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「痛い、痛い」と、喚きながら床の上をのたうち回るライネルを見下ろしながら冷静になっていく自分に恐ろしさを感じた。
グーで殴っていたらこの男はきっと死んでいただろう。
そのくらいこの男が脆く軟弱で幼く見えた。
だからと言って私に非がないわけではない。
仕事にかまけて彼のデートの誘いもご両親との食事会も断ってきたのだから
愛想尽かされても仕方ない。
だけど⋯⋯このタイミングで女を侍らせながら婚約破棄してきたことは許さない。
大事な仕事の邪魔をしたい、俺はお前がいなくても余裕だというところを見せつけたい。
そんな魂胆がみえみえだったからだ。
ロザリーとかいう女も涙流してライネルの心配をしているけどどこまで本気なのかしら。
ときおり私を睨んでくるけど、打算的な女。
さっさとそのクズを連れて会場から出て行ってほしい。
そうこうしているうちに騎士たちがやってきて私たちに駆け寄る。
事情を聴きにきた騎士にロザリーが何かを話すと、彼女は私の方を見てニヤリと舌を出した。
「貴様がやったのか?」と、別の騎士が私の肩に手を置く。
コクリとうなずくしかない。
この場から出て行かなきゃいけないのは私の方だった。
私は騎士2人に挟まれながら会場を後にした。
そこからの流れは目まぐるしかった。
あのグーたら上司はここぞとばかり私を叱責。
外交部のトップはじめ王女様付きの侍女やパーティーの責任者たちから代わる代わる叱責を受けた。
その結果、パーティーの雰囲気をぶち壊し、台無しにした責任で文官の立場を追われることになった。
デスクの片付けが終わり、職場を離れる日がやってきた。
グーたら上司は相変わらずデスクで新聞を読んでグーたらしている。
私がいなくなってからこの男はどうなることやら。
危機感がまるでない。
まぁ、私の知ったことじゃない。
それどころか今日中に別の部署から声がかからなければ王宮を去ることになる。
1週間待ったが今日までにお誘いは1件もない。
私は半ば諦めて実家で農作を手伝おうと考えはじめていた。
ため息混じりに荷物を詰めた木箱を持ち上げて事務室をあとにする。
そのときだ。
金の装飾があしらわれた白を基調とした軍服に身を包んだピンク髪の男性が入ってくる。
無表情な上、どことなくオオカミに似ているから、目つきが鋭くて怖い。
装飾の多い服装からして上官クラスの騎士だ。
「ラニヤ・ヒュームだな。なんで時間になっても来ない」
「え?」
「殿下がお呼びだ。書面で通達しただろ」
「殿下⁉︎ い、いえ私のところには何も」
私はすぐさまグーたら上司に視線を向けた。
上司はすぐ顔を新聞で隠した。
(こいつ、書面を渡し忘れていたな)
「とにかく急げ。レナルド第一王子のお呼び出しだ」
「第一王子⁉︎」
(もしかしてパーティーを台無しにしたことを怒って?
ちょっと待って私、処罰されるの。騎士様が来たってことは斬首!)
不意に目に入ったオオカミ騎士の剣が怖い想像を掻き立てる。
「何をしてる急ぐぞ」
「ちょっと待って、心の準備が!」
「ああもう。面倒だな」
そう言ってオオカミ騎士が私の膝裏に腕を回してそのまま持ち上げる。
「ちょ、ちょっと!」
(お姫様抱っこー⁉︎)
「走るぞ」
オオカミ騎士は困惑する私を抱えながらもうダッシュで王宮の長い廊下を走る。
グラントロス王国 レナルド・グラントロス第一王子ーー
こんな下っ端の下っ端役人が直にお目にかかれるお方ではないこと、当然理解していた。
なのにお姫様抱っこされた姿でお目にかかることになってしまい恥ずかしさが頂点に達した。
「お姫様抱っこされながら僕に謁見してきたのは君がはじめてだよ。
ラニヤ・ヒューム。君は本当に面白い女性だ。この短い間に2度も僕を楽しませてくれた」
「違うんです。殿下これは⋯⋯てかいつまで抱えているのオオカミ!」
「オオカミ? ハハハッ確かにそうだね。ライナルトおろしてやれ」
「はい」
オオカミ騎士は素直に私を赤絨毯の上に降ろす。
「彼はライナルト・クランツ。第11騎士団の騎士団長でね。口数が少ないから突拍子もない行動に出ることがある。
許してやってくれ」
終始、無邪気な笑顔をしているが目の奥が笑っていない第一王子。
そんな第一王子から何を言い渡せられるのか得体の知れない恐怖が私を支配する。
やはり斬首なのか。それとも磔か⋯⋯
「ラニヤ・ヒューム。君に第一王子護衛担当第11騎士団のマスターを命じる」
「は⁉︎ マスター?」
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