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 リーンゴーン──と夕刻を告げる時計台の鐘の音が鳴り響く中、私は帰宅路を歩く。


 そして、建物の影に沿って移動しながら、自身に認識阻害の魔術を行使し、……全身に魔力を巡らせる。

 ……頬を痩せこけさせて、顔色は悪く。筋肉を落とし、やや猫背ぎみに背筋を歪める。そしてぴょんと飛びはね、王都の建物の屋根から屋根を、隠れながら移動する。

 降り立ったのは、──王城の裏手側にある、小さな階段の踊り場だ。


 魔術式を展開させて、町娘の衣装から‘時の収納バッグ’の中のドレスに変更。

 そして、憂鬱な気分を隠すように、ぐっと前を見上げて階段を上った。



***



 大仰で豪華な扉の奥、そこは王族が夕食を取る時に利用するダイニングルームだ。

 両隣に立つ護衛騎士は、ちらりと私を一瞥しただけで、また前に向き直った。

 私はふぅ、と息を整えて、ノックを2回。


「……入れ」


 威圧感のあるその声の主は、腹違いの兄の、チェスティーリージュ王国の第一皇子。


「……失礼いたします」


 護衛騎士は動かない。自分で扉を引いて入室する。


「……チェスティーリージュ王国第三皇女、ベアトリーチェ・ディラ・チェスティーリージュ、ただいま参りました」


 そう言いつつ、ドレスのスカート部分を片手で摘みながらややしゃがむだけの、略式の挨拶を行った。


「……遅い。病弱だが何だか知らないが、誰よりも一番に来ていなきゃ行けない立場だろう」


 そう発したのは、第二皇子。ちなみに今の時刻は、約束の時間──夕食会が始まる15分前だ。


「まぁまぁ、仕方がないわよ。旅に出たらどうせ死ぬんだもの。気分も晴れなくて当然だわ」


 そう嘲るのは、第一皇女。

 続けて、第二皇女が言葉を発する。


「まぁ!陰気な義妹にはぴったりな最期ね!」


 ははは、と笑い声が響き渡る。

 唯一、私と同い年で13歳の、末の皇子の第五皇子だけは声を上げていないが、冷ややかな目でこちらを一瞥して、唇を右端だけ持ち上げた。


 次の発言は、続けざまに第三皇子と第四皇子だ。


「……こんなの、半分だけでも血が繋がっているなんて虫酸が走って仕方がねぇ」

「平民と同じ暗い髪。……売女で奴隷の母親と同じだもんな」


 第四皇子が核心を抉る事実を口にすると、くすくす、とまた嘲笑が溢れた。……そしてひとしきり笑い終えると、第一皇子が「おほん」とわざとらしく咳払いをした。そして皆の視線を集めてから、ゆっくりと口を開いた。


「皆の衆、ベアトリーチェは我々の代わりに、次代王国の礎になってくれるのだ。せめて今日から旅立ちの日までは、兄弟姉妹で水入らずの団欒くらいは経験させてやろう、と集まったのではないか」


 にやけ顔が止まらない面々。──とにかく居心地が悪い。


「せいぜい、あと数回の晩餐を楽しむんだな」


 第二皇子のその言葉に、またくすくすと嘲笑が部屋中を覆った。


 1、2歳ずつと、腹違いと言えど年が近い。だから、みんな仲が良い。

 ……私だけだ、彼らを仲間だと思えないのは。



***



 現国長の国王と皇后含め妃達は、私達とは別で夕食会を行っている。

 しかし、その中に私の母は居ない。私が幼い頃に他界したからだ。


 チェスティーリージュ王国では、王子・王女ともに王位を狙える。しかし、表立って名乗りを上げられるのは皇子・皇女のみ。生まれただけでは王子・王女で、十歳で王族としての覚悟を宣言する〝立志式〟を迎え、国長に認められれば皇子・皇女を名乗れる。


 そして代々、王冠を継承してきた殆どが、旅人の責務を無事に全うした者だった。


 淡々とした祝詞に自分の言葉を少しだけ載せた宣言スピーチに対し、国王は『よかろう』とだけしか言わなかった。……それから約3年、ようやく国から、──家族から逃げられる。


 亡き母は、専属の侍女などに『ベアトリーチェには、自由と共に幸せになって欲しい』と言っていたらしい。

 ……母の顔は既にうろ覚えだが、寝台に横たわりながらも頭を撫でてくれた感触だけは、まだ消えていない。


 ──抵抗したら、もっとめんどくさいから。


 そう自分に言い聞かせて、悲しいのも、寂しいのも、全部ぜんぶ胸の奥に閉じ込める。


 兄弟姉妹揃っての1回目食事が終わり、各々が仲良く王城の奥に消えていく中、私だけ反対方向へ歩く。


 夕食会は、残りあと10回だ。


 ──耐えろ、私。


 そう自分を奮い立たせながら、外階段の踊り場の奥、私しか居住していない、小さな離れへの道を歩く。



***



 2回目の夕食会は、皆が1時間遅れて部屋に集まった。

 前回の反省として1時間早く部屋入りしていたため、無駄な2時間を過ごした。


 3回目は、私の食事だけ、硬い黒パン1個だった。

 口の中がパサパサになったが、慣れていた為に完食した。


 4回目は、見た目こそ皆と同じだが、全てが腐ったような味で、とても食べられるものでは無かった。

 1口ずつ口に含み、それぞれを食事ナプキンを口に当てて吐き出すと、四方八方から嫌味が飛んできた。


 5回目、スプーンが爆発して口の中が切れた。

 咄嗟に口を覆った手のひらをゆっくり下ろすと、鋭利な破片と共に、赤色が混じったクリームスープが滴った。


 6回目、出涸らしのスープのみ、しかも毒入りだった。

 匂いで分かっていたが、スプーンを浸すとその表面が変色したために一口も手をつけずにいたら、今度は罵声を浴びた。


 7回目、ドレスを剥かれた。1回目の晩餐会で着たドレスを再び着用をしたのがいけなかったらしい。

 それでも席に座ることを強要されたが、運ばれてきた夕食は氷のみ。同時に窓が全開にされ、皆は厚着をした。


 8回目、入室したとたん、魔術の集中砲火を受けた。

 私が部屋の隅に転がったまま夕食会が始まった。私の分食事は用意されていなかった。


 9回目、まだ蠢いているミミズを食べることを強要され、拒絶をすると魔術や暴力が飛んできた。

 最終的には椅子に縛りつけられ、口をこじ開けられた。


 そして10回目、国王と皇后が同席。久々に夕食として皆と同じものが出された。しかし1回目の時と同じ、嘲笑混じりの会話。国王と皇后はそれを窘めることはせず、国政の話題を振り、私以外の兄弟達の考えを聞いていた。


 〝中央山脈に、雨が降り続けているらしい。〟


「……──ベアトリーチェは、どう考える」


 兄弟達の議論が飛び交う中、隙間を塗って国王が私に問いかけた。

 私は短く「答えたくありません」と返答した。


 どうせ何も知らないくせに、目障りに気取りやがって、……と兄弟たちの思考が、その時だけの視線と共にチクチク刺さった。


 国王と皇后は無表情。しかしそれ以降、兄弟達と同じく、その視界に私が入る事は無かった。

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