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チェスティーリージュ王国国土内には、北よりから真っ直ぐ、中央部まで大小様々な山が連なる山脈地帯がある。
小さいもので1000メートル程だが、高いものではそのずっと数倍以上あり、末広がりの丘に広がる草原から、槍のように雲海を突き抜ける岩山、……などなど、多種多様すぎて名前のついていない山の方が多く存在する地帯だ。
よって、王国に位置する立地から、その山脈地帯を‘中央山脈’と呼ぶ。
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ユニコーンのリラの手綱を握りながら、木々を退けつつ山を降る。
ペガサスより魔力量の多いユニコーンだが、天馬種そのものが長時間の飛行に向かない種族だ。
山脈付近までは背に乗って飛んできたが、雨による環境の調査も兼ねて山越えは歩きで行うことにした。
中央山脈は、北に行けば行くほど山々が群集する。そしてここは、まだまだ王国の北部。
山に足を踏み入れてから丸一日が過ぎた。それでいて分かったことは3つ。
1、雨は、降ったり止んだりを繰り返していること。
2、雨雲は、いつも同じ方角から流れてくること。
「は……っ」
木の幹に手を当て、ぬかるんだ斜面を下る。
涼しい風が吹き抜ける秋とはいえ、頻繁な雨の為にじっとりとした汗が止まらない。もう何度目かもわからない、つつぅ、と生暖かい汗が顎先から滴り落ちる。
向かう先は、雲が流れてくる方向だ。
そしてその時、ぽたり、とまた雨粒が落ちてきた。
それは、瞬く間に大雨となった。
3、風上に近づけば近づくほど、豪雨になるのが早い。
3つめの法則を脳内で纏めていると、降りてきた斜面の上の方で、ゴゴゴと振動が発生した。
「リラ!」
相棒のユニコーンに声を掛けると、“待ってました!”とばかりに私を背に乗せ、森の上へ避難をした。
メキメキ、と木々が折れる音と共に、斜面が滑り落ちる。……土砂崩れだ。
ちなみにこの土砂崩れの跡は、来る途中にも何ヶ所もあった。
「ごめんなさいリラ、やっぱ盆地まで飛べる?」
リラの体力は温存したい。でもこれでは生命の危険がある。
私は申し訳無さそうに聞いたのだが、リラはふんふんっと鼻息を荒くして頷き、返事を待たずにそのまま山の木の上すれすれを滑空した。
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山と山に囲まれた、小さな盆地。そしてそこには、誰かが野菜を栽培しているような、それなりに大きな畑と何人かの人影があった。
リラと共に降りると、皆そろってまじまじと私を見だす。
私は構わず、1番近くにいた農作業員の女性に話しかけた。
「いきなり驚かせてごめんなさい、私は王都からの旅の者です」
「……こんな年若い旅の嬢ちゃんが、何だってこんな隠れた村に」
皆が皆、バツが悪そうに目を合わせない。
よく見ると、見た目がバラバラだ。
王都民よりも真っ白過ぎる肌の青年。
日に焼けたにしては些か褐色肌の女性。
どことなく肌に黄色味を感じる女性。
小さく獣の耳が生えている、昆虫に似た肌の感じ……と多種多様な人々が、そこにいた。
私が声を掛けたのは青年だったが、奥から黄色味の肌の中年女性が出てきた。
「アンタは仕事に戻れ、後は私が聞く」
中年女性はそう青年に言うと、次に私に視線を戻して言う。
「王族の旅人って証拠はあるのかい?」
その質問内容に、少し驚く。中年女性は青年よりかなり遠くにいた。なのに聞き取れるとは。
「ありますよ」
私は服の胸元を漁り、首から掛けているチェーンを手繰り寄せ、懐中電灯をを取り出した。チェーンは十分な長さがあるため、首に掛けたままでも女性に手渡すことはできる。
女性はざざっと周りを確認して、開けようとする……が開かない。
「なんだい、これ。壊れているんじゃないのかね」
「いえ、これは、──」
私に押し返そうとした女性の手のひらごと包み、私は魔力を流す。
すると時計はひとりでにぱかっと開いた。
中の文字盤は、スケルトン使用。そしてその奥には、複製防止の為に王族の紋章がオリハルコンで形作られている。
透明感のある作りだけではない。蓋の裏側の真ん中には‘チェスティーリージュ王国第三皇女 ベアトリーチェ・ディラ・チェスティーリージュ’との名前も掘られている。
……ちなみにこれは、立太志の儀の後に、国王陛下から渡されるものである。
「……来な、村長の元に案内してやるよ」
中年女性はそう言うや否や、先頭をすたすたと歩き出した。
山の斜面との反対側は、切り立った岩と岩の間に小さな道があった。歩くこと20分位だろう。
ぐねぐねと入り組んだそれを抜けると、簡素な木の柵に囲まれて、剥き出しの地面の上に小さな平屋が何件か点在する、小規模の集落があった。
雨は、とりあえず小降りに戻ったようだ。
女性はずかずかと歩き、柵の切れ目から1番遠い、他の建物よりやや大きめの平屋の扉をどんどんどんと叩いた。
「村長!いるかい!お客さん!」
女性の声もまあまあ大きいが、奥から帰ってくる声はもっと大きかった。
「こっちは会議中なんだよ!後にしろ!」
野太い男性の声。しかし女性は負けず劣らず更に声を張った。
「王族サマだよ王族サマ!いつ雨が本降りになるか分からないんだから、さっさと中にいれやがれ!」
「はああぁぁ!?」
野太い男性の声の後、幾秒かの静寂。のち、壮年の男性の落ち着いた声がゆっくりと届いた。
「……何か事情があって参られたのでしょう。入れて差し上げなさい」
「ありがと、村長。……ほらお姫様、いいってさ、あがりなよ」
「はい、ありがとうございました」
村長の言葉と、村長と私それぞれの背中を押してくれた女性に、お礼を言って上がらせてもらう。
気配の数から、1番奥の間が会議室だろう。
入室してすぐ、私はマントの裾をスカートに見立てて、最上級の淑女の礼をした。
「突然の御無礼をお許しください。私はチェスティーリージュ王国第三皇女のベアトリーチェと申します」
そう挨拶をすると、会議に参加していた面々が、ほう……と息を飲むのが聞こえた。
口火を切ったのは村長だ。
「……して、なぜそんなお偉いお方がこんな辺鄙な場所に?」
核心は、早めに突きつける方が良い。
「“雨”の調査に、参りました」
再び、暫しの静寂。……しかし沈黙を破ったのは、玄関の扉を叩いた女性を怒鳴った男性の声だ。
「だからさっさとアレ処分すればよかったんだよ!せめて誰かアレを殴ってこい!」
「でも……だって……どんな反撃があるか……」
話し合いの場には、消極的な意見を発する人もいた。おどおどしてそう答えた男性には、小さく熊の耳が生えていた。
「……そうよ、べつに殺さなくたって……」
次にそう発言をしたのは、綺麗な緑色の髪の女性。良く見ると手の甲に鱗状の模様が見える。
再び大声を出したのは、処分、とか殴る、を躊躇なく声にしている村毒々しい紫色の髪の男性だ。
「隔離している今でさえこの有様じゃないか!いいか、あれは魔物なんだよ!」
一連の流れを聞いて、私は村長に視線を向けて問いかけた。
「村長様、“アレ”とはなんでしょうか?」
村長はゆっくりと息を吐き、そして、慎重に言葉を紡ぎ出した。
「王族の旅人のお方は、我々の先祖をどこまでご存知でしょうか」
私が沈黙を貫いていると、村長はゆっくりと説明をしだした。
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はるか昔──人族と魔王軍との戦いで、勇者から御者までを先祖の一族が務めた事があったのだが……魔王を打ち倒すと同時にその身に呪いを受けてしまったのです。
魔王が斃れる直前、彼は命と引替えに〝残虐性の芽〟と言う呪いを振りまきました。
薄めるためには、とにかく外部の血を取り入れるしかなかったのです。
我々は長い時を経て、王都方面からやって来た罪人や、王国側とは反対の山に住む獣人と交わりを繰り返してその血を薄めているのですが……どうしても、忘れた頃に生まれてしまうのです。
〝先祖返り〟が。
あやつは、〝魔法〟を使います。
気に入らないことがあると街中でも破壊を繰り広げるので、山の中腹に隔離をしているのですが……それからというもの、雨が止まないのです。雨粒が途切れてもほんの一瞬だけで、傷んだ家屋をら乾かす暇もありません。
……旅の皇女様、無礼を承知でお願い申し上げます。
──あの魔物を、止めてください。
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