「界渡りの魔法騎士」
「ちょっと、アンタ酔っ払い? こんなとこで寝ないでよ。警察呼ぶわよ?」
雌のゴブリン……じゃなかった。
やたら太めの中年女性が、ゴミの集積所で寝ている俺を見下ろして、心底不愉快そうな声をかけた。
「……オバサンこそ、こんな夜中にゴミ出しして。マナー違反じゃないですか」
立ち上がって俺は言葉を返す。
「なっ……この場所はいいのよ! みんな夜に出してるでしょ!? だいたいアンタこそ何? 公共の場所で酔いつぶれて寝て、迷惑よ! 不審者よ不審者? 臭い息吐かないで」
ぎゃあぎゃあとオバサンは喚き続けるが、そんなことはどうでもいい。
ふはっ……
ふははははっ……
あーっはっはっはっ……
「何よ急に、気持ち悪い! クスリ? 麻薬? 覚醒剤?」
そりゃああ、そうですよ!
夢ですよ!
当たり前じゃないですか!
酔っぱらって酔い潰れて、ゴミ溜めで倒れて寝て、三十オーバーが見るにはあまりにも恥ずかしい夢を見ちゃったわけですよ!
いやー、俺もなかなか、まだまだ心は中二ですなあ!
「アンタ、絶対変よ! なによその格好! 変な首輪して」
そう。この首輪ね、夢の中でビキニアーマーに貰ったんだよ。
……え?
「ふむ。〈侵略者〉を倒して、結界が解けたな」
女の声に振り返る。
ボンキュッボンの金髪碧眼美少女ビキニアーマーがマントを翻して舞い降りていた。
「ぎゃああ」
「なんだ、失礼な男だな」
俺は思わず悲鳴をあげる。
「きゃああ! 痴女!」
「む……」
オバサンも的確な感想とともに悲鳴をあげた。
「言葉はわからんが、こちらのご婦人も失礼だな」
ビキニアーマーは拗ねた表情を浮かべる。
顔だけ見るとホント可愛いな。
「そんな格好で、痴女呼ばわりされんのは当たり前だ」
「痴女? 今このご婦人は痴女と言ったのか? 失礼な。私は騎士だ」
はいはい。中二病はいいから。
「ついでに中二病とやらでもない。歳は確かに15だが、学校などには行っていない。戦いの日々だったからな」
そうかい、そうかい。
そういう設定かい。
……え?
「今、俺、声に出してた?」
「ああ……なるほど。その翻訳魔法の首輪はな、少々感度が良すぎてな」
ビキニアーマーは指でこめかみをコリコリと掻きながら言う。
「声に出すつもりのない思念も、表層に言語として現れると、翻訳して相手に伝えてしまうんだ」
なんですとぉっ!
「なんですと。そうそう。そんな感じに」
まさか……
「夢じゃないっていうのか。あの、ケルベロスも」
「ああ。奴は界を渡ってここを侵略してきたモンスターだ。そして私は、奴等を駆逐する界渡りの魔法騎士。名を……」
信じない。信じない。信じない。
ああ、確かに俺は人生に嫌気がさしていたさ。
つらいだけの仕事。嫌な上司。面倒くさい取引先。彼女もなく友達も少ない。
楽しみといったら、漫画、アニメ、ゲーム……。
それも徹底してハマることはできない。
何故なら貧乏暇なしワーキングプア。金も時間もないからだ。
だから、ああ、そうだ。
異世界に召喚されねーかなあ。
そこでチートで始めっから最強で、俺TUEEEして楽してウキウキな冒険ハッピーライフを送れねーかなーって。
そう思ってたさ。
だけど。
「おい。私の話を聞け」
異世界の方からこっち来てくれとは思ってなかった。
全部ご破算、始めっからやり直し。
しかも強くてニューゲームじゃないんだったら、むしろ迷惑だ。
「聞けと言っている」
明日も早朝出勤なんだ。
めんどくせえ会議があって、なんの準備もできてねーんだ。
だから、こんなのは夢だ。
翻訳魔法?
はああん?
だったら確めてやる。
そしてこのコスプレ女に、お前はただの痴女で、ただの可愛いだけの手品師だか催眠術師で、俺をからかって遊んでいるだけだと認めさせてやる。
この、この、
変態ビキニアーマーがぁぁぁ!!!
「誰が変態ビキニアーマーだああっ!!」
ビキニアーマーは腰の剣を抜き、柄で俺の頭をぶん殴った。
「私の名前はフレイア・ラーゼ・シルフィード! ラーゼリオン皇国から命ぜられ〈侵略者〉を殲滅する、界渡りの魔法騎士だ!!」