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……遂に、収穫祭を迎えた。
初日の今日は同時に〝出立の儀〟も執り行う、建国記念日だ。
──ようやく、ようやく、自由になれる。
国王とその妃たち、そして私以外の皇子・皇女達は豪華で厳かに着飾って、民衆の前のバルコニーに先立った。
国王の演説と、兄弟を代表して第一皇子のスピーチの後に名前を呼ばれ、私はバルコニーに足を踏み出す。
服装は、旅人らしく軽装の冒険者らしい出で立ちだ。オルンと魔物狩りする時と同じような、けれども少しだけ色味に明るさを足した装い。……しかし頭頂部から顔をすっぽりと覆うベール──皇女として私が民衆の前に立つ時に、必ず着用しているもの──をクリップで留めていた。
いつもは誰よりも端に立っているだけだった私が、初めて中央に立つ。そしてゆっくりと息を吸い、こちらも初めてバルコニーで言葉を発する。
「ご紹介に預かりました、このチェスティーリージュ王国で皇女の末席の第三を頂いております、ベアトリーチェと申します。弱冠、13の身ではございますが──」
そう皮切りに、私は魔王復活に不安を抱く民の心を代弁し、兄弟間で勝手に決められた、〝一人での旅立ち〟を美談のように語る。
一刻も早い安寧のため、迅速な対応のために供人は旅先で募る、等々、オルン達に語った内容も華美に装飾して話していた、その時。──隠蔽魔術式を重ねがけされた、風属性の魔法陣が目の前に現れた。
びゅうっ、と突風が吹き、顔を覆うベールが遥か後方に飛ばされる。
兄弟達の魔力を受けながら、私の鼓膜が、風音に混じって嘲笑を拾った。
──不健康な顔を晒して、イメージダウンをしたいのね。
風に煽られて顔を背けた先で、民衆のどよめきを聞いた彼らが、勝ち誇ったような顔をしている……が、それは一瞬。眉をピクリとさせて、疑問と驚愕を露わにした。
──だって、不健康に身体を弄ってないもの。
民衆の誰かが、‘ベル’と私の愛称をぽつりと呟いた。そしてそこから波打つように、「ベル様!」と沢山の大声がバルコニーを穿つ。
ありがとう、頑張って、待ってるよ、……そんな声が届く中、整列する騎士の遥か奥で、オルンが目をまん丸にしていた。
熱気は、収まらない。
隠していた罪悪感の表面が、温かみで少しだけ溶けるような感覚……しかし、それでも自分を許せない心が、相容れられない感情として湧き上がって──緩みそうになった唇を、ぐっと引き締める。
これ以上の演説は、無くても平気だろう。
私はそう感じ、指で輪っかを作りながら、大空を見上げた。そして深く息を吸って、それを咥えて吹く。
ピイィィ──……
途端に鎮まる民衆と、バサッバサッと近付いて来る大きな羽音。
「あれは……天馬か?」
「……角……ユニコーンだ!」
わっ!と再び沸きだす市井のみんな。
太陽を背にして、額から1本の角を生やした真っ白な天馬が、滑るようにバルコニーへ降りてくる。
「……ふっ」
私はタイミングを合わせて、石の手すりを飛び越え、急上昇。私のもう一人の相棒、ユニコーンのリラの背に跨り、上空でゆっくり旋回。ぶるると甘え声を上げる、リラのたてがみを撫でながら眼下を見やる……と騎士は皆が敬礼をし、一般民衆の殆どはこちらに手を振っていた。
たてがみを撫でる手を、スライドさせて手綱をにぎる。「じゃあ、行こっか」と話しかけると、リラは犬のようにぶんぶんと尻尾を振り、急発進で真っ直ぐに飛翔を開始した。
かなりのスピードで、あっという間に大通りに整列する騎士の最後尾が見えてくる。──その時、
「──ベアトリーチェ第三皇女殿下!」
市井の相棒、オルンの声が鼓膜を叩く。
変わらぬスピードで飛び続けるリラの背中で、ちらりと後ろを振り返る。すると列を飛び出した街道の真ん中で、投擲後のフォームのオルンがいた。そして一拍置いて、びゅんっと風を切り裂く音。
続けて風圧を感じ、瞬きをした一瞬の直後、視界に2つの物陰が迫っていた。
「わっ!」
びっくりしつつも、ぱしっぱしっ、と両手で受け取ると、それは真っ赤なりんごとみずみずしい大根だった。……果物屋のおばちゃんと八百屋のおじちゃんの、それぞれのイチオシだ。
──風を置き去りにする投擲とか、どれだけよ……。
そう内心で突っ込みつつ、もう小さくしか見えない市井の相棒に目を合わせる。
だんっ、と道のど真ん中で敬礼したオルンの目尻に、水滴が浮かんでいる。私はそれに小さな寂寥感を覚えながら、ふっ、と微笑んで前に向き直る。
そして、小声で呟く。
「……さようなら」
騎士の整列は、もう遥か後方に過ぎ去った。
***
魔のモノの色の濃い‘魔大陸’は、チェスティーリージュ王国の存在するサンゲッカ大陸の、遥か北に存在する。
サンゲッカ大陸は、海に面して大きく抉れた丸型の海岸線を持つ、3つの大陸が繋がって出来ている。
その中でも1番下に位置し、2番目に大きい中央の大陸の2倍以上の面積を誇る南大陸の、ちょうど真ん中にチェスティーリージュ王国は成り立っていた。
魔大陸は中央大陸の更に上にある、北大陸の最北端を指すが、南大陸の北部でももう既に王国より魔物が猛威を奮っていると聞く。
──今の私の魔術が、どこまで通用するんだろう。
それを試したくて、北の関所を越えようと歩いていた、のだが……、
「第一皇子殿下の令により、お通しすることができません」
「はぁ……それはなぜ」
問いかけると、門を守護する騎士は、困ったように顔を歪め、再び言う。
「……第一皇子殿下の令によるものです」
ため息しか出ない。……実のところ、魔王復活の予言の時までまだ数年ある。つまり今は、最悪の時よりはまだ危険が少ない。
「……第一皇子殿下の仰られていた内容は……『予言の不安は他国にも及んでいる可能性がある。南の関所から諸国を巡り、南大陸の地盤を固めてから北に行くのが望ましい』……との事です」
……旅の途中で死んで欲しい、という思惑が透けて見えすぎて、吐き気がする。
王冠の継承は、国長がそれぞれ皇子・皇女の中から、能力が最も高い者を選び、指名をすることで行われる。
そして〝王族の旅人〟は、諸国を巡って王国に利がある実績と共に帰国──凱旋をするのが通例のため、ほぼほぼ王位に王手を掛けた状態になる。
〝万が一にでも、帰ってこられたら困るだろうが〟
まるで、耳元で言われているような錯覚。
もう何度目だろうか……胸の中を、すぅと冷たい何かが滑り落ちていった。
「わかったわ、お勤めご苦労さま」
慣れたように微笑みを貼り付け、私は来た道を引き返す。
ピュイッ、と指笛を吹き、気ままに空を飛んでいたユニコーンのリラを呼ぶ。
相棒の天馬はぶるん、と鼻を鳴らしながら隣に降り立ち、私の頬に鼻先をすりすりした。
「南の関所から出ることにしたの。だからもう少し、王国内を旅しましょう」
リラの瞳には、私の心情を心配するような、寂しさが滲んでいる。
「……うん。だからもう少し、よろしくね」
そう語りかけると、相棒はパカッパカッと私の前に出て、首でくいっと合図をしながらこちらを見た。
「ありがとう」
そう呟いて、鞍に手をついてひらりと乗る。
──どこに行こう。
……そう考えた時、ふと、夕食会での国王の発言を思い出した。
〝中央山脈で、雨が降り続けているらしい。〟
「……とりあえず、中央山脈に行きましょう」
そう言うや否や、リラは小走りで街道の土を踏み出した。




