愛されるということ
1
僕は、何故生まれたのだろう――。
ブサイクで、頭が悪くて、運動もできなくて、いじめられるだけの日々。しまいには、親からさえ煙たがられてきた。
妹が生まれてからは、妹ばかりに親はつく。僕のことなんか、見向きもしないで。
授業参観なんて、来たことない。ずっと妹の教室にいる。
クリスマスはいつも妹だけ。誕生日プレゼントも、勿論妹だけ。
まさに僕は、誰からも見捨てられた人間。誰からも必要とされない人間。
生きる価値など、知らない。ここにいる意味など、知らない。
どうせここにいても、何もない。なら、いっそここを出よう。
明日は誕生日。だけど、きっと何もない。なら、新しい世界を見つけにいこう。
僕はその日、家を飛び出した。行き先もなく――。
2
あぁ、退屈だなぁ。家を出たものの、持ってきた食料はお菓子だけ。
行き先もなくぶらぶらと歩く僕は、ついに疲れ果てて、公園のベンチへと腰を下ろした。
ベンチに座ると、急に眠くなってくる。周りはもう真っ暗だ。
まぶたを閉じると、今までの親との思い出が再生され始めた。とはいっても、良い思い出などは1つもない。
あるクリスマスのこと。
僕は、友達から、靴下に欲しいものを書いた紙を入れると、それをサンタさんが届けてくれると聞いた。
それを聞いて、僕は当時欲しかった仮面ライダーのおもちゃを紙に書き、靴下に入れて、眠った。
そして、クリスマスイブ。僕は、その日ほど眠れない日は、なかったと思う。
期待に胸を膨らませ、うきうきしながら朝を待っていた。
朝になると、僕は部屋の隅から隅までないだろうかと探した。けれども、プレゼントはなかった。
それに不信感を感じた僕は、母親に、「サンタさんからプレゼント届かなかった?」と聞いた。
だけど、それを聞いた母親は、はぁ、とため息をつき、その後続けた。
「あったわよ。あんたみたいな最悪な子供が家に生まれてしまうっていうプレゼントがね」
ショックだった。今まで、そういう風に思われてるとは、知らなかったんだ。
このときには既に、両親は僕のことを嫌っているようだった。
それから、僕は内向的な少年になっていった。そのせいで、クラスでも僕を標的にしたいじめをされるようになる。
それでも、僕は明るくなれなかった。前は、明るかった――けど、もう誰も信じられなくなったのだ。
そして、妹が生まれた。妹は、僕とは違い、かわいくて、頭も良かった。
両親は、それから、僕など見向きもせずに、妹だけに尽くすようになる。
あぁ、やっぱり、悲しい思い出ばかりだ。家を出なかったら良かった、なんて微塵も思えない。
明日から何処へ行こう、そんなことを考えているうちに、僕の意識は遠のいていく。
3
太陽の光が、何にも邪魔されずに眩しく当たる。その眩しさゆえに、僕は瞳を開いた。
「朝か……、ということは、僕は15歳になったのか」
そう、今日は誕生日だ。だけど、きっと良いことなんてないんだろう、僕は少し鬱な気分になった。
ベンチから起き上がり、時計を見る。短い針は9、長い針は丁度3を指していた。
「9時15分……遅刻か。でも、どうせ僕なんて必要ないし、行かなくていいかな」
どうせ学校へ行っても、いじめられるだけだ。わざわざいじめられに行かなくても、ここにいればいいんだ。
携帯の着信履歴を見ると、学校の先生から電話がきていた。おそらく、学校に来いという、形だけの電話だろう。
そんなものに出る気はないし、何を言われても、学校へ行く気はない。
僕は、携帯電話を、パタンと閉じた。
公園の遊具には、まだ幼い子供が遊んでいる。無邪気で、優しい笑顔。
自分は、もうこんな笑顔をすることはできないだろう、僕はふと思った。
太陽の光が、眩しく瞳に映りこむ。空は、果てしなく青く、透き通っていた。
その透き通るような青さで、僕の心まで見透かしているのかい――誰にも消えないような声で、ボソッと僕は呟いた。
電話の着信がなったのは、そうやって空を見つめているときだった。電話の相手は母。だけど、母が何の用だろう、僕は疑問を抱いた。
もしかしたら、詐欺かな、なんて思ったりもしたけど、とりあえず、通話ボタンを押した。
すると、その電話に出たのは、母でも、父でもない、母の弟、おじさんだった。
おじさんは、何か慌てたように、僕に叫びかけてくる。あまりに叫びすぎて、何を言っているのか分からなかったので、ゆっくり話して、と僕は言った。
すると、おじさんは、ゆっくり、僕へとしゃべりかけてきた。その内容は、衝撃の内容だった。
「お前の父さんと母さんが事故に遭って、病院に運ばれた。まだ意識は戻らない重症なんだ。病院へ着てくれ!」
4
僕は、ただ無我夢中で病院へ向かった。母と父は嫌いだ。だけど、死にそうっていわれたら、さすがにそんなことは言ってられなかった。
病院へ着くと、おじさんが待っていた。その後ろには、妹の姿もある。
おじさんは、僕が来ると、部屋へと案内する。そして、部屋へ入った瞬間、そっと抱きしめ、震えながら、吐き出すように僕に告げた。
「お前の父さんと母さんは……もう……」
僕が状況を理解するには、それだけの言葉で十分だった。母と父が死んだ――簡単に言えばそういうことだ。
だけど、僕の瞳からは、涙が出なかった。そんな感情になることもなかった。
そんな僕に気づいてるのか気づいてないのかはわからないが、おじさんは、続けた。
「俺が、俺がもっと早く気づいていれば……」
どういうことだろう、僕は率直に思った。何に気づいていればなんだろう、僕は疑問を持つ。
その疑問を晴らすべく、おじさんに問うた。
「一体、何があったの?」
僕がそう聞くと、おじさんは手をどけ、涙を拭い、ゆっくりと話し始めた。
「昨日の夜、俺はお前の家へ行ったんだ」
えっ、というかのように、僕の表情は、驚きの顔に変わる。僕が家を出た後か、頭の中で、状況を整理し、続きを聞いた。
「そしたらな、お前がいなかった。なぜかをお前の母さんに聞くと、母さんは言ったんだ。
『あの子なんて、どうなってもいいじゃない。知らないわよあんな子の行動なんて』って。
それを聞いたとき、カッとなっちまって、言ったんだ。『駄目な子なんていやしない。お前等の勝手な考えで、勝手に人を捨てるな!人が生きる権利を、人が育つ権利を、奪う権利はお前等にねぇだろ!』ってよ。
母さんは、それを聞いたら泣き出しちまってよ。父さんと話し合って、明日、あの子の誕生日だから、プレゼント買いに行く。罪は償えないけど、精一杯支えてあげる、そういってたよ。
だけど、その買い物に行って、帰ってくる途中に、突っ込んできたトラックとぶつかって。それで、それで……」
何故だろう、胸が熱い。さっきまで乾ききっていた瞳からも、雫が零れ落ちていく。
「ほら、両親がお前に買った、誕生日プレゼントだ。お前は、両親をきっと恨んでいただろう?だから涙を流さなかったんだろう?
だけど、わかっていてくれ。お前の母さんと父さんは、お前を愛したんだ。愛したからこそ、死んでしまったんだ。
決して、お前を愛さぬまま死んだわけじゃないんだ。それは、わかっていてくれ」
雫が、1粒、1粒と落ちていく。流れ出る涙を、もう制御する術などなかった。
母さんと父さんが、そんなに思ってくれてたのか。僕を認めてくれたのか。そう思うと、自然と涙があふれてきた。
だけど、もう、しゃべれない?うそだろ……。
僕は、父さんと母さんの遺体へと近づく。そして、抱きしめるように寄り添い、語りかけた。
「ごめん、母さん。ごめん、父さん。僕、好きだよ。好きだよ、母さん、父さん。ねぇ、しゃべろうよ。ごめんって、お互い言おうよ。
ねぇ、笑ってよ。ねぇ、ねぇ!」
虚しい叫び声が、病室に響く。そのまま、崩れ落ちる僕。僕は、そのまま、泣くことしかできなかった。
しかし、僕は、このとき、確かに感じた。初めて、しかし確かに感じた。人が出す、愛を――。
5
「じゃぁ、行ってくるよ」
「うん、気をつけて」
妹に手を振って、僕は家を出る。向かう先は、勿論学校だ。
あの日以来、僕は、学校へ行くことにした。いじめられるかもしれないけど、僕が負けずに戦うしか、術はないから。
何を言われようが、何をされようが、僕は負けない。絶対に。僕には、価値があるから。生きる価値が、きっとあるから。
僕の右手には、ストラップがぎゅっと握られている。それは、両親がくれた誕生日プレゼントだ。
そのストラップは、ピンク色のハートのストラップだった。
そんなハートのストラップを、ずっと握り締め続ける。両親がくれた愛を、一生忘れないように――。
人のぬくもり、愛をテーマにしました。