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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
エルナス編
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別れ

前回の続きです。

「エルナスに着いたら、俺はすぐに旅立たないといけない」

ブランは言った。

丁度、街道に入ったばかりのときだ。

ブランの言葉は私の気持ちを重くした。少しは別れを惜しむ時間があると思っていたからだ。

つくづく私は間の悪い女だ。これだと思った男にようやく出会えたと思ったら、すぐに別れなければならない。


「そんなに急ぎの用事なの?」

「本当は昨日、立つ予定だったんだが、その前に友達に会いたくなってね。それであの丘に出かけたんだ」

「あの辺りは魔獣がうろつく危険な場所なんでしょ? 人が住めるような場所があるんだ」


丘の近くに人家など見かけなかったし、ブランがオークの住処があると言った森からも近い。

彼は重い口を開くように言った。

「もうこの世には居ない。あの丘の下に俺の姉が眠っているんだ……昔、大きな戦いがここであってね」

エミリアの話を私は思い出した。

「魔獣の王との戦いでしょ」

ブランはちょっと驚いたように私を見た。

「例の知り合いから聞いたの」

ブランは頷くと、話しを続けた。


「激しい戦いだった。騎士も兵士も大半が失われ、老人や女子供まで武器を取って戦った。それでも城壁は崩れ落ち、魔獣どもは今にも街に突入しようとしていた。生き残った騎士たちはサー・ロラスに率いられ、街を見下ろす丘の上に轡を並べた。その中に騎士に成り立ての俺と姉貴も居た」


その時の情景を思い出しているのだろう。ブランは時折、遠くをみるような目つきで話を続けた。


「生き残ったのは若い騎士ばかりだった。歴戦の強者は皆、最初の戦いで死んだからね。死は覚悟していたが、震えるは止まらなかった。そんな俺たちをみて、ロラスが言った。『ひよこども、俺が合図したら突撃だ。あとは何も考えるな。女の股ぐらに突っ込むつもりでいけ!』ってね。そしたら俺の隣に居た姉貴が『生憎、私には突っ込むナニがないんだけど。どうすりゃいい?』と、聞いたもんだから皆が腹を抱えて笑った。不思議なことにもう震えは止まっていた」

「お姉さんも騎士だったの?」

「俺よりも二つ年上だった。騎士に叙任されたのも俺より早かった。姉といっても血の繋がりはないんだ。親父が死んだ部下の娘を引き取ったのさ。子供のころの遊び相手といえばエレノアだけだった。赤毛でそばかすだらけで、女らしさなんて欠片もなかった。よく泣かされたもんさ。騎士になれる年頃には、俺より背が高く力も強かった。剣を扱わせればどんな男にも引けを取らなかった」


まるで恋人のことを語るようなブランに、私は軽い嫉妬を覚えた。きっと彼はその女性を愛していたに違いない。


「いよいよ突撃となったとき、エレノアが俺の横に馬をぴったりと寄せると、耳元で囁いたんだ。『私はあんたが一番最初に突っ込む女になりたかった。ずっとそう思ってたんだよ』ってね。そう言うと俺にキスした。兜の前立てが邪魔して軽いキスしかできなかった。昔の俺は今ほどスマートじゃなかった」

「それでなんて返事したの?」

「何か言おうとする前に、彼女は駈けだしていた。結局それがエレノアを見た最後になった…… 生き残った仲間が渡してくれたのがこれさ」

ブランは自分の剣を叩いた。

「昔話さ」とブランは笑ったけれど、エレノアは今でも彼の心の中に生きているのだと私は思った。


ブランの言った通り、エルナスに着いたのは夕方だった。

旅籠や居酒屋が街道の両脇に軒を並べていた。そこを中世風の衣装を身につけた色とりどりの人々が行き交っている。映画のセットの中に居る気分だった。


「人が多いのね。戦争でも始まるの?」

私は訊ねた。鎖帷子に身を包み、武器を携えた一団があちらこちらに見えたからだ。

「聖都が魔獣に包囲されているんだ。その救援のために、大陸各地から騎士が向かっている」

「じゃあ、あんたもその一人なわけ?」

「俺の仲間はもうかなり先に行ってるはずだ。すぐにでも馬を飛ばして追いかけねばならない」


ブランは懐から袋を取り出すと、私に押しつけた。ずしりと重い。

「この金で宿に泊まれ、野宿はできるだけ避けろ。やむを得ない場合は必ず何人かと一緒にするんだ。交代で見張りを立てて眠れ……それから……笑顔で近づく男は信用するな」

「いきなりキスしてくる男も?」

まるで子供に言い聞かせるみたいに話すブランが可笑しくて、私はちょっと茶化してみた。

「いいか、夏美。お前は自分が思っているよりも男の目を惹きつける。用心するに超したことはない」

真面目な顔で言うものだから、吹き出してしまった。

普段の私はこんな見え透いたお世辞を言われたら、きっと仏頂面を返していたはずだ。なぜか今は素直に嬉しかった。

 

「旅立つ前に、ひとつ頼みがあるんだ」

ブランは改まった様子で言った。

「頼み?」

「俺たちの国では、親しい者同士が別れに際して、身につけているものを交換する習慣があるんだ」

素敵な習慣ではあると思うが、生憎私はプレゼントになるような気の利いたものを身につけていない。

指輪やネックレスみたいな貴金属とは無縁だ。せめて携帯でもあれば、二人の記念写真でも撮れたのだろうけど、それも今はない。

どうしようかと思案していると、ブランが私のスタジャンをつついた。

「もし良かったらそれを貰えないかな。最初に見たときから気に入っていたんだ」

友達がアメリカに旅行した土産にくれたものでそんなに高価なものではない。

男物だし体格のいいブランが着てもサイズはちょうどぴったりのはずだ。

私はジャンバーを脱いで、ブランに手渡した。

ブランは珍しそうにヤンキースのロゴを撫でながら、「これはお前の家の紋章か?」と尋ねた。

私が曖昧に頷くと、彼はスタジャンに袖を通した。

とても似合っていた。

これならデレク・ジーターとアレックス・ロドリゲスに挟まれても、見劣りはしないだろう。

「これは良い、軽い上に暖かい。大切にするよ」

できることなら、今履いているジーンズも進呈したい気分だった。


「俺からの贈り物はこれだ」

ブランは剣帯を外すと、私の肩に掛けた。

「お前の剣は腰に吊るにはいささか長すぎる。背に負うのがちょうど良い」

それはベルトの部分は滑らかな黒い革で、バックルは金でできていた。二頭のドラゴンが紅い玉を挟んで向かい合っている姿が彫り込んである。

紅い玉の部分には大きなルビーが嵌めこまれていて、ドラゴンの青い目はサファイアだった。


「こんな高価なもの貰うわけにはいかないよ」

私はベルトを取って、彼に返そうとした。

しかし、彼はその手を押しとどめた。

「持っていてくれ。それを見る度に、お前は俺を思い出すのだ」

真剣な眼差しでブランは私を見つめた。

彼はこれから戦場に向かうのだ。私はそんな大切なことをすっかり忘れていた。

「わかった。肌身離さず持っているね」

私は笑ってみせた。そうするのが自然だと思ったからだ。でもきっと、彼の目には不器用な笑顔に映ったに違いない。私は笑うのが下手なのだ。


「名残は惜しいが、これまでだ。運が良ければ王都で再会しよう」

ブランはそう言うと、背を向けて歩き始めた。


――でも約束して欲しいんだ。もうあんなことしないって

私はどうにも間の悪い女だ。

なんだってあんなことを言ったのだろう。

でも今なら取り消せる、私はブランの大きな背中に駆け寄るときつく抱きしめた。

驚いて振り向いた彼の頭を抱え込んで、口づけした。

気がつくと、私たちの周りを人が取り囲み囃し立てていた。

私は恥ずかしくて、その場から急いで立ち去りたかった。

するとブランは片手を突き上げて雄叫びを上げると、私を抱え上げた。

そして、グルグル、グルグルといつまでも回り続けた。







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