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セピア色の栄光~才能を捨てた天才~  作者: 椎名皇
第1章.ユラノ村編
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2.悪夢か異世界

 光が俺を包んで、何秒経っただろうか。

 便箋の中の紙に、丸を付けただけなのに・・・なぜ光が発生するのだろうか。

 こんなに強い光を発射する紙など、聞いたこともない。どんな仕掛けを施したのやら。


 そのまましばらく目を閉じていた所、やがて光は徐々に弱くなり--完全に消えた。

 すぐに目を開けようとするが、そこで違和感に気づく。


(か、身体が・・・動かない。目も・・半分しか開かない・・・一体どうなっている?)


 身体を動かすことができない。

 目も半開きにするのがやっとだった。

 半開きの目で、前方を見ると、若い男性と女性がこちらを見ていた。

 母親のような優しい笑みで・・・父親のような、逞しい顔つきで・・・。


 今、何が起きているのか俺にはわからなかった。

 この男女は俺の知り合いでも何でもない。

 なのに、なぜあんな優しいわが子に向けるような顔で俺を見ているのか。


「・・・・・----・・・・・・・。」

「・・・。-----・・・・。」


 何かを喋っているが、聞き取ることはできない。

 おかしいな、こんなに近くで喋っているのにはっきりと聞こえないなんて。

 2人とも、口元に笑みを浮かべているから、笑っているくらいはわかるのだが。

 とにかく、今のこの状況を聞いておかないと。


「だ・・・ああー・・・・ば・・・・あかー・・・・。」

(あの、突然すいません。ここはどこですか?あなた達2人はどちら様ですか?)


 聞き間違いだろうか?

 俺は確かに、謝罪と共に、状況を聞きだすよう発言したはずだった。

 しかし、俺の口から実際に発せられた声は「あー・・ば・・。」みたいな感じだった。

 口が頭の思い描いたとおりに動かないのだ。

 

 考えられる事態として2つ挙げることができる。

 一つ目、手紙を読んでる際、いきなり脳かどこかを損傷し、その後遺症が残っている。実際聴覚や、視覚に影響がでている。しかしそうなると、こうもはっきり状況を分析している俺も、矛盾している。


 二つ目、今見ている光景は、俺が手紙の光か何かで気絶した時に、一時的に見ている夢のようなもの。こちらの方が簡単に考えられるが、いささか納得がいかない。


「・・・・ーーー!!・・・!」

「・・?!-・・・・!」


 若い男女の顔は嬉しさに満ち溢れていた。

 大声で何かを言っているにも関わらず、相変わらず俺の耳では何を言っているのか判断できなかった。

 やはり聴覚に異常がでているのか・・・。

 ん?


「・・・・---!・・・・?・・・・・!」


 男性の方が俺のほうへと近寄ってくる。

 意味がわからない、何をするつもりなのか。

 そのまま手を伸ばしてくる男性。


「あ・・ぶー・・・あか・・・・あ。」

(ちょ・・・何してるんですか!やめてください!)


 くそ・・・声も出やしない。

 俺は成す術もなく、男に抱きかかえられた。


(ああ、気持ち悪い。なんで男に抱っこされているんだ、俺は。)


 その時、俺は自分の発言の矛盾に気がついた。

 ‘抱っこ’・・・今年成人式を迎えた、20歳の俺が?

 身長も高いほうだし、体重だってそんなに軽くないはず。

 そんなもう大人であるはずの俺が、若い男に抱っこされている。彼だって、見た目はそんなにゴツいわけじゃないし、これは少し無理があるのではないか・・・。


「・・・・--!--・・・・♪」

(楽しそうに俺を抱っこして揺すっている。まったく、吐き気がするな。)


 しかし、ここで俺は新たな危機に直面する。

 とてつもない空腹に見舞われてしまった。

 なんていうか、腹が減りすぎて、具合がわるい。


「う・・・びゃあぁぁぁ・・・・。うえぇ・・・うぅ・・。」

(あの・・・本当に申し訳ありませんが、何か食べるものはないでしょうか?・・・あとで代金は払いますので・・。)


 なんで俺の口は、頭の意思に反してこんな風にしか動かないんだろうな。

 今のなんて完璧赤ん坊の泣き声みたいじゃないか。

 そんな風に思っていたところ、またしてもあの若い男女が驚きの行動に出た。


「・・・・!・・・・---!」

「・・。・・・・・~~・・。」


 男性が、俺を女性に預け、どこかへ行ってしまった。

 女性は俺を抱き上げたまま、自らの胸を露出した。


(冗談だろ・・・?あんた、一体なにを考えてるんだ!)


 そんなことを考えても、もちろん言葉には出てこない。

 女性はそのまま、胸を俺の顔に押し付けてくる。

 まったく意味がわからない。


「・・・---♪」


 どことなく、楽しそうにやってるし。

 何がしたいんだ。なんでそんなに押し付けてくるんだ、息苦しくて死にそうだ。

 本当に、この女は何を考えているのやら。


 俺は完全に放置することにした。

 いきなりこんなことされても、困るだけだ。

 腹は減るが、この馬鹿みたいな行為が終わった後に再度頼めばいいだけのこと。


「・・・~!・・・・・。」


(ちょ、ちょっと、何を考えてるんだこの女!馬鹿なのか?!やめろ!!)


 女性は何を血迷ったのか、更に先端部分を俺の口へ強引に押し込んだ。

 俺は断固として口を開ける気などなかったが、女性に強引にこじ開けられてしまう。

 この時点でもう、すでにおかしいことに俺は気づいた。


 口の中に満たされていく、何かの液体。

 正体不明の液体など飲む趣味は無かったが、意思に反して身体は勝手にそれを飲み干していく。

 味は、俺でも形容しがたいものだった。

 

 しかしこれで疑問を解消することはできた。

 これまでの出来事を並べてみれば、自ずと答えは出てきた。

 まぁ、さっきから自分の姿がちょくちょく視界に映るし。



 この一連の意味のわからない現象は、俺が赤ん坊視点で物事を見ているからだろう。

 赤ん坊の中の意識に俺が乗り移っている夢でも見ている、といえば一番しっくり来るだろう。

 聴覚や視覚があまり機能していないのは仕方ないだろう。赤ん坊ならば、発達途上だし。


 そして、一番の決め手となったのがこの女の行動。

 この行動は、いわゆる「授乳」だろう。

 胸に何か白っぽい液体がこびりついていたのは、これしか考えられない。

 俺の口の中に流れ込んだ液体もおそらく同様、この女の母乳だ。

 それがわかり、ちょっと吐き気がするが、なんとか我慢する。



 これらのことから、この俺の身体は何らかの理由により赤ん坊であることがわかる。

 こんな現象は現実じゃありえない、よってこれは夢だ。


 なんだ、夢だったのか。そうだ、夢なんだ。

 あの手紙の選択肢を選んだところで関係なんてない。だって、これは夢なのだから。

 

 ああ、なんだか・・・・眠いな。

 こんな純粋な眠気、ひさしぶりに感じた気がする。

 夢を見ているのに、その夢の中でまた寝るっていうのはどうもおかしな話だ。


 そんなことを考えながら、俺の意識はそこで途切れた。





 

 ---さて、夢は覚めたかな?


 俺の意識が戻った。時間がどれくらい経ったのかはわからない。

 とりあえず、戻ったなら身体も動くはず。

 俺は起き上がろうと、身体に力を込めた。


(ふんっ・・・!・・・・ダメか。)


 まだ、夢は覚めていないらしい。

 俺は落胆しながら、決して動くことの無い身体の力を抜いた。


 ・・・いったい、この夢はいつ覚めてくれるのだろうか。

 またあの女の母乳を飲むなんて、もう御免だった。

 

(頼む、早く目が覚めてくれ・・・!)




 そんな願いは虚しく、結局もう一度飲まされるハメになった。

 相変わらず、意識が元の肉体に戻るような気配は無い。


 何もできない、ただ時間が無意味に過ぎ去っていく。

 長時間の間、身体を動かさずにいるなんて、ストレスが溜まる一方だ。

 たまに男のほうは俺を抱き上げてくるし、女のほうは母乳を与えてくる。

 本当に気持ちが悪い。さっさと戻りたい。


 そして、赤ん坊の肉体なのだから仕方ないのかもしれないが、常に眠い。

 何度も何度も意識が飛んだ。もう時間経ったのかもわからない。

 一体いつになれば、この悪夢から目覚めることができるのだろうか・・・。


 悪夢からの目覚めを願い、今日もこの無意味で気色悪い一日を、寝て、飲んで、寝ての繰り返しで過ごした。

 次の日も、その次の日も・・・俺は同じように過ごした。


 

 

 

 1ヶ月くらい経ったのではないだろうか。

 母乳を与えられた数は本日150回目だ。

 この言い方はいろいろおかしな気もするが、授乳されるのに慣れてしまった。

 最初の頃のような抵抗も無い・・・・そんな自分を思わず嫌悪してしまう。


 どれだけ抵抗したって、赤ん坊の肉体の俺では何もできやしない。

 授乳される時以外は、基本寝て過ごしていた。

 そんな日々でも一ヶ月も続けば嫌になるものだ。



 そして、俺も認識を改めなければいけないかもしれない。

 ずっと夢だと思っていた。手紙の光を見て気絶したまま何か夢を見ていたと・・・ずっと。

 赤ん坊の身体に意識が乗り移り、そこで過ごすというただの夢。

 そうやって考えないと、自分に何が起こっているのか理解できなかったから。

 

 しかし考えたら、これが夢でないことぐらい誰だってわかることだった。

 いたって単純な理由。


 夢の中で一ヶ月も過ごすなんて、そっちの方が無理だ。

 2、3日を夢の中で過ごすのであれば、まだ考えられた。

 だが俺は一ヶ月をここで過ごしている。

 はっきりと一ヶ月も過ごしているとわかる夢なんて、あるとは思えなかった。


 

 信じたくなかった。まさかこんなことがあり得るなんて・・・。

 そもそもの原因はあの手紙。あの手紙が放つ光から目を開けたときから、全てが始まった。

 世界を捨てると選択した、直後のことだったかな。


 あくまで俺の推論だが、ここはおそらく俺が生きる新しい世界ではないかと思う。

 この赤ん坊の姿は、俺が凡人になりたいと願い、生まれ変わることを望んだ時に生まれたものだろう。 夢でない以上、これしか考えようはない。


 しかしそれもじきにわかることだろうし、深く考えていても仕方はない。

 どうせこの赤ん坊の姿で、あと何日も過ごさなければいけないのだ。

 その間に、夢ならば覚めてくれて構わない。その可能性は限りなく低いが。 


 まずはこの生き地獄のような日々を耐え抜くことが一番重要だといえる。


 その間に夢だった場合覚めるかもしれないし、もしもこの世界が本当に、俺が生きてきた世界と違ったものだったら・・・

 ・・・いや、それがわかったら考えよう。


 今はまだ、それを考える時期じゃない。

 考えたところで、今は何もできないからな。

 結局のところ俺はこのまま肉体が成長するのを待つしかないのだ。



「・・・・ちゃん・・・。・・・-よー。」


 あの女の声が聞こえてくる。

 聴覚も、だいぶ発達してきたようで、言葉を認識できるようになるのも時間の問題だろう。

 

 女はいつも通り俺を抱き上げると、いつもの授乳体制に入った。


(あと少しだけ、あんたのまずいやつを飲んでおいてやるよ。)


 俺は心の中で毒づきながら、また一日を過ごしていった。

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