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3

***

 共和国へ行くために樹海を進みだして、早5日目。

 咄嗟の状況では相棒のユニコーンに頼らざるを得ないため、ユニコーンのリラの魔力は日に日に減っている。……が、対して旅の供人のカジョが、ぐんぐん成長していた。


 まだ1人では魔物を倒せないが、私との共闘では隣に立てるくらいに立派な戦力になってきている。ただ、たまにリラがカジョを咥えて空に避難するなど、まだまだ半人前ではあるが、……──


 ──それでも、すごい。


 この世界は、人の往来が少ない場所や、無法地帯な場所であればあるほど、魔物がとても強くなる。

 足止めから、簡単な攻撃、目くらまし……等々、一部を負担して貰えるだけで、私の負担がぐっと減る。


 樹海に入って5日目で、この成長ぶりだ。

 カジョは、かつて自身のいた隔離村のある中央山脈から、南の関所へ移動するまでの2、3日の間、私の魔術をじっと見ていた。……しかし、それを合わせてもまだほぼ1週間だ。


 そして──……


「ベル!ケガ大丈夫だった?」


 ……カジョは、よく喋るようになった。


 猿形の魔物を倒したあと、ふぅと息を()く前にたたたとカジョが走ってくる。猿の尻尾による打撃が、私の前腕に当たったのだ。

 自分でも患部を見てみる。もう既に赤く腫れているが、──私もこんなのは慣れっこだ。


「大丈夫よ、これくらい」

「でも……」


 カジョはまるで自分のことの様に、悲しそうに眉尻を下げる。

 ぴり、と痛みが走るも、私はその腕を動かしてカジョの頭をぽんぽん、と撫でる。

 少年はまだ、おそらくトラウマからぴく、と身体を硬直させるが、すぐに弛緩して私の手のひらを手繰り寄せ、頬ですりすりした。


 ──いやぁ、ここまで懐くとは……刷り込みって怖い……。


 私を信頼してくれている、という事実が否が応でも分かる。そしてそれは同時に、嬉しいことでもある。


 自身と似たような境遇の少年であるため、オルンに感じていたような疎外感は無い。むしろ、少年がニコニコしてくれる度に、どこか救われたような気分になる。


 ──自分がして欲しかったことを、しているだけなんだけどね。


 私は、ひとりで立ち上がるしか無かった。……そんな事実があるために、カジョに優しくする度に、たまに胸の奥から込み上げるものがある。

 でもそれで、カジョの表情が段々と豊かになってくれているくれてから、私は日に日に少しずつ、満たされる何かを感じていた。


 私の手に頬を付けながら、少年は「もっと強くなるから」と宣言した。


「期待しているわ」


 少年の真っ直ぐな瞳に、頬を緩めながらそう答える。

 宣言を終えたからだろう、カジョが私の手を離したのをいいことに、またその頭をぽんぽんする。


 ……カジョ本人はまだ気がついていないだろうが、少しずつ、その身長が伸びている。

 出会った頃より今で1センチ。日に換算するとミリ単位なため、気が付かなくても無理はない。


「……カジョは?身体、痛くない?」


 邪気を身体の中に保有する者は、その量が多いと、身体を動かすだけでもその場所が痛む。


「うん。こんなのどうってことないよ。村にいた頃より、ずっとマシだもん」


 ──あぁ……この子も〝痛み〟に慣れすぎなんだ。


 そういう側面を垣間見る度に、胸の奥がじわりと痛む。

 ……そんな私の心情を察してか、リラがぶるん、と小さく鳴いた。



***



 そこは、森の中にある静謐な泉だった。近くに魔物は居ない。純粋な野生の生き物だけが、その水面に口をつけ、水を飲んでいた。

 生憎の天候は曇りだが、水底を見ると、光の角度によってキラキラと存在感を放つ石がある。……加護を受けている石だ。


「リラ、行ってらっしゃい」


 そう言いつつ手綱を離すと、リラは走って泉に近付き、他の動物と同じ口をつけて水を飲み出した。


「カジョも、行きましょう。……試して欲しいことがあるの」

「……試して欲しいこと?」

「うん。痛いだろうけど、きっと今後のためになること」


 歩きながら、カジョの問いに答えると、一拍の間を置いて「……わかった」と返ってきた。


 リラから離れて、2人で泉の縁にしゃがむ。


 私は透き通る水を見ながら、説明をする。


「今までは、〝魔力〟の使い方を教えてきたけれど、今回は〝邪気〟の解放の方法を教えます」


 そう言いつつ、私は膝を付きながら袖を捲り、泉に肘まで両腕を浸す。

 カジョは私に倣って同じ行動をとった。

 それを見届け、私は説明を続ける。


「カジョの中には、〝魔力〟と〝邪気〟の2つがあるのは知覚できているね?」


 その問いに、カジョは「うん」と即答する。実際、カジョは〝魔力〟のみの魔術式はもう理解している。


「今度は、〝邪気〟のみを動かします」


 そう告げると、カジョの顔がぐっと強ばった。〝邪気〟によって身体が痛むのは、〝邪気〟が身体の中を移動をするからなのだ。

 人は皆、生命維持のために全身に魔力を巡らせている。邪気も保有する者は、それも同時に。

 そして魔術のセンスが無い者は、魔力と邪気を分けられずに行使するため、発動の度に著しい痛みを伴う。


 しかしカジョは元々のセンスが良く、分けて術を発動できるようになっていた。本人(いわ)く、“魔術を発動させるのも、身体を動かすのと変わらない”とのことだ。


「今までは魔力の〝器〟だけを意識していたけど、今回は邪気の〝器〟から引き出します」


 身体の中の見えない臓器の1つに、〝器〟がある。それぞれの見えない力を貯めておく物だ。


「今度は、カジョの邪気の〝器〟とパスを繋ぐから、そこから感覚を掴んで」

「うん」


 同意の返答を受けて、私は水の中でカジョの手を握り魔力で覆う。それを糸状にしてぐるぐると手のひらに巻き付け、手首から体内へ侵入させた。そして少年の身体の中の〝邪気の器〟に到達し、糸の先端から私の魔力を放出してそれを覆った。


 ゆっくりと、手を離す。糸は、無事に繋がったままだった。

 ……ちなみに魔力の感覚を教える時も同様のパスを繋いできたため、その異物感にカジョは慣れたようだ。むしろほっとしたように肩の力を抜いていた。


「それじゃ、始めるね」


 そう告げ、パスを介して私の魔力でカジョの邪気を引き出す。引き出した邪気は、水中へ放出していく。


「……っ!」


 カジョの顔が歪む。

 邪気が身体の中を移動した時の痛みは、人それぞれ。こちらからは想像は出来ない。両腕に無数の針を刺されているような感覚かもしれないし、縦横を判別出来ないくらいに捻れているような感覚かもしれない。


 カジョの額に玉のような汗が浮かぶ。


 ──けれども、必要なことだから。


 まるで同じように苦しむ胸中を見て見ぬふりして、私は淡々とカジョに告げる。


「……その感覚で、少しずつ自分からも押し出してみて」


 私の言葉を受けて、カジョが深く頷いた。


 カジョは、飲み込みがとにかく早い。

 最初は少しずつ、自分の魔力で邪気を押し出す。そして徐々に自身の魔力量を増やし、最後には私の手助け無しに、泉へ邪気を放出していた。


 カジョの頬を、つぅ、と汗が伝う。それが水滴となって顎から水面に落ちるのを見て、私は「そこまで」と告げた。

 私の言葉通りにぴたっと邪気の押し出しを止めるカジョ。けれども両手は泉の中のままで、その表情はぽかん、と疑問が浮かんでいた。


「ベル、まだ僕の中には残っているよ」


 カジョの言葉通り、その身体の中にはまだ大量の邪気が存在している。……しかし、それにも理由がある。私は「そうなんだけどね、」と言い出し、説明を続ける。


「一気にたくさん邪気を減らしちゃうと、その分を一気に補充しようとする〝リバウンド〟が起こっちゃうの。ある程度で留めておかないと、減った分以上に周囲の邪気を拾って、余計に身体が痛くなっちゃう。だから、少しずつ少しずつ身体から抜くのがポイントなのよ」

「……そうなんだね、よく分かったよ」


 カジョはそう返答しながら、泉から両腕を引き上げた。


「……あ」


 そして手をぱっぱっ、と振る動作をしながら、驚いたように声を漏らした。

 私はカジョに近付きながら、‘時の収納バッグ’からタオルを取り出してその小さな両手に被せる。


「今までより、痛くないでしょ?」


 そう問いかけつつ、微笑む。


 ──カジョの痛みが減ってくれていたなら嬉しい。


 ……本当に、心の底からそう思う。そして、カジョの反応はそれを確信させるものだった。


「……ベル、ありがとう」


 カジョは、泣きそうに笑いながら、タオルをぎゅっと握る。そして──


 ぽすん。


 私の胸の中に、顔を埋めた。

 ……カジョが自ら私に触れてくれるのは、初めてだった。

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