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***

 樹海に入って、はや半日。

 西の空が茜色に染まり出していて、もう夕暮れ時に差し掛かっている。


 やや開けた場所で、私たちは野営の準備をしていた。


 私が‘時の収納バッグ’からテントを取り出し、組み立てる。カジョとリラには、乾いた枯れ枝を集めてくるようにお願いをした。


 カジョは、足止めに使えそうな簡単な魔術式ならマスターした。天馬の中でもユニコーンのリラは、角がある為に魔力センサーの感度が良い。


 私でも苦戦をするような強敵は、あらかじめリラが察知をして迂回し、鉢合わないように誘導をする。

 足止めくらいで巻けそうな弱い個体は、カジョが覚えたての魔術を行使する。


 強くなるには、実戦がいちばん。


 ……といっても、リラとパス──精神同士を繋ぐ魔力の糸──を細く繋いでいる為、何かあったら直ぐに私が駆けつけられる。


 しかしそれは杞憂に終わった。いつの間に仲良くなったのか、リラが嬉しそうに、背中に大量の枝を乗せて戻ってきた。カジョはまだ幼児体型と幼いため、リラが自ら屈んで乗せさせたのだろう。

 ちなみにリラの隣を歩くカジョも、両手いっぱいの枝を抱えていた。


 テントの設営は既に終わっており、焚き火用に穴を掘って石も積んである。


「おかえり」


 それぞれに顔を向けながらそう言うと、リラはぶるん!と鼻息を鳴らし、カジョは小声で「……ただいま」とはにかむ。


「すごい、大量ね」


 一晩だけの野営なのに、明らかに余る量の枝、枝、枝……私は「ありがとう」と言いながら、くすくす笑ってしまった。


 メンバーが揃ったことで、最後の仕上げに入る。


 左手で魔法陣、右手で魔術式を2つ。魔法陣は地面に展開し、周囲を囲むくらいに広げ、円柱状に光を空へ流す。

 認識阻害も組み込んだ、結界の魔法陣だ。

 それと同時に、魔術式をそれぞれカジョとリラに貼り付ける。そうすることで、仲間はこの場所を知覚できるようになり、更に自由に出入りできるようになる。



***



 夕食は、予め狩っておいた獣型の魔物と、食べられるキノコや木の実、香草などだ。

 魔物の肉は、魔術で〝邪気〟を抜くことで食べられる種もある。 

 初めから魔物として生まれた個体は邪気も多く難しいが、元が通常の動物だった個体ならば、比較的に容易で味も良い。


 ここの樹海は、もう少し共和国側に進むと本格的な湿地帯になって行く。

 水場はそちらの方が豊富だが、足場が悪くなる分、潜む魔物の質や求められる応戦技術のレベルが上がる。

 その為に今回は、私の魔力から水を確保。食用にも使える植物の葉の中から大きいものを見繕い、食材を包み焼きにした。


 ちなみに天馬含め、人と共存ができる魔物は、その殆どが雑食だ。食事も大切だが、それは魔力の補充のため。つまり、魔力が補給できるなら何でも食べる。


「リラは、生でいい?」


 しかし、うちのユニコーンはグルメだ。ぶんぶんと首を振ったために、「焼く?」「味付けは?」などと希望を聞くと、生肉より加熱されたもの、しかも味付けと香り付けがしっかりされているもの、とぶるんぶるん喉を鳴らしながら頷いて訴えた。


 結局、作ったのは3人前。それも大きい包みを3つだ。


 リラがたくさん食べるのは想像に容易い。けれども、それと同じ位にカジョも食べた。

 魔王の呪いと、獣人の血が濃いために必要なのだろう。


 カジョと出会った時の、村長の言葉を思い出す。


 “本当なら成体でもおかしくはないのに、まだ幼児体型の、ただただ手のかかる餓鬼ですよ!”


 足りないものは、魔力か、はたまた愛情か。


 最初は、昔の自分を見ているようで、可哀想に思った。だから連れ出した。

 けれども今は、私の問いかけに少しずつ感情を見せてくれるようになっている。


 まだまだ、不純な動機の方が多い。でも……──


 ──大切に、したい。


 あのあとカジョは、夕飯の包み焼きをぺろりと平らげた。ぱち、っと視線が合ったら、恥ずかしそうにはにかんでいたのを思い出す。


 感動、歓喜、希望……この感情がどんな名前なのかは分からない。


 時刻はもうすっかり夜中。テントの中、私と並んでカジョがぐっすりと寝ている。

 魔術で身体を綺麗にし、‘時の収納バッグ’の着替えと交換したから、スッキリとしたのも大きいだろう。

 焚き火はもうとっくに消した。テントの中に差し込む光源は、三日月とその周りの星明かりだけだ。


 ごろんとカジョの方に寝返りを打ち、こちらを向いて寝ているその赤髪を撫でる。

 身体に蓄積している〝邪気〟が多いために、パサついていてどす黒い。


 ──もし邪気を無くせれば、きっと綺麗な深紅なのでしょう。


 髪にまで呪いの影響が現れるということは、きっと歩くだけで身体の節々もキシキシと痛いはず。

 旅なんてつらいはずなのに、しかしむしろ嬉々として付いてきてくれている。


 ──せめて、ゆっくり休めますように。


 そう願いながら、私はその寝顔を静かに撫で、髪を梳くように整える。

 カジョがもぞ、と少しだけ身動ぎをしたが、寝息はすぅすぅと規則正しいままだ。

 私は少年の胸の位のまで下がっている毛布を首まで掛け直し、また仰向けに寝返りを打つ。


 首だけを動かして、テントの外、リラのいる手前の幕を見る。そこには、夜空の僅かな明かりに縁取られた大きな影が寝そべっていた。……こうして見ればただの馬だ。

 じっと見ていると、リラが身動ぎをして首の向きを変えた。額から生える1本の角が、影として投影される。

 ……たまたまかもしれないが、リラのドヤ顔が頭に浮かんだ。



□■□



 カジョにとってベルは、初めての〝嫌ではない人〟だった。


 そばに居てくれる。でも痛いことをしない。苦しいこともしない。話を聞いてくれて、それを尊重してくれる。そして沢山たくさん褒めてくれて、こちらが勇気をだしてはにかむと、ベルの頬も緩む。


 焚き木用の枝を集めた時、おかえり、って言ってくれたのも嬉しかった。そしてそれ以上に、くすくす笑いながらありがとう、って言ってくれた瞬間、ずっと冷えていた筈の胸の奥に、確実にぽかぽかする何かを感じた。


 ──きっとこれが、〝安心〟という感情なのだろう。


 先祖が魔王に〝残虐性の芽〟という呪いを掛けられた為に隔離された村で、僕は先祖返りらしく、村ではことごとく冷遇されていた。


 悲しい事があったら、雨が降った。

 怒りを感じたら、雷が鳴った。

 落雷により、周囲が火事になることもあった。


 物心が着いた頃は、そういった原因があったから殴る蹴るや食事抜き等があった。

 けれども次第に、“目障り”という理由でも同様の暴行を受けるようになった。そして最終的には、僕とは無関係の理由でのイライラを、僕にぶつられるようになった。


 ──それに慣れてしまったのは、いつからだったっけ。


 身体の中がすかすかになった感覚、それがずっと少しずつ虚しい感情と引き換えに、〝諦め〟を覚えた。


 それから、天候はずっと曇りだった。

 雨や雷を起こした時の、身体に走る激痛は無くなったけれど、ずっとじくじく、必ずどこかに痛みがあった。


 本当は歩くのもしんどかった。指を指されて笑われているのを察すると、その場に座り込むほどだった。


 太陽が差さないから、作物の育ちが悪い。けれども最初のうちは、魔術を使える村人がそれぞれの得意魔術で支え合うことで収穫量を維持していた。

 ……それまでは、僕もいちおう村の中に居た。


 岩山に追いやられるようになった原因は、村一番の土属性使いが逝去したから。寿命だった。

 残りの村人の土属性使いでは、それまでの広さの維持が出来なくなったため、畑の規模の縮小が行われた。……つまり村全体で、食生活の水準が落ちた。


 僕という存在が村にとって邪魔なのは、充分に身に染みていたけれども──


 ──〝邪魔〟じゃなくて〝迷惑〟なんだ。


 そう悟った瞬間に、頭のてっぺんから足の先まで、冷たい何かが流れていく感覚に襲われた。


 岩山の洞窟で、自分自身を〝要らない存在〟だと認識したら、動くのも億劫なほどに、常に筋肉が、骨が、内蔵が──全身が切りつけられた様に痛かった。


 最初は雨を振らせていた自覚があったから、こっそり村を出ようとした。けれども、止められたのだ。訳が分からなかった。


 “お前が居なくなったら、誰を殴ればいいんだ”


 岩山に来て僕を殴る蹴るしていた人にそう言われた。その人は、日々の怒りを解消する為に僕が必要だったらしい。……そうしていた人は他にも大勢いたから、僕は自分が〝要る〟のか〝要らない〟のかが分からなくなって、……最終的には考えるのを放棄した。


 雨を振らせている実感なんて、いつの間にか消えていた。全身の痛みも、岩山の冷たさも、どこか全て遠かった。……けれども、身体の内側まで、全部ぜんぶ寒かった。


 だから、僕を連れ出してくれたベルが〝ぽかぽか〟を教えてくれた時、なぜか身体の強ばりが解けて〝息をしている〟という実感を思い出した。


 誰かが側にいて熟睡するのも初めてだった。なんとなく夜中に意識が浮上した時、頭を滑る暖かい何かがとても心地よくて、目蓋を開ける前にまたすぅっと寝てしまった。


 ──勇気を出して、〝ありがとう〟って僕も言いたかったのに。


 樹海で野営をした次の朝、再び意識が浮上すると、目蓋の向こうが明るかった。テントの布地越しにも分かる、晴天だ。


 ゆっくりと身体を起こして、隣を見る。……が、既にベルは居なかった。

 そわそわしてテントから出ると、ユニコーンのリラに見守られながら朝ごはんの用意をしている彼女の姿を発見。

 不思議と、とてもほっとした。


 今度は名前を呼んでみよう、と思いながら近付くと、先に彼女が僕に気がついて、ふわっと微笑んだ。


「おはよう、カジョ。よく眠れた?」


 ──……ずるい。ベルばっか僕を暖かくする。……僕だって名前を呼びたかったのに。


「……うん」


 気恥しくて、そっけない返事をしてしまった。

 でも、やっぱり何か伝えたくて、ベルが作業をしている焚き火の側まで歩く。


「朝はね、昨日の食材でスープにしてみたの」


 火が触れない位置に大きな葉が吊るされていて、どうやらそれが鍋の代わりのようだ。

 中を覗き込むと、湯気と一緒にふわっと良い匂いが鼻腔をくすぐった。たくさんの具の隙間から、気泡がこぽこぽ出ているのも見えた。


 また、胸の奥がじんわり暖かい。


 夜中の、ベルの手のぬくもりも同時に思い出す。そしてなんだか、涙が溢れそうになった。

 ……悲しいはずじゃないのに、って思って我慢するが、きっとこの涙は嫌なものじゃないな、と心のどこかで思った。


「……ありがとう」


 気がついたら、ぽつりと呟いていた。

 僕が一番びっくりしてばっ、とベルを見ると、彼女は目をぱちくりと見開いている。……しかし次の瞬間には、口角をもにゅ、と上げながら目尻を柔らかく細めた。


「こちらこそ、ありがとう」


 ベルが、そう返す。

 こちらがありがとうなのに、なんで彼女もありがとうなのかが分からない。

 困惑していると、ベルはスープを混ぜている木の棒をいったん葉の縁に置き、その手を下からゆっくり伸ばしてきた。


 咄嗟に、目をつむってしまう。


 ──ごめんなさい。


 今までの条件反射と、ベルはそんな事しないのに身体がそうなってしまったこと、それらがぐちゃぐちゃに押し寄せてきて、俯こうとする。……が、頬に優しい熱を感じて、気がついたらはっと目を開いていた。


「いっぱい食べて、大きくなってね」


 そう言葉を紡いだベルの柔らかな表情に、やっぱりずるい、と天邪鬼が顔を出す。そして、さっきまでのどうしようも無いぐちゃぐちゃを、その天邪鬼がすっきり食べ尽くした。……恥ずかしさを感じて、また俯いてしまう。


 相変わらず身体を動かす度に、ぴしぴしと節々が痛む。けれどもベルの側に居られる喜びが、そんなのを気にさせなくしていた。


 ──いつか、絶対に返す。


 そう心に誓いながら、僕はまた小さく「うん」と返答をした。

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