときに支えになるのが指揮官だ。城内に規律と秩序をもたらし、希望と勇気を与える。ここの指揮官は優秀な男らしい」

 ローランが言った。

 

「ティレル・ハイマンだ。よく来てくれた」

 赤いビロードのタブレットを着たレオの祖父が手を差しだした。

 ツルツルに禿げ上がった頭、雄牛のような太い首、ギョロッと見ひられた目玉、一言で形容するならダルマだ。その筋の人と言われても一向におかしくないど迫力だ。

「ご覧の有様で、ろくな歓迎もできずに申し訳ない。しかし、レオが二人も連れて帰ってくるとは驚いたな。正直なところあまり期待はしていなかったんだ」

 ティレルは豪快に笑った。

「お祖父様に、サー・ローランが居並ぶ騎士を前に言い放ったところを見せてあげたかったですよ。征服王ハロスがドラゴンに怯える騎士たちを叱咤する芝居の場面そのものでした」

 ティレルは興奮しながら話す孫に目を細めた。


「とにかく君たちの勇気に敬意を表したい。戦える者が必要だったからね」

「ここにはその戦える者は何人いるんだ?」

 ローランが尋ねた。

「我が家に仕える騎士が一人、他にその従者が一人、村の男のうち武器を扱える者が八人ほどいる。それに私とレオを加えて十二人といったところかな」

 ローランが鼻を鳴らした。

「なるほど、それは頼もしい限りだ。それで、魔獣はどれくらいいるのかね?」

 ティレルは椅子に掛けてあった黒い毛皮の外套を羽織った。

「着いたばかりでご足労だが、櫓に案内しよう。その方が話が早い」



 櫓の上からは土塁の向こう側を一望できた。三百メートルほど先の灌木の茂みの中に、黒い影が蠢いている。一見すると人間のようだった。彼らは二本足で立っていた。

「あれが魔獣なの?」

「リュロスだ。上半身はトカゲ、下半身は人間の魔獣だ。普段は人里離れた池や沼に住んでいる。滅多なことでは人里に出てこない」

 ティレルが答えてくれた。

「そんなにたくさん居るようには見えないけど」

 実際、私の目に映っているのは十体ほどだ。

「いや、その後ろにかなりの数が控えている。あれは五十どころじゃないな。ざっとその倍はいそうだ」

 ローランが言った。

 ブランもそうだったが、この世界の人間は私より夜目が利くみたいだ。もう一度、私は目を細めてよく観察してみた。

 確かに、灌木の奥の方にも影が動いているのが見えた。グールに比べてトカゲの化け物がどれほど強いのか見当もつかないけど、十人やそこらで相手にするにはきつい数だ。


「しかし、よく今まで防げたもんだな。攻めてこないのか?」

 ローランがティレルに聞いた。

「攻めてきたさ。しかし、押し返した。ロブ、あれを」

 ティレルが傍らの若い男を振り返った。

 手渡されたのは陶器製の筒だった。先端から細い麻縄が垂れ下がっている。

 ティレルは篝火で麻縄の先に火を付けた。

(ダイナマイト?)

 彼は勢いをつけると、土塁の向こうに放り投げた。

 灌木よりはるか手前で爆発した。

 強烈な爆発音が夜の静寂に響き渡り、灌木の向こうから、悲鳴のような声が上がった。

「すごいな。なんだそれは?」

 ローランが目を丸くして聞いた。

「東の大陸で使われている武器で火薬というんだ。書物の記述を頼りに作ったんだが、殺傷力は今ひとつでね。ただあの轟音には威嚇効果がある。あいつらはあの音が苦手なのか、お見舞いしてやると、しばらくは寄りつかない」

「そいつを使って魔獣どもを蹴散らし、その間にあの坑道から村人を逃がしてはどうだ?」

「いよいよとなればそうせざるを得まいな。しかし、できればけが人や病人、立つことも叶わぬ老人、皆を助けてやりたい」

「何か別に策でもありそうな口ぶりだな」

「リュロスが集団で人を襲うことはない。あるとすれば誰かにそう仕向けられているからだ。そいつを叩けばリュロスは巣に戻るはずだ」

「誰かって?」

「魔獣の王を神と崇めるものたちがいる。暁の使徒と呼ばれる異端集団だ。あんたも名前くらいは聞いたことがあるだろう。奴らは魔獣を操る術を会得している。最近あちこちで魔獣どもが村や町を襲っているのも、奴らの仕業だ」

「聖都が魔獣に包囲されているのもそいつらの仕業とでもいうのか?」

「恐らくな……しかし、問題はそこではない。なぜ彼らが今頃になって表に出始めたかということなんだ。聖都を囲んでいる魔獣はそれほどのものではない。人が制御できる魔獣などたかがしれているからな。あれだけの騎士が救援に駆けつければすぐに鎮圧されるだろう。だが王が帰還すれば、再びあの悪夢が再現する……十七年前の戦い以後、教会は暁の使徒を徹底的に弾圧した。見つければ火あぶりにし、家族は言うに及ばず、親戚縁者、友人の端々までその追及の手は及んだ。それでも彼らは滅びることはなかった。闇に潜みじっと時を待っていたのだ……彼らは今、王の帰還を迎える準備をしているとしか、わしには思えん」


「あんたの話ではまるで魔獣の王が再び、降臨するように聞こえる。十七年前の惨事は暁の使徒が引き金になったと聞いたことはあるさ。だが、魔獣の王は死んだはずだ。十七年前、この地でだ」

「魔獣の王はけして死にはしない。死んだのはその依り代だ。依り代がなければ王はこの世界に顕現することはできない。あのとき、魔導師ソロンとその弟子が王を依り代から一瞬だけ引き剥がすことに成功した。そして騎士達がその依り代を殺した。ソロンはその魂を捕らえて、新たな依り代に封じ込めたんだ。そして異世界へと放ったのだよ」

「まるでそれを見てきたようだな」

「私はその場に居た。依り代を殺した騎士の中にね」

 ティレルの言葉はローランを沈黙させるには十分だった。


 エミリアは魔獣の王は魔獣を支配すると言った。そして魔獣達を破壊に向かわせるのだと。しかし、美月がこの世界に連れてこられたのは、ここ数日の話、魔獣が聖都を包囲したのはもっと前のことだ。

 私の中で二つの事実は結びつかなかったが、今その道筋が少し見えた気がした。

 エミリアはリアナが残した石の微かな痕跡を追って、日本にやって来た。そして占い師に身をやつして新たな反応を待っていた。

 あの夜、美月があの石に触れて反応が起こった。ガランドが一足先に現れて、美月を掠ったわけだ。ということはガランドも日本でチャンスを伺っていたことになる。となると暁の使徒もその場に居た可能性はあるのだ。いやひょっとすると、ガランドと暁の使徒には繋がりがあるのかもしれない。


「異世界に飛ばされた依り代が戻ってきたら、すぐに魔獣の王として復活するの?」

 ティレルは心をのぞき込むような目で私を見た。

「そこまでは解らぬ。しかし、暁の使徒はその確かな予兆をつかんだのだろう。だが今のわしらにとって当面の脅威は目の前のリュロスだ」


 私は義憤にかられて、この場所に来ることを選んだ。美月を探すという最優先改題からすれば遠回りだ。しかし、私にはすべてが繋がっているように思えてならない。きっと、この場所に来たことにも意味があるに違いない。


「今夜は大きな動きもあるまい。ロブ、客人を寝所に案内して差し上げろ」

 ティレルは言い残すと、櫓をあとにした。


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