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討伐した魔物を‘時の収納バッグ’で運び、オルンと2人、王都の素材屋で換金を終えた。
「わーもうこの紙切れ1枚だけで暫く遊んで暮らせるわー」
オルンが‘紙切れ’と言ったそれは、れっきとした小切手だ。2人の成果のため報酬は半分。けれども、サンドワームの次に倒したソイルタートルの甲羅に魔宝光石が見つかったため、報酬がとてつもなく巨額になった。
オルンは鼻歌を歌い、小切手をひらひらさせて踊りながら大通りを歩いている。
「風に飛ばされても知らないよ」
「大丈夫ー!私はベルみたいにひ弱じゃないもーん!やーいやーい、早々に大事そうに仕舞っちゃってベルのひ弱ー!」
そう軽口を叩きながら、オルンはいーっ!と歯を見せつけてくる。……ものっすごいイイ笑顔だ。
私はふふっ、と微笑みながら──こちら側のある事情に、ほの寂しさを抱く。
本日の大通りには、人が多い。特に掲示板の周りに人が集まり、沢山の話し声が重なっていた。
「なんだろうね?」
オルンが首を傾げながら呟く。
私も同じトーンで、なんだろうね、と返しながら歩いていると、いつも贔屓にしている果物屋が見えてきた。
珍しく表に店主のおばちゃんが出てきていて、隣に軒を連ねる八百屋のおじちゃんと、こちらも何やら話をしているようだ。
「おばちゃーーーん!おじちゃーーーん!」
オルンが元気いっぱい、大通りに響き渡る大声で叫んで走り出す。
「あ待っ……て、ってばオルン!」
ぴゅーんっ!と駆け出した相棒の後を追って、店主2名の元へ合流する。
「あらあらまぁまぁオルンちゃん、そんなにニコニコってことは今日はとにかく良かったんだね?」
「うん!もうね、きっとおばちゃんとおじちゃんのお店の権利ごと買えるよ!」
果物屋のおばちゃん店主の問いかけにオルンがさらっと答えた内容はとてもゲスい。……が、あながち間違いでもない。魔光宝石は、それだけ希少価値が高いのだ。
「それは困るが……でも店を畳んでばぁさんと老後を過ごすのも悪くねぇな!」
そうガハハと笑うおじちゃん八百屋店主。それに待ったを掛けたのはおばちゃん店主だ。
「あらやだ!お前さんまだ前の奥さんと繋がっているのかい!」
「ちげぇよ!俺はあの日から天涯孤独だ!俺が惚れているのはお前だって言うのに……ったく、どれだけ口説けば靡いてくれるんだか」
「……もう2人結婚しなよ……」
犬も食わないような2人のやり取りに、ぽつりとツッコミを入れるオルン。
続きざまに相棒は、そそっとおばちゃん店主から離れたおじちゃん店主の背中を、ぽんぽん叩きながら慰めだす。
するとおばちゃん店主がこっそり私の方へ身体を傾け、「女はね、魔性が命なのよ」と呟いて、ぱちんとウィンクをした。
──おじちゃんをただ泣かせるだけの魔性は、もはや魔性じゃないと思う……。
……などと内心で思っていると、おじちゃんが「いてっ!いてっ!」と叫びだした。オルンの慰めに、応援ならぬ気合いが込められ出したらしい。叩かれる度に、おじちゃんの背中がビクビクッとしなっている。
──いいなぁ、この空気感。
羨望と、寂寥感。オルンと出会って、大通りに通い出して、何年もかけて、……ここに居ても不安感は抱かなくなった。
──でも、違う。
なんで?どうして?……考え出したら、キリがない。
環境と、心情と、本能と……ぐちゃぐちゃなエゴ。
ずっとここに居たいのは紛れもなく自分なのに、それを素直に享受できないのも、また自分なのだ。
──“終わり”は自分から切り出す方が、心がまだ軽くいられる。
ちくり、と感じる胸の痛みを見て見ぬふりをして、私は確信を抉る質問を、2人の店主に問うた。
「──ところで、通りが賑やかなのはどうしてですか?」
すると、2人ともやや困り顔で答えを返す。
「ああそれはね、〝王族の旅人〟がようやくお決まりになったんだよ」
「なにそれ?」
おばちゃんの説明に、オルンが聞き返す。続きを請け負ったのはおじちゃんだ。
「そうか、お前らは13歳だから知らなくて当然か。……この王国ではな、十年に一度、王位継承権のある王子、王女様のうちお1人が国を出て旅をするんだ。ほら、王国の成り立ちの逸話があるだろ?」
「逸話……えーと……どんなのだっけ?」
おじちゃん首ががくっと落ちる。小声でおばちゃんが「オルンはそんなことも知らないのかい」と零した。
……私はオルンにも分かるように、脳内で言葉を組み立てながら話す。
「王国の始祖はしがない旅人だったんだけど、各地を巡って人助けをしているうちに仲間が増えたり、尊敬を集めたり、最後には“ぜひ王様になってくれ!”って懇願されて、この地に国を興したの」
「……やっぱベルはそういうのに詳しいね」
オルンはそう言うと、唇をきゅっと結んだ。どこか悲しさを滲ませた表情だった。
「まぁね。家が、家だから。……ほんとはこれも言っちゃいけないんだけどね」
……私の住む環境で、常にちくちく突き刺さる視線を思い出す。居場所が無いなんてレベルじゃない。だから逃げ出して、こうして市井に繰り出しているのだ。
言えるのは、ほんのちょっとだけ。だけど、私の苦しさを、少しでも知ってくれたなら、なんて浅ましさもあった。
──同情を買いたいなんて、ばかげている。
……でも、そこまでしないと押しつぶされそうな自分も、心底私は大嫌いだ。
話を戻す。
私は大人の店主2人に顔を向け、尋ねる。
「……今までは、一、二ヶ月前には決まっているのが通例、と聞きました」
まず答えたのはおばちゃんだ。
「そうなのよねぇ……発表されたのは“旅人は第三王女に決定した”ってそれだけ。……式典の内容も何もかも分からない。だから、はなむけの祭壇の規模も分からないから、どれだけの貢ぎ物を用意すればいいのかも分からないのよ」
「……でもよ、魔王復活の予言がもう殆ど真実なんだろ?5年後だが6年後だが知らねぇが、王都郊外でも強ぇ魔物ばっかり発生してんだ。そりゃ下手をしたら……死ぬ、かもしれねぇじゃねぇか」
おばちゃんの次に発したおじちゃんの言葉に、胸がぐうっ、と苦しくなる。
旅立ちの式典は、収穫祭の初日に行われる。その日まで二週間を切っても決まらなかったのは、それを押し付け合っていたから。
今の私にできること。それを考えて、可能な限り情報を話すことにした。──せめて、くだらない事で困る人が減りますように。
「第三王女様は、皆さんがご存知の通り、お目見えの式典にも滅多に出席されない位の病弱なお方です。たまにお立会いされても分厚いベールを被っていらしゃるのは、そう言った理由からです。……でも、王女様は仰っていました。“私の命一つで、王国の慣例が守られるなら本望です”」
三人が三人して、沈黙を守っている。
「今回の出立の儀は、王城内ではお葬式のムードなので、祭壇は用意されません。そして、王女様ご本人による“一刻も早く民の不安解消をするため、単身で旅立ちます。”との強いお申し出により、騎士たちによるパレードも行われません。王族のスピーチなどをほんのちょっとやられてから、王女様がお一人でこの大通りを歩かれ、国を出られます」
「……そんな、」
オルンが、顔をくしゃっとさせて、悲痛な面影を落とす。
彼女はとても感受性が強い。戦闘技術は全て我流でその理論なんて一ミリも理解していない。脳みそまで筋肉で出来ているんじゃないかって思う程のおバカさんだけれど、それでも他者と高度な連携が出来るのは、五感の情報が飛び抜けて優れているから。それは、感受性の強さに起因して、……だから想像力も豊かだ。
「──でも、」
私はお通夜みたいなその雰囲気を壊すように、あえて明るく言葉を繋げる。
「第三王女殿下は、このチェスティーリージュ王国が大好きであらせられます。式典の中の、少しのスピーチでも、それは充分に伝わるでしょう。だから、皆さんまでお通夜にしないでください。祭壇は用意されませんが、お店の前にテーブルを置いて、そこにそれぞれの店主が自慢の品を並べるだけでもきっと、王女様は喜ばれます」
そう言いきって、私は深々と頭を下げた。そして下げたまま、最後の言葉を紡ぐ。
「私からお伝え出来るのはここまでです。私は、不遇な第三王女殿下に最も近い、同じだけ不遇な存在です。“隠された子”は、あながち間違いではないのです。……どうかこの話は、ご内密にお広めください」




