お風呂とカレーライス
間が空いてしまってすみません。
※すみません!
内容を間違えて投稿していました!
現在の文書が正しいものです。
猫を飼い主さんのところへ届けて、もらった飴を舐めながら、暗くなった道をアドニスと一緒に家に帰った。
けっきょく肝心なことはいえないまま別れてしまった。
私とアドニスは同じマンションに住んでいる。
アドニスは二階で、私は五階。
ガラス張りのエントラスには監視カメラがあって、中に入るためには各部屋の暗証番号と指紋・網膜照合が必要になっている。
マンションの住人以外の人が中に入るには、部屋番号と住人の名前で住人に連絡を取り、許可をもらうことが必要だ。
アドニスとエレベータで別れて、短い廊下を歩いて、家のドアを開ける。
同じ階には二つしか部屋がない。
私の家の隣は二人組の人気歌手さん。
二人の間には私より四つ年下の男の子『サイ』くんと三つ下の女の子『こすも』ちゃんがいる。
どちらも両親の良い所を集めたように整った顔をしてて、将来が楽しみ。
それに私にとても懐いてくれてて、会うとぎゅと抱きついてくるのが可愛くて嬉しい。
アドニスとは喧嘩するくらい仲がよくて時々羨ましくなる。
「ただいま」
玄関にはママの靴とパパの靴があった。
今日は珍しく私よりパパの方が帰りが早かったみたい。
「おかえり、ダリア。思ったよりも遅かったけど何かあったかな?」
エプロン姿のママがリビングの奥から出てきて、出迎えてくれた。
「散歩の途中で迷子の猫に会ったからアドニスと届けに行って遅くなった」
靴を脱いで玄関に上がると独特なスパイスの匂いがした。
今日はカレーみたい。
ママの料理はなんでも美味しいけどカレーは特に美味しい。
歩き疲れてちょっと落ちていた気分が上向きになる。
ママはそんな私の気持ちに気づいたんだろう。
くすくすと優しい顔で笑った。
「お父さんがお風呂から出たらご飯にするから手洗いうがいをしておいで」
「じゃあ!私も一緒に入る!」
ママの隣を通ってお風呂場に駆けこむ。
「え?そろそろ一緒にお風呂は……ダリア、待ちなさい!」
後ろからママの引き止める声が聞こえたけど、無視して扉を閉めた。
その姿を見ながらママはポツリと一言漏らした。
「……全く。誰に似たのかな」
やれやれとゆるくかぶりを振る。
でもその声は聞こえることはなかった。
お風呂場は脱衣所とガラス扉で隔てられてる。
脱衣所で服を脱いで、直接洗濯機に入れ、ガラス扉を勢いよく開けた。
なぜかパパはガラス扉の鍵を閉めない。
だからこうして簡単に中には入れちゃうんだ。
「パパ、一緒に入っていい?」
「答える前に入ってくるなよ……」
パパは髪をこれから洗うところだったみたいで、椅子に座っていた。
濡れた髪が顔にくっついていると、少しだけほんとの年齢よりも若く見える。
「どうしても一緒に入りたかったんだ。ダメだった?」
ちょっと甘えたような声を出してパパの大きな背中に抱きつく。
頼もしい体にはいろんな傷がたくさんある。
傷を見てパパはたくさん痛い思いをしたんだって、泣いたこともあったなあ。
その時、パパはびっくりした顔で私を一生懸命慰めてくれたっけ。
「……ったく。しかたねえな。髪洗ってやるからそこに座れ」
パパは少し嬉しそうに笑って、私のわがままを叶えてくれた。
「わーい!パパ、ありがとう!」
隅から椅子を持ってきて、パパの前に置いて座る。
「はいはい。じゃあ水かけるぞー」
「はーい!」
ぎゅっと目を閉じるとお風呂のお湯をかけられた。
ちょっとぬるめのお湯は夏にはちょうどよくて気持ちいい。
髪の毛がほど良く濡れたらパパはシャンプーを両手に広げて髪をごしごしと洗ってくれる。
ちょっと痛いけど我慢、我慢。
たっぷり洗ったらまた水をかけられて泡が洗い流される。
泡は水と一緒に排水溝に吸い込まれた。
今度はコンディショナーをつける。
シャンプーとは違って、髪の毛をすくように丁寧な手つきだ。
私の髪はママに似て癖が強いからコンディショナーをしっかりつけないと櫛が通らなくなる。
コンディショナーが髪の毛に馴染むまで少し時間がかかるから髪を一つにまとめて、今度はパパの番。
「じゃあ次は私がパパの髪と体を洗うね!」
私は立ち上がってパパの背後に回る。
髪はもう濡れているからシャンプーを両手に広げて洗っていく。
指先に力を入れながら、でも爪は立てないように地肌から洗う。
「かゆいところはございませんか~?」
「頭の上……あー、少し右。そうそこだ」
なんて時々、美容師の真似をしてみたり。
しっかり洗ったら泡をしっかり洗い流す。
今度はボディータオルを手に取ってボディーシャンプーをそれにつけて泡立てる。
「体は背中だけでいいぞ」
「はーい!」
私の倍はある背中は六十歳に近いのに筋肉質で、クラスの男子よりもアドニスよりも強そうだ。
「パパの背中は広いね。アドニスと全然違う」
「……アドニスといつ入った?」
パパの声が少し低くなった。
「んー?最後に入ったのは確か小学五年生の頃かな?それ以来どんなに誘っても一緒に入ってくれないんだよね。なんでだろ?」
昔はよく一緒に入っていたのに、刺そうとすごく嫌そうな顔をして断るからちょっと寂しい。
「あのな、ダリア。小学校を卒業したら家族じゃねえ男女は一緒に入ったらいけねえんだ」
なぜかパパはちょっと呆れたような雰囲気だ。
「ふうん。そうなんだ。知らなかった」
そういえば友達も一人でお風呂に入るっていってた。
お風呂は一人で入るよりも誰かと一緒に入る方がいっぱい話せて楽しいのに。
そういえばアドニスにも似たようなことをいわれた。
「あ。パパさんや、聞きたいことがあるだけどいいかね?」
「改まってなんだ、娘さんや?」
最近読んだ漫画のキャラクターの口調を真似したらパパも乗ってくれた。
パパは意外とノリがいい。
「アドニスがこの年でパパと一緒にお風呂に入るの変っていうんだけどそうなの?」
確かアドニスはその時にツチノコでも見たような変な顔してた。
「またあいつか。まあ……普通は入らんな。男親は反抗期と思春期の娘に嫌われるもんだ。久遠達だってそうだったぞ」
パパは昔を思い出して懐かしそうな顔をしている。
久遠さんは世界的大企業の社長さんでこのマンションのオーナーさん。
この人はパパの幼馴染みで、気さくな人でいつも世界中を駆け周っているだ。
四つ子の娘がいて、娘さんを産んで亡くなった恋人さんを今でも大好きな愛情深い人でもある。
私もいつかそんな風に思ってくれる人と会えるといいなあ。
「雲お姉ちゃんたちも?でも私はパパ大好きだよ!かっこよくて優しくて頼りがいもあるし!」
後ろからギュッと抱き着く。
パパの体は前も筋肉で分厚くて私の腕がやっと回るくらい。
「ははっ!嬉しいこといってくれるじゃねえか。まあでもそろそろ一緒に入るのはやめた方がいいな」
パパは私からボディータオルを受け取って、自分の体を洗い始める。
「えー!なんで!?」
「お前もそろそろ大人の体になるからな。父親といつまでも一緒に入るのは近親相姦を疑われて世間体が悪いんだよ」
パパがそんな風に思われるのは困る。
パパだけじゃなくてママも困らせるかもしれない。
二人を困らせて迷惑をかけるのは何よりも嫌だ。
「私の体の半分はパパでできてるのに変なの。パパは私でムラムラしないでしょ?」
「してたら一緒に風呂なんて入れねえよ」
パパは大きな笑い声をあげる。
狭くはないけど音が反響してちょっと耳に響いた。
「そうだよね。いくら私の見た目が小さい頃のママでもムラムラしないよね」
私はママによく似ているらしい。
パパと並んで歩いているとよく警察官に職務質問されるけど、ママとは一度もない。
「そのいい方はやめろ。お前にムラムラするだろうが」
にやりと笑ってパパが冗談をいう。
だから私も冗談をいい返した。
「うわあ……。パパの変態。ママとフェアギスさんにいいつけよっと」
「冗談だ、冗談。だから絶対にあいつらにいうなよ」
ちょっと慌てたようにいうパパがおかしくて笑ってしまう。
ママとフェアギスさんが本気で怒ると誰よりも怖いらしい。
私はどちらもそこまで怒らせたことはないからわからない。
「はーい」
パパからボディータオルを受け取って、自分の体を洗う。
背中だけはパパが洗ってくれた。
ちょうどコンディショナーも馴染んだから頭からお湯を被る。
綺麗に泡を落として先に入っていたパパの足の間に潜り込むように浴槽へと入る。
浴槽の中で学校のことや友達のことを話した。
パパは穏やかな顔で相槌を打ってくれてた。
しばらくしてからお風呂から出ると私の着替えまで準備してくれていた。
さすがママ。
タオルで体を拭いて服を着て、リビングに向かう。
「ふぅ。のぼせるかと思った。ママ、のどかわいたー!お茶ちょうだーい!」
扉を開けて中に入るとママが食事の準備をしていた。
野菜たっぷりのサラダはママ特製のフレンチドレッシングがかかっている。
「ずいぶん長い風呂だったみたいだね」
ママはコップに麦茶を入れて私に渡してくれた。
「ありがとう、ママ。ひさびさにパパと一緒に入ったから話したいことたくさんあったの」
コップを受け取って一気に全部飲む。
冷たい麦茶で全身が潤った気がする。
「そう。たくさん話せてよかったね」
「今度ママも一緒に三人で入ろうよ!」
「せっかくのお誘いだけど三人は狭くて入れないかな」
ママはちょっと困ったように苦笑した。
「あ、そっかー。残念」
三人で入ったら絶対に楽しいと思ったのに。
「でもダリアが小さい頃は一緒に入ったこともあったよ」
「えー!全然覚えてない!」
「そうだろうね。ダリアが三歳の頃だったから」
三歳の頃のことなんてほとんど覚えてない。
アルバムを見たら思い出せるかな?
ちょうどパパが扉を開けて中に入ってきた。
「トマもお風呂から出たし、ご飯にしようか」
「はーい」
キッチンに向かうママの後についてって、カレーを温めるママの後ろでお皿を取り出す。
お皿を炊飯器の側に置いて蓋を開けると、炊きたてのご飯のいい匂いがした。
しゃもじでよそうとさらにいい匂いが広がる。
「ママは普通でいい?」
「それのくらいでお願い。トマはどうする?」
「俺は大盛り」
「はーい!」
パパとママは希望通りに、あと自分のご飯もよそってママに渡す。
「ありがとう、ダリア。助かったよ」
ママは優しく笑って褒めてくれた。
ママはどんなに小さいことでもいいことをしたらこうして褒めてくれる。
単純かもしれないけどママに褒められると嬉しくなるんだ。
「はい、トマ」
このキッチンは対面式になってて、リビングと繋がってて、ママは直接パパにカレーライスを手渡した。
「おう。ありがとな」
パパは器用に三人分のカレーライスをテーブルに運んだ。
ママと私もリビングに回りこんで席につく。
四人かけのテーブルにパパとママが隣同士、私はパパの正面。
手と手を合わせて。
「いただきまーす!」
まずはサラダから。
お箸を手に取って、レタスとキュウリとトマトを一口。
レタスとキュウリのシャキシャキ感とトマトの独特の風味が、まろやかなフレンチドレッシングに包まれて、喧嘩せずに口の中で広がる。
二口、三口食べたら次はカレーライス。
ご飯とルーを一緒に大きなスプーンですくってこぼさないように口の中へ。
スパイスの複雑な味とご飯と野菜の優しい甘さが口の中を上書きする。
特にとろとろになるまでよく煮込まれた豚バラ肉は分厚いのに舌でとろけそうなほどやわらかくて、味がよく染みこんでいた。
すぐに口の中からなくなってしまうから、早く次を次をとスプーンが止まらない。
スパイスの作用で体の中から熱くなって、気づくと汗をかいてる。
「二人ともそんなに焦らなくてもカレーは逃げないよ」
ママはパパと私を見ながらおかしそうに笑う。
パパの方を見れば、私とママの一・五倍の量があったはずのカレーライスが半分以上なくなっていた。
私はまだ四分の一くらいなのに。
「お前の飯が美味いんだから仕方ねえだろ」
パパは飲みこんでからママに笑いかける。
「ふふ。そういってくれてありがとう」
ママは少し照れくさそうに。
でもそれ以上に嬉しそうに笑った。
ママは他人に料理を振る舞って喜ばせることが好きなんだ。
「私もママの料理は美味しいって世界で一番だって思う!」
そういったらママはもっと嬉しそうに笑った。
いつだって楽しいことはすぐに終わってしまう。
歯磨きを終えた私は自分の部屋に帰って、明日の準備をする。
準備といっても明日から休み明けのテストが三日間あるから、宿題と筆記用具、配られたプリントを入れるファイルくらいで十分。
それらを鞄に摘めて、表面を軽く叩く。
特に意味はない。
鞄を机の上に置いてベットへとダイブ。
私を受け止めてベッドが大きく軋む。
上体だけを起こしてアラームをセットして、ゴロゴロする。
そうしていると素直に眠れるんだ。
すっとどこかへと誘われるように眠くなってきて、私はそっと目を閉じて夢の世界へ向かった。