5.両親
諸注意:今回のお話はフローリア視点です。
視点切り替えはこれからもあるかもしれません。
何卒、よろしくおねがいします。
私はなんて馬鹿な母親なんだろう。
こうなることなんて、冷静に考えればわかっていたことだったのに・・・。
「アルちゃん、どこいったの?!アルちゃん!!」
洗濯物を見に行って、アルちゃんから目を離してしまった。
読書に夢中だし、数分放って置いても大丈夫だと・・・思っていた。
戻ってきたとき、あの子はもういなかった。
家中探し回ったけど、あの子はいない。
もちろん、あの部屋も探した。だけどいない・・・・。
「どこに行ったの・・・。アルーーーー!!!」」
息子の名前を懸命に叫んだ。
だけど、その声に返事はなかった。
虚しく家に私の声が響き渡るだけだった。
もう、いてもたってもいられなかった。
探さなければ・・・。
私は家を飛び出していた。
家から出て、私は絶句した。
家からまだ3歩しか歩いていないのに、絶句するとは思わなかった。
アルちゃんが・・・・・倒れていた。
「アルちゃん?!ねぇ、どうしたの?!しっかりしなさい!!」
「・・・・・・・・。」
「アルちゃん?!アルちゃん!!」
「・・・・・・・・。」
必死で呼びかけても、反応一つ示さない。
目を閉じたまま、息子は動かなかった。
息子の顔色が青白くなっている。脈も弱い。
この症状は・・・
「明らかな、マナ不足・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
息子の傍らに、開いたままの魔導書が置いてあった。
私は・・・全て悟ってしまった。
アルちゃんは、魔術を撃ってしまったのだ。
こんな小さな身体で・・・。
開かれた魔導書を見るに、アルちゃんが撃ったのは黒魔術の上級魔術。
マナ消費量も激しく、こんな幼い身体で発動などできるはずがない。
結果的に、アルちゃんはマナ切れを引き起こしている。
急がなければ、このままだと・・・。
助けなければ・・・。
大切な子供を死なせたりなんか、しない。
「【白魔術】---魔の根源たるマナよ、その力求めるものへ、我がマナを分け与えん・・・≪魔力供給≫!」
私のかざした左手から、白い光が球体となって飛び出す。
その球体は、息子の胸に入り、消えた。
私が発動した魔術は至って単純なもの。
自分のマナを他人に分け与える、白魔術の上級魔術。
マナ切れの息子を救うには、この術しかなかった。
最後に使ったのは5年前くらいだが、問題なく使えたようで安心した。
「っ・・・・ん・・・・・・。」
「よかった・・・・アルちゃん・・・。」
顔色が戻っているし、脈も正常になった。
意識はまだ戻っていないが、ひとまずはこれで安心。
・・・とりあえず、家に運ばなくちゃ。
思えば、この子はどこか変な子だった。
生まれてから、今まで泣いた数があまりにも少ない。一番記憶に残っているのは、この前いなくなって叱った時に泣いたものくらいである。
夜泣きなんて一度もしなかった。
生まれたばかりの頃、私がミルクをあげようとしても全然飲まなかった。
全然飲んでくれないから、無理やり咥えさせて飲ませたことも何度もあった。
抱っこしたりすると、表情がとても嫌そうだった。
ブレンダンが抱き上げても同じだった。
赤ん坊は、父や母に抱き上げられると本来なら安心するものである。
だけどこの子は・・・安心どころかその行動がよほど嫌だったのか顔をゆがませていた。
明らかにおかしくなったのは最近のこと。
言葉なんか教えた覚えなんてないのに、勝手に話し始めた。
まるで、私やブレンダンの言うことを理解しているかのようだった。
そして、この本・・。
2歳児にこんな魔導書を読めるはずがないのだ。
まだ字も言葉も教えてなどいないのに、読めるはずが・・・ない。
だけど、あの日アルちゃんはあの本を読んでいた。
おもしろい、と言って・・・。
あの時から違和感は大きくなっていった。
そして、さっきこの子はマナ不足で死にかけていた。
マナは術を発動させようとしない限り、減ることはない。
だから間違いなく、魔術を発動させようとしたのだ。
魔術は発動しなかったみたいだけど、発動させようとしたことがそもそもおかしいのだ。
この魔導書を読み、内容を理解しなければ、発動なんてできない。
つまり、この子は・・・この魔導書に書かれていることを理解した、ということになる。
この子は、何かが普通の子とは違うのだろうか・・・。
「ただいま。・・・あれ・・・アル?!どうしたんだ?!」
「・・・・・・。」
どうやらブレンダンが帰ってきたらしい。
思考を中断し、彼の元へ行く。
「お帰りなさい。・・・ちょっと話があるの。」
「え?あ、ああ・・・。わかった。」
彼は戸惑ったようだが、了承してくれた。
私の真剣な表情を見て、何かあると思ってくれたのだろう。
いい機会だし、少し話をしておきたい。
「なんでアルは気を失っているんだ?何かあったのか?」
「あの子は・・・・魔術を撃ったのよ。」
「な、なんでアルが魔術なんか・・・・?!」
「・・・・・・・。」
私はブレンダンに経緯を説明した。
あの子に目を離した隙に、外へ逃げられたこと。
見つけたらマナ不足で死にかけていたこと。
マナを分け与えて、なんとか助かったこと。
ブレンダンは目を閉じて、全てを聞いていた。
「そんなことがあったのか・・・。」
「ええ。・・・・ねぇ、ブレンダン。あの子に違和感を感じたことはない?」
「違和感?アルの赤ん坊らしくない行動のことか?」
「し、知っていたの?!」
「知っているも何も、フローリアは知らなかったのか?あんなにおかしな行動ばっかりされたら、さすがに俺だってわかるよ。」
ブレンダンはもう既に知っていたと言う。
鈍いブレンダンでも、気付いていたことに驚いた。
「魔導書も読んで・・・魔術も使おうとして・・・何で、理解できちゃうのよ。おかしいでしょう?」
「・・・俺は、出来のいい息子ってぐらいにしか思っていないけどな。」
「どうしてよ!心配じゃないの?!あの子は普通の子とは何かが違うのよ?!魔術も理解できてしまうような子なのよ?!」
思わず感情的になってしまった。
ただ、わが子が心配なだけでここまで自分の感情が変わるものなのか・・。
そんな私とは逆に、ブレンダンは極めて冷静に、私の問いに答えた。
「それでも、俺達の子供に変わりはないだろう?」
「---っ!!でも・・・でも・・・!!」
「・・・フローリアの言いたいことはわかるよ。俺だって、君の過去は知っているから・・。」
そう言ってブレンダンは私を優しく抱きしめた。
暖かい・・・ブレンダンの身体。
あの時も、こうしてもらってた気がする。
私がまだ、魔術師だった頃も・・・。
変に才能を持って生まれてきて、自分が強いと過信していた昔の私。
結局は全てが中途半端で、危うく死にかけたこともある。
魔術なんて使えたから・・・使えてしまったから・・。
「知っているなら、わかるでしょう?魔術なんて、使えるだけ危険なの。アルには、そんな危険な道に進んで欲しくない!魔術なんか使えたら、アルは・・・。」
「アルはフローリアとは違う!」
「!!」
初めてかもしれない。
いつも温厚で、優しかった彼が・・・こんなにも私に対して感情的になるなんて。
私はショックで黙り込んだ。
涙が溢れてくる。
「アルは、フローリアと違う。もちろん、俺とも違う。アルが普通の子と違っていたとしても、魔術を理解できていたとしても、あの子が幸せになれないなんて誰が決めたんだ?俺は、アルが魔術と出会い、魔術を使ったとしても・・・しっかり生きていくと信じている。」
「ぐすっ・・・!・・・・・・。」
「アルの・・・‘アルバート・ホワイト’の生きる道は、あの子が自分で決めるんだ。俺達が決めていい問題じゃない。たとえ危険な道に進もうとも、自分で決めた道なら精一杯生きていくはずだろ?」
まったくの正論だった。
私はなんて馬鹿なのだろう。
ブレンダンの言葉は、私の胸に深く刻み込まれた。
「・・・そうよね。ごめんなさい・・・。私はやっぱり馬鹿だわ・・。私たちが干渉していい問題じゃないわよね・・・。」
「フローリア。別に俺は黙ってみているつもりはないよ?あくまでも、決定権はあの子にあるって言う話さ。」
「え?」
ブレンダンはニヤリと笑った。
「別に、後ろから背中を押してあげるくらいいいだろう?仮にアルが魔術や他の力を使いたいって言うならそれでいいし、使わないで生きるって言うならそれでもいい。俺達は例えどちらの道にあの子が進もうと、支えてあげるべきなんじゃないかな。」
「でも、私は・・・どうすればいいの?」
「方法なら、いくらでもある・・・。さて、アルは起きたかな?」
ブレンダンは続きを言わずに話を切り上げてしまった。
相変わらず、彼は答えをしっかり答えてくれない。
・・・自分で気付けって事かな?
彼の言うとおり、そろそろアルが起きているかもしれない。
私も戻ることにした。
「まま・・・。」
居間に戻ると、アルちゃんは意識を取り戻していた。
ボーっと・・・イスに座っていた。
「アルちゃん・・・。何してたの?」
今聞くのはどうかと思ったけど、止まらなかった。
だけど、この子はきっと正直に話す。
だって・・・2歳児とは思えないほど、賢いから。
「・・・まじゅつ、うってた。」
「・・・そう。」
「・・・ごめんなさい。」
素直にアルちゃんが謝ってくる。
こんな良い子だから、私は過剰に心配していたのかもしれない。
思わず抱きしめたい衝動に駆られる。
「ねぇ、アルちゃん。まじゅつ、うまくいったの?」
「・・・ううん。ぜんぜん。」
「・・・そう。」
普段あまり感情を表に出さないアルちゃんが、今だけは感情を表している。
魔術が撃てなくてよほど悔しかったのだろう。
今ここにいるアルちゃんを見ているだけで、その感情は感じられた。
「ねぇアルちゃん。まじゅつ、撃ってみたい?」
「え・・・?」
「教えて、もう一回撃ちたいの?」
「そ、それは・・・うん・・・。」
素直にまた頷く。
なんていうか、すっごく可愛い。いつも可愛いけど、今日は格別に可愛い。
なんでブレンダンに言われたことに、自分から気付けなかったのだろう。
こんな可愛いわが子の背中を、誰が黙ってみておけるというのか。
「アルちゃん、外に行くよ。」
「え?なんで?」
「いいから、いいから。」
息子が、最終的にどの道を進むのかはわからない。
だけど、このままいけばきっと魔術を使う人生を歩むと、私は思っている。
さっきの質問でそれは確信に変わった。
アルちゃんの目は、本気だった。
いつもの大人びた目ではなく、普通の子供と同じ、純粋に魔術を撃ちたいという心が感じられた。
輝きに満ちた目・・・とでも言うべきだろうか。
ならば、私がやるべきことはもう決まっている。
母として・・・アルちゃんにできること。
魔術には危険が伴う。
そんな危険の中に、アルちゃんを置いておくわけにはいかない。
だから、私は決めた。
「アルちゃん、ママが魔術を教えてあげる!」
「え・・・えええ?」
その危険の中から、連れ出してあげるんだ。
私が教えられる限りの魔術を、アルちゃんに教える。
これこそが、私に出来る最大の後押しである。
一応私だって、元は魔術師。
やれるだけやってみよう。
わが子の輝かしい未来のためにも・・・。