繋がり
伊原悠斗、24歳。
どっかの会社(聞けなかった)の正社員で、今回は人手不足で一時的に異動になったらしい。
偶然にも祖父・祖母の家(居酒屋・伊原店)が近かったので、そこから通っているとの事。
図書館には調べ物をするために来ていたらしい。
しかし、個人的に読書も好きだと言う。
だが、残念なことこに、少しばかり運命を感じていたのだが、どうやら異動は二週間限り。
来週の末には本社へ帰ると言うのだ。
(恋の期間が短すぎる。)
年齢差などは気にしないが、流石に遠距離恋愛は出来る自信がない。
遠距離恋愛はかなりの忍耐力と精神力が必要でないと不可能だと認識している私にとって、それは大きな壁であった。
(せめて少しでも一緒にいたいなぁ。)
少しでも繋がっていたい。
僅か数日一緒にいて、知り合いになって。
たったそれだけの事で、一人前に恋した気になっているのは私だけかもしれない。
それでも、私はこの胸の高鳴りをどう表現していいか分からないのだ。
これを恋と言わずしてどう表現すればいいのか。
誰にも聞けないし、教えてくれない。
分かるはずがない。
(今晩も居酒屋に顔だそう。また会えるかもしれない。)
少しでも一緒にいたい。
そんな気持ちを胸に、その日の晩も居酒屋に顔を出した。
予想通り悠斗さんはカウンターに座ってビールを一気に仰いでいた。
「また来たのか、未成年。」
開口一番に未成年と言われると何とも言い返しにくい。
否定したくても、ギリギリ未成年であることに変わりはないのだ。
それでも、少しばかりの主張はしてみる。
ここで諦めてはいけない。
(会話を止めたくない。)
「未成年は否定出来ないけど、せめて名前で呼んでくださいよ。私は春菜ですよ。は・る・な!」
「あー、そうだったな。未成年、誕生日いつだっけ?」
言ったそばからまた未成年呼ばわり。
いや、否定できない、事実だ。
少し悔しい気持ちを抑えながら、質問には答える。
「…4月8日ですよ。」
「ん、あと3日か。」
「そうですよ、あと3日したら未成年卒業です!」
今度は言い返す。
あと3日経ったら、未成年と呼ばれても言い返し出来るし、お酒も飲める。
少しでも悠斗さんに近づける。
一緒に居られる時間が増える。(…は気のせいかもしれないけれど。)
「そっか。ならあと3日は大人しくジュース飲んどけよ。」
「いつもお酒飲んでないんですけどね。」
「ひねくれてんのな。」
「いつも通りです。」
私は少しばかり拗ねたような返事をして、出されたお冷を一気飲みする。
決して一気飲みを真似たわけではない。
そういう癖が私にもあっただけだ。
(そうか、あと3日で私は成人する。)
そしたら、その翌日には、悠斗さんは本社に戻るんだ。
2週間だけの異動。
たった14日しかこの町に来ていない悠斗さん。
そんな悠斗さんの傍に、出来るだけ多くの時間を過ごしたいと思っている私だが、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば、悠斗さんって、向こうに彼女とかいそう…。」
「なんだ突然。」
「え、あ、声に出て…!」
「お前、その無意識に心の声をダダ漏れにする癖、治した方がいいな。」
「あぅ。」
完全にやらかしてしまった。
あろうことか本人の横で呟いてしまうとは。
「そもそも、お前が俺の彼女を気にしてどうする。」
「いるの!?」
「…いや、いない。」
私の迫力に押されたのか、単純に呆れたのか、悠斗さんは素直に答えてくれた。
「悪かったな。」とでも言いたげな表情をしている。
『その年で彼女の1人もいないのか!?』
「…と、昨日あたりじいさんに言われた所だ。」
「でも悠斗さん、まだ24歳でしょ?まだ若いんだし、全然大丈夫なんじゃない?カッコいいし、実はモテてるんじゃないの?」
「モテてないからいないんだよ。」
「無関心だと思われてたりして。」
「それは大いにありえる。」
「否定しないんだ。」
本当ならこんな場面で嬉しくなるなんてこと、不謹慎極まりないのだけれど、私の本心は安心していた。
「そんなことより、お前はどうなんだよ。って、俺の事気にしてる時点で彼氏無しは確定か。」
「確かに彼氏はいないけれど、恋愛に無関心じゃないのよ。私は理想が高すぎるんだって。なんかね、相手の欠点ばかり見えすぎて好きになれないの。」
私、何勝手にペラペラ喋っているんだろう。
これも無意識、なのかな。
「ふぅん、理想ね。頼れる男だったらいいわけだ。」
「何々?もしかして、悠斗さん、私の彼氏になってくれるの?って冗談が過ぎたか。」
本当に無意識?
ううん、きっと暴走して本心ダダ漏れ状態なんだ。
「お前は俺が頼れる男に見えるのか?」
「見えなきゃ口説かないんだけど。」
「…酔ってる?」
「全然。」
そう答えたものの、段々眠気が指してきていて、頭がぼぅっとしてきた。
折角の悠斗さんとの時間なのに、なんでかな。
「おい、じいさん。コイツに何飲ました?」
「ただのお冷じゃが。どうかしたのかの?」
「酔ってるぞ。」
「もしかしたら酒気に当てられたのかもしれんのぅ。今日は寒いから締め切っておったし、いつもより長い時間ここにおるからのぅ。」
「マジかよ。」
悠斗さん、なんだか慌ててるみたい。
私、邪魔しているのかな、帰らなきゃ。
でも、眠すぎて力が入らない。
どうしよう。
「ばあさんに部屋を用意させるから、悠斗、中まで運んでくれるかの?少し休ませれば大丈夫じゃ。」
「わかった。」
身体が火照っている。
どうしよう、私、今凄く迷惑掛けている気がする。
(昨日遅くまで本を読んでいたからかな。)
私はどうしようにもない眠気に耐えきれなくて、そのまま夢の中へと落ちてしまった。
目が覚めたのは翌日・朝一番。
隣には悠斗さんが布団にも入らずに隣でうたた寝をしていて、思わず悲鳴を上げそうになった。
後になって自分が酔っていたことや、悠斗さんが一晩中傍で様子を見ていてくれたことなど、細かい事情を聞いて、帰宅直後の悠斗さんに謝罪した。