「ケルベロス」
飲み過ぎだ。
接待相手の押しつけてきた高級プレミア焼酎とやらを、奨められるがままに飲み過ぎたからいけないのだ。
だから、こんなものが見える。
えーと、ひとつ、ふたつ、みっつ……
3つもある!
もしかして君、あの有名な「ケルベロス」?
うわー、見たの初めて!
サインして貰えませんかね?
……ペン、持てそうにないですね。
ギランって闇夜に長い爪が光ってますもんね。
あ、じゃあ握手とかでもいいんですけど?
この場合、ケルベロスさんは一応犬でしょうから、「お手」ですかね。なんつって。ワハハ。
グルルルルルッ……!!
……すっげえ重低音。空気が震えたよ。腹に響いたよ。
おまけに獣臭え口臭が、ここまで届いたよ。
リアルな幻覚だなあ。
さすが高級焼酎、魔王。幻覚まで地獄級ですわ。
グオオオオオオーーーンッッ!!
音の壁が全身を叩いた。
俺は後ろに煽られるようによろめき、倒れ、ブロック塀に後頭部をぶつける。
痛ってえ……
すげえ、でかい音って衝撃波みたいになんのな。
あれだ。ラノベで読んだことあるぞ。
ブラストヴォイスってやつだ。
てか、痛ってえ……。
……なんで痛い?
……なんで幻覚に吹っ飛ばされる?
ズキズキする後頭部の痛みに、酔いが覚めてくる。
3つの頭、6つの赤い眼が、俺を睨んでいる。
幻覚じゃ、ない。
「う……うわああああっ!」
自分の叫び声が、自分の声じゃないようにくぐもって聞こえる。
大音量の獣の咆哮に、耳がやられているのだ。
ケルベロスが、俺の悲鳴に誘われるように迫ってくる。
情けなくへたりこんだ俺は後ずさるが、背後はブロック塀だ。
てか、なんで誰も出てこない!
ここ、真夜中の住宅街だぞ!
あんな尋常じゃない獣の叫び声に、どうして誰も様子を見に来ない!
地獄の番犬の3つの顔が、ニタリと笑った気がした。
……殺される。
その時だった。
『伏せろ!!』
女の声が聞こえた。
外国語? 何を言ってるか分からない。
耳がやられてるから、はっきり聞こえかっただけか?
直後。
ゴオオオオッ!!
唐突にケルベロスが業火に包まれた。
熱い熱い熱い!!
熱風が俺にも吹き付ける。
『何をやっている! 伏せろと言った!』
また女の声が聞こえた。
確かに日本語じゃない。
次の瞬間。
俺はビキニアーマーのセクシー金髪美少女剣士に腕を引っ張りあげられ、
「うわわっ」
そのまま連れられて大ジャンプ。
二階建て住宅の屋根の上に降り立った。