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1 残された者

目覚めたとき一番最初に感じたのは、右肩の違和感だった。見なくてもわかる。“花”が肩口につけた傷口から芽吹いてしまったのだ。

 布団を剥がして確認すると、やはりそうだった。黄緑色の芽が傷口からちょこん、と顔をのぞかせている。


怖い、よりも先に、やっとか、という感情が起きた。


 最初に“花”の被害が出てから8ヶ月。アメリカかどっかだったと思うが、テレビで大々的に報道されたから覚えている。2ヶ月前に『世界の人口が約半分になった』という、本当なのかデマなのか分からない放送を流してのち、テレビもラジオも砂嵐ばかりだ。


 俺の身内は皆とっくに養分にされている。俺の彼女も2ヶ月ほど前に“花”にやられた。こんな田舎町でも、都会から逃げてきた人が持ってきた種で、あっという間に人がいなくなった。この町で残っているのは俺だけだ。

 もうそろそろ潮時じゃないかとは思っていた。窓を開けてわざと種を吸い込んでみたり、外で食事をしてみたり、それでもやられないから、俺はおかしいんじゃないかと思っていたところだ。


「俺の粘膜は優秀すぎたのかねぇ……」


 わざと腕に傷をつけて外を歩いたのが良かったみたいだ。直に傷口に芽吹いてくれた。あとは、体内に根を張った“花”がどこかの器官を破壊するか、養分を吸い尽くすのを待つだけだ。


 この狂ってしまった世界で一人生きていることは、死ぬことよりも恐ろしい。


 『それならば自殺でもすればよかったじゃないか』という人もいるかもしれない。実際そうした人もたくさんいただろう。でも、俺はそれをしなかった。なぜか。


「イチ、痛いのが嫌いだからー。ニ、自殺はいけませんって教わったからー。サン、自殺じゃ天国に行けないから彼女に会えないー」


 指折り数えて不安になった。わざと“花”を芽吹かせたのは自殺に含まれるのだろうか。神様、そこんとこ見逃してください、何しろこんな世界ですから、と居るかどうかも分からない神に祈りを捧げて満足する。乾いた笑い声が静かな部屋に、わずかに反響した。


 声を出してなければ静かすぎる。外の風の音、花が揺れるカサカサという音、それ以外に音がない。耳鳴りに頭を支配されるのが怖くて、俺は以前より独り言が増えた。


「そうか、死ぬのか。痛くないといいなぁ」


 だから意味のない独り言を垂れ流しながら、俺は靴を履いて、外にでた。


 少しでも音を立てるため、それから、両親と彼女のお墓参りに行くため。



 墓石を洗い、お線香を立て、『もうすぐそっちへ行くよ』なんて陳腐な言葉をかけて、お墓参りはあっというまに終わった。新しい花でも供えてやりたかったけど、生憎この町には“花”しか残っていない。


 ふう、と息をついて右肩に目をやり、ぎょっとした。すでに芽から、蔓が伸び始めている。


 “花”は太い蔓を持ち、朝顔の葉っぱを何倍も大きくしたような葉を出し、スイセンのような形の、薄紫色の花を咲かせる。地面や水面に咲いていれば綺麗だが、人体から咲いているのは洒落にならないほど怖くて、吐き気を催す光景だ。……もう、見慣れてしまったが。


 もう蔓が伸びてきたのなら、思ったより成長が速い。体内で成長している分にはわからなかったため、目に見えるスピードには驚異的なものがあった。外の空気に触れている分、成長しやすいのかもしれない。死ぬまでに2,3日かかると踏んでいたが、これなら一日で“花”が咲くかもしれない。


「おいおい、おねーさん、張り切りすぎじゃないか?」


 芽を指先でぐっ、と押すと、芽の下に伸びた白い根が見えた。うわあ、と独りごちる。これはこれで気色悪い光景だ。

 まだ右腕は動くものの、肘から上は痺れて、感覚がなくなりかけている。そのうち指先までしびれが来るのだろう。いや、俺が死ぬのが先か?

 よっこいせ、と腰を上げて帰路に就く。


「寝てる間に咲くといいな」


 家に帰ってひと眠りするのだ。寝ている間に死ぬのなら、こんなに楽なこともないだろう。


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