最初で最後の。
あの雨の日の翌日。
私は今、予想外の客人の訪問に驚きを隠せないでいる。
「あの、おはようございます。」
「おはよう。」
そう、目の前にいるのは悠斗さん。
何故かスーツ姿ではなく、私服で、私の家に来ている。
「家は昨日知ったからな、特に用があった訳じゃないか、お前ならいると思っていた。」
「実際居ますけど、今日お仕事は?」
「挨拶はもう昨日に済ましてある。今日は、引っ越しの手続き用に開けておいた休日だ。」
「そうでしたか。」
何気ない会話が続く。
悠斗さんはいつも道理淡々とした口調で話す。
(でも、どうして私の家に?)
ここで聞いたら野暮だろうか。
そんな事を思いながらも、気分は最高潮を超えて少し不安。
(まさかここでデートとかないわよね?)
もしそうなら最高だとも思いながら、私は悠斗さんの方を見る。
悠斗さんは私の視線に気づき、口元を綻ばせる。
「なんだ、俺の顔に何かついているのか?」
「い、いえ!折角の休日なのに、私の家に用事だったのかなーって思って。」
(うわ、笑った悠斗さん、なんかカッコいい。)
もう思考停止し始めている。
考えがあっちへ行ったり、こっちへ行ったりとして纏まらない。
「別にお前の家に用があった訳じゃない。お前、今日は空いているのか?」
「私の予定ですか?大学の課題が少し残っている程度で、て、え、お誘いですか!?」
私の思考は最早デートにしか向いていないらしい。
思わず口にしてしまった言葉に、顔はすでに真っ赤になっているのだろう。
「調子に乗るな。隣町の本屋に用がある。お前は本が好きそうだから、ドライブがてら連れて行こうと思ったまでだ。」
私の家に用があった訳ではなく、私自身に用があった。
あえて遠まわしにそう言われたら、浮かれる女子はいないのではないだろうか。
「行きます!すぐに用意しますので、ちょっと上がって待っててください!」
少し不意を突かれたのか、悠斗さんは驚いた表情をしていたが、私の気持ちはそれどころではなかった。
心の底から歓喜の叫びが沸き上がってくる。
(悠斗さんはその気じゃなさそうだったけど、一緒にお出かけが出来る!)
十分すぎる程の幸せを実感し、大慌てで支度をする。
待たせる訳には行かなかったので、簡単な準備だけになってしまったが、少しだけいつもより可愛らしいコーデで玄関に出る。
可愛らしいコーデと言っても、お気に入りの水色のワンピースに着替え、メガネをコンタクトに変えた程度である。
「お待たせしました!」
「やっと来たか。ほら、さっさと行くぞ。」
「はい!」
悠斗さんに促されて、私は悠斗さんの車の助手席に乗り込む。
後部座席にはすでに荷物が沢山積まれており、おそらくこれが引っ越しの荷物なのだろうと思わせられる。
「本当に、明日には帰っちゃうんですよね。」
「…あぁ。」
私の質問に、悠斗さんは少し間を開けて答えた。
その声は少しいつもと違うトーンだった。
その言葉が何故かとても切なく、私の心を締め付けるようなもので。
押しつぶされそうな気持になり、途端に私は黙りこんでしまった。
しばらくして、目的地に到着し、私たちは車を降りる。
「酔ったか?」
「大丈夫です。」
黙っていたのが気になったらしく、悠斗さんは声をかけてくれた。
今までと同じ、いつもの声。
「本屋は4階だそうだ。そこ、飛び出すから気を付けろよ。」
駐車場内は結構混雑していて、至る所から車が出入りしていた。
横断歩道を通っていても、気を付けるに越したことはない。
私たちは慎重にショッピングモールの中へ入って行った。
エレベータに乗り、目的地である本屋に辿りつくと、私は感激に充ちていた。
「わぁ、図書館とはまた違う景色!近所の本屋の何倍も大きいのね!」
「そりゃぁ、この階丸ごと本屋だからな。俺はレジに用があるなら、お前好きなの見てこいよ。」
思わぬ別行動の宣言。
しかし、目移りする程の本を目の前に欲望がぶつかりあう。
「え、いいの?」
「こっちは時間掛かるかもしれないからな。後で見つけてやる。」
邪魔する訳にはいかないという名目の元、私たちは一旦別れ、30分後に参考書の棚で見つかった。
「良い本は見つかったか?」
「はい!今度図書館で探してみる本はピックアップしておきました!」
「折角なんだから買えばいいのに。」
「んー。」
そう言われて、私は自分の鞄に入っている財布に手を掛ける。
とても目の前の本を買えるほどの中身は入っていない。
「私、バイトもしてないし、そんなにお金持ってないから。」
「そうだったな。」
悠斗さんは少し申し訳なさそうに返事をし、辺りを見回す。
「…欲しい本はそれだけか?」
「え?」
「いや、女子の買い物は凄いと思っていたんだが、お前は倹約家だなと思って。」
どうやら悠斗さんは買い物かごを探している様子。
「お財布にお金入ってないのに、そんなにかごに入れたりしませんよ?」
「…それもそうか。じゃ、何か選んでこいよ。」
突然の言葉に私は驚く。
まさか奢ってくれるというのだろうか。
「え、でも。」
「いいから、そんなに沢山は買えんが何冊かなら買ってやる。ついでだ。」
奢って貰う事に申し訳なさもあったが、折角の申し出を断る訳にもいかず、ついでに言うならそんなに高額でもないものを頼もうと思った結果、手元にある1冊の参考書が丁度良かった。
「では、コレを。」
「参考書じゃないか。いいのか、こんなので。」
「欲しい本は沢山あったけれど、悠斗さんに買って貰うなら、この本がいいんです。」
きっと勉強頑張れる気がする。
悠斗さんに買って貰った参考書なら。
「駄目、ですか?」
「いや、別に構わない。」
悠斗さんは私から本を受け取り、「外で待ってろ。」とそれだけ言って、レジの方へと歩いていった。
帰りの車の中も、行きと同じように静かなもので、気まずさが増していた。
お礼を言いたいのに、言えない。
もうすぐお別れの時間なのだと、どう思うと涙がこみ上げてくる。
でも、ここでは泣けない。
「なぁ。」
そんな雰囲気を壊すように、不意に悠斗さんが声をかけてくる。
「以前店で酔いつぶれた時の事、覚えているか?」
「え?」
あまりの突然すぎる言葉に、私は思わず聞き返す。
『酔いつぶれた』という単語で出てくるのは、数日前の酒気にやられたあの日の事を言っているのだろう。
まだ怒っているのだろうか。
「正確には、店で俺と話した内容を覚えているか?」
「…えっと、ごめんなさい。」
正直な所、私はほとんど覚えていない。
飲酒していないとは言え、確かに酔っていただけあって会話や言動の記憶が残っていないのだ。
「あの、私、なにか変な事言いましたか?」
「…いや、覚えていないならいいんだ。気にするな。」
(なんだか悠斗さんにも言いたいことがありそう。)
だけど、私はそれを聞き出せずにいる。
もし、別れの言葉とかだったらどうしよう。
そんな不安に駆られている。
そんな試行錯誤していると、車は私の家の前に到着していた。
「着いたぞ。」
「ありがとうございます。」
もう、別れは目前だ。
私は悠斗さんに悟られまいと笑顔を見せる。
「悠斗さん、お元気で。」
「ああ、お前もな。」
車を降りて、再度一礼する。
この言葉は本心であって、本音じゃない。
私はたぶん今、泣きそうな顔をしているのだろう。
だけど、悠斗さんは車のウィンドウを開けて、微笑して、私にこう言った。
「春菜、ハッピーバスデー」
こみ上げた涙が、頬を伝う。
渡された本をぎゅっと胸に抱き、その腕は震えていた。
車はすぐに出発してしまったが、最後に最高の言葉を聞けた。
★おまけ★
家に帰って、ひとしきり泣いた後、買って貰った本を開ける。
綺麗にラッピングされた本の隙間には、1枚のメッセージカードが入っていた。
慌てて開けてみると、そこには悠斗さんの手書きで電話番号とアドレスが記入してあった。
『以前の言葉を信じて。もし必要になったら使うといい。』
『以前の言葉』、それはきっと酔って覚えていない間に発したものなのだろう。
だけど、必要になったら、頼っていい、ということなのだろうか。
それはとてもありがたい。
私は早速記載してあるアドレスに自分の電話番号とアドレスを打って送信した。
感謝の気持ちと、そしていつかまた会いたいと、願いを込めて。
私が彼に好きだという気持ちを伝えるのは、もう少し後のお話。
END(続きません。
レベルの低いものですいません。
最後まで読んでくださった読者の方々、感謝感激にございます。
初作品ということで何かとミス等起こっているかもしれません。
なんとか完結したものの、まだドキドキ感が治まりません。
どうか感想等ありましたら、コメントからお願いいたします。