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ファンタジー小説だった気がします

聖女様がいらしたので、身代わりはもう不要だそうです。では、十年分の呪いをお返ししますね。

作者: 堀吉 蔵人
掲載日:2026/09/23

「ノエラ・カーヴェル。本日をもって、王家付き身代わりの任を解く」


 王太子アルブレヒト殿下の声が、大広間の高い天井に跳ね返った。


 秋の叙任式の締めくくりだった。居並ぶ貴族はざっと二百人。そのど真ん中で名前を呼ばれるのは、十年ぶりになる。前は八歳のとき、この役目を言い渡された日だ。


「聖女マリエラの加護によって、今後、王家はあらゆる呪詛から守られる。もはや身代わりを置く理由はない」


 殿下の半歩うしろで、金髪の女の子がぺこりと頭を下げた。春に神殿が辺境の村で見つけてきたという聖女様だ。胸の前で組んだ手のまわりが、ほんのり明るい。噂どおり、加護は本物らしい。


 広間のあちこちで忍び笑いが起きた。


「やっと北の塔が空くわね」

「あの手袋、真夏でも外さないのよ。何を隠しているんだか」


 聞こえるように言っているのだから、聞いておく。十年もいれば、こういうのは右から左へ流せるようになる。


 私は前へ出て、膝を折った。


「確認させてください、殿下。明日から、王家に向けられた呪いを私が受ける必要はない、ということでよろしいですか」

「そうだ」

「毎朝の誓約の更新も」

「要らん」

「北の塔の鍵は」

「好きにしろ。返したければ返せ」

「塔を出て、どこへ行ってもかまわないと」


 殿下が眉を寄せた。


「何が言いたい」

「いえ。十年、塔と礼拝堂のほかには出たことがなかったもので」


 笑い声が少し減った。気まずくなった人がいたのかもしれないし、単に飽きたのかもしれない。


「ひとつだけ、申し上げておきたいことが」

「くどい」


 殿下は手を振った。


「お前の話は聞き飽きた。陛下が巡幸からお戻りになる前に、この件は片付けておく。それだけだ」


 ああ、陛下はご存じないのか、と思った。


 ご存じないなら、なおさら言っておいたほうがいい気もしたけれど、くどいと言われたばかりだ。殿下は陛下がご不在のあいだの代理である。代理のご判断に、身代わりが口をはさむ筋合いはない。


「かしこまりました。では、恐れ入りますが、解任状をいただけますか」

「解任状?」

「身代わりの誓約は書面で交わしました。解くときも書面が要ります。殿下のご署名があれば足ります」


 殿下は面倒くさそうに書記官を呼んだ。羊皮紙が用意され、文言が読み上げられ、殿下は羽根ペンを大きく走らせた。これみよがしな、いい署名だった。


「これでいいな」

「はい。確かに」


 受け取った羊皮紙を胸に当ててから、私は左の手袋を外した。続けて右も。


 前列のご婦人が、ひっと息をのんだ。


 手首から肘の上まで、黒い茨の模様がびっしりと這っている。刺青のように見えるけれど、これは肌の上ではなく、少しだけ内側にある。ときどき脈に合わせて、ちくりと動く。


「なんだ、それは」


 殿下が顔をしかめた。


「十年分の呪いです」


 私は答えた。


「身代わりの誓約は、呪いを消すものではありません。王家の皆様に届くはずだった呪いを、途中で私が預かっておくだけです。預かったものは、ここに溜まります」

「……それで?」

「誓約を解けば、預かっていたものは、本来の宛先へ戻ります」


 広間が、しんとなった。


 聖女様が「えっ」と声を漏らした。殿下は口を半分開けたまま、私と羊皮紙を交互に見ている。


「ご安心ください。聖女様の加護がございますから」


 私は解任状を右腕に押し当てた。殿下の署名のインクが、茨の上でじわりと滲む。


「誓約を解きます。王家の皆様宛にお預かりしていた三百十二件、お返しいたします」


 ◇


 最初に動いたのは、右手首の一本だった。


 茨の模様が肌からはがれて、糸のように細くほどけていく。水に落としたインクみたいに宙へ広がったかと思うと、黒い糸はまっすぐ殿下のほうへ飛んだ。


「な、」


 殿下が一歩下がった拍子に、靴のかかとが折れた。


 殿下は見事に尻もちをついた。


「三十七番」


 私は腰の袋から黒い帳面を出して、ページをめくった。


「七年前の冬、殿下宛。内容は『転べ』です」


 誰かが吹き出して、慌てて咳でごまかした。


 二本目、三本目と、糸が次々に腕からはがれていく。ほとんどが殿下へ、残りは開いた窓から北東の空へ飛んでいった。巡幸中の陛下がいらっしゃる方角だ。


「八十二番、殿下宛、『声が裏返れ』」

「な、なにをッ」


 殿下の声が、途中で鶏みたいにひっくり返った。


「百十番、殿下宛、『鼻がむずむずしろ』。百十一番、同じ方から、同じ内容です。よほどお嫌いだったのでしょうね」


 殿下のくしゃみが止まらなくなった。


 大半は、この程度のものだ。王族に届く呪いの多くは、腹を立てた誰かが夜中に藁人形へぶつけたような、ちいさな嫌がらせにすぎない。一件ずつなら、たいしたことはない。


 ただ、十年分となると話が違う。


「せ、聖女マリエラ……! なんとかしろ!」


 くしゃみの合間に殿下が叫んだ。


 聖女様が両手を前へ突き出した。まぶしい光が広がって、殿下へ向かっていた黒い糸が何本か弾かれる。おお、と広間がどよめいた。


 けれど弾かれた糸は、消えなかった。殿下の頭上をくるくる回って、隙をうかがうように漂っている。


「え、なんで……消えない……」

「聖女様の加護は、これから届く呪いを防ぐものです」


 私は帳面をめくりながら言った。


「もう届いてしまった呪いは、防いでも消えません。解くか、送り主へ返すか、どちらかです」

「と、解く……? そんなの、神殿で習ってません……」


 聖女様の顔が青くなった。


 この子のせいではない、と思う。聖女は呪いを寄せつけない。そう教えられてきたのだろうし、それ自体は正しい。ただ、寄せつけないことと、片付けることは別の仕事だというだけだ。そして、呪いを送り主へ返せるのは、発動したあとだけだ。身代わりが預かった呪いは、発動する手前で眠ったまま、腕に溜まっていく。眠っている呪いには、たどる糸口がない。だから十年間、私にできたのは、預かって、帳面に控えることだけだった。


 腕の茨は、もうほとんど残っていなかった。肌が十年ぶりに軽い。袖口から入る風が冷たくて、少し驚く。


「ところで」


 私は顔を上げた。


「呪いには、送り主の癖が残ります。筆跡のようなものです。お預かりするたびに、宛先と内容と、送り主のお名前をこの帳面に控えてまいりました」


 広間の空気が、はっきりと変わった。


「帳面にある三百十三件のうち、四十一件は」


 ページを閉じる。


「本日ここにご列席の皆様から頂戴したものでした」


 誰も笑わなかった。


 扇子で顔を隠したご婦人がいた。急に襟元を直しはじめた伯爵がいた。最前列の侯爵閣下は、さっきまで一番大きな声で「北の塔が空く」と笑っていた方だけれど、今は置物みたいに固まっている。


「ご安心ください。私はもう王家付きではございませんので、どなたのお名前を申し上げる務めもありません」


 安心してもらえたかどうかは、わからなかった。


 十年間、送り主を尋ねられたことは、一度もなかった。

 身代わりが預かった呪いは、誰の身にも届かない。届かない呪いは、誰も傷つけない。傷つけていないものを罪に問う法は、この国にはない。


 王家も、それで構わないとお考えだった。呪いを送ってくる貴族を一人ずつ裁くより、塔に身代わりを一人置いておくほうが、ずっと安上がりで、波風も立たない。この帳面は、誰にも頼まれずに、私が勝手につけてきたものだ。

 けれど今夜からは、話が違う。三百十二件は、宛先に届いた。私が名前を申し上げなくても、帳面は残る。


 青ざめた方々は、たぶん、そのことに気づいたのだと思う。


「ま、待て、ノエラ」


 くしゃみをこらえながら、殿下が床から手を伸ばした。


「これを、元に戻せ。もう一度、預かれ」

「解任状にご署名をいただきましたので」

「命令だ!」

「私はもう王家付きの者ではございません。殿下のご命令をお受けする立場にないのです」


 私はスカートの裾をつまんで、この十年でいちばん丁寧なお辞儀をした。


「長らくお世話になりました」


 背を向けて、大広間を出る。扉のところで、左の手首がちくりとした。


 見ると、茨の模様が一本だけ残っていた。親指の付け根ほどの、ちいさな一本。


 帳面の百九十七番。


 宛先の欄には、私の名前が書いてある。


 送り主の欄は、十年間ずっと空白のままだ。


 ◇


 北の塔の荷物は、鞄ひとつに収まった。


 着替えが三着。帳面の予備が二冊。インク壺。それから、八歳のときに持ってきた木の櫛。十年暮らした部屋の中身としては少ないのかもしれないけれど、身代わりに私物はあまり要らなかった。


 窓の外はもう暗い。王宮のほうは、夜だというのに灯りが増える一方だった。廊下を走る足音。医師を呼ぶ声。ときどき、遠くで殿下のくしゃみ。


 塔の階段を下りると、門番のボルツさんが詰所の前に立っていた。


「行くのかい、嬢ちゃん」

「はい。お世話になりました」

「世話なんかしちゃいないさ」


 ボルツさんは、紙に包んだパンを差し出した。まだ温かい。


「毎朝おはようと言ってただけだ」

「十年間、毎朝言ってくださったのは、ボルツさんだけでした」


 受け取ってから、私は帳面を少しだけ持ち上げてみせた。


「ボルツさんのお名前は、この帳面のどこにも載っていません」

「そりゃあ、俺は呪いのかけ方なんか知らないからな」


 ボルツさんは笑った。私も、少し笑った。たぶん、そういう意味ではなかったけれど。


 門を抜けようとしたとき、左手首がむずむずした。


 百九十七番の茨が、肌からはがれかけている。ほかの三百十二件と同じように宙へほどけて、どこかへ飛んでいくのかと思った。


 飛んでいかなかった。


 黒い糸は手のひらの上でくるりと丸まって、握りこぶしほどの塊になった。塊から、ちいさな頭が出た。くちばしが出た。棘みたいな羽が生えた。


 黒い、ちいさな鳥だった。


 鳥は私の指にとまって、首をかしげた。


「いくな」


 しゃがれた、ひどく小さな声だった。


「……送り主がわからないから、返す先がないのね」


 百九十七番が届いたのは、身代わりになって最初の冬だった。八歳の私に、誰かが「行くな」と呪いをかけた。どこへ行くなというのか、送り主が誰なのか、十年かけても読みとれなかった。

 ほかの三百十二件と違って、この一件だけは、預かったものではなかった。宛先が私なのだから、身代わりも何もない。届いた冬から、ずっと効いていたのだろう。


 十年、塔と礼拝堂のほかへ一度も行かなかったのは、務めのせいだと思っていた。


「いくな」


 鳥がもう一度言った。


「悪いけど、もう行くの」


 私は鞄を持ち直して、門の外へ一歩出た。鳥は指から肩へ移っただけで、飛び去りはしなかった。


「行くなと言いながら、付いてくるのね」

「いくな」

「はいはい」


 ◇


 その頃、王宮では。


 殿下の寝室には医師が三人呼ばれていた。くしゃみは止まらず、声は裏返ったまま、寝台から降りようとすればなぜか必ず足がもつれる。枕元では、頭上を漂う黒い糸を聖女様が夜通し追い払っていた。


 北東へ向かった早馬は、夜半に戻ってきた。巡幸中の陛下の馬車は、車輪が三つ同時に外れて動けなくなっているという。陛下宛の呪いは殿下宛のものより数が多く、中身も重い。


 宮廷魔術師長が青い顔で進言した。届いてしまった呪いを送り主へ返せる者は、この国に一人しかいない。十年間、あの呪いを預かり、送り主の名を一件ずつ読みとってきた者だけだと。


 同じ夜、最前列にいた侯爵閣下は、屋敷の私兵を集めていた。


 黒い帳面を、どんな手を使ってでも手に入れるために。


 ◇


 王都の東門を出たところで、夜が明けはじめた。


 さて、どこへ行こうか。考えてみると、行き先を自分で決めるのは初めてだった。思っていたより、ずっといい気分だった。


 呪いを預かることと、届いてしまった呪いを送り主へ返すこと。私にできるのは、その二つだけだ。王家の誓約はもうないけれど、町の人たちだって、隣人に嫌がらせの呪いをかけられて困っていることはあるだろう。そういう人から少しずつお代をもらって暮らせばいい。


 看板の文句は、もう決めてある。


『呪い、お返しします』


「いくな」 

「行きます」


 そのとき、うしろから、ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。


 振り返ると、白い神官服の裾をたくし上げた女の子が、室内履きのまま街道を走ってくるところだった。金色の髪が朝日に光っている。


 聖女マリエラ様だった。


「ま、待ってください……!」


 息を切らして、聖女様は私の前で膝に手をついた。


「わ、私に、解き方を教えてください。殿下の糸、追い払っても追い払っても戻ってくるんです。神殿の人たちは、聖女なら祈れば消えるって、それしか言わなくて」

「王宮にいなくていいのですか。聖女様がいなくなったら、殿下は大変でしょう」

「だって、私がいても大変なままなんです」


 聖女様は顔を上げた。目の下にくまができている。一晩中、あの糸を追い払っていたのだろう。


「あの人たちに教わるより、あなたに教わりたいです」


 肩の上で、鳥が「いくな」と鳴いた。聖女様がびくっとした。


 私はパンの包みを半分にちぎって、聖女様に渡した。


「授業料は、高いですよ」

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明確に王家に呪いを送っていて送り主も分かっているのになんで処罰されないので? あるかないかもわからない呪いってわけではなく身代わりを置くくらいに認知されてるわけでしょう? 理由は考えられてるのかもしれ…
解任の動機がまったくわからない 例えば、契約の代償の1つとして王子の婚約者になってるとか 莫大な報酬を支払っているとかだったら 必要なくなったと思う相手を解任して追放するのは分かるけど そういう設定…
こんなにAI臭くてAI使ってないことある?無駄に出てくる帳簿(笑)とかAIの大好物じゃん。 これを自分で書いたならセンスのなさにびっくりする。全体的に日本語がめちゃくちゃで小説とか生成物以前の問題だっ…
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