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件の魔法陣に返信がとどいたのは、ちょうど私とカジョが食事を終え、退席をする時だった。
私のものではない魔力を感じると共に胸ポケットの中で光ったそれを取り出す。
“アリアス国第一宰相ルキーノです。国王陛下、女王陛下ともに今すぐにでもお会いしたいとの事です。よって1時間以内にお越頂けますようよろしくお願いいたします。”
──いや早すぎだろ。
「なんて書いてあるの?」
眉頭を指で支える私に、カジョが尋ねた。カジョはまだ文字をほとんど読めない。樹海での旅路の時に、文字や魔法陣について少しずつ教えてはいたが、それでもほんの少しだけだ。
「……すぐに来い、だってさ」
要約した内容をカジョにそう伝えると、「そんなにすぐに会えるものなの?」と純粋な問いが帰ってきた。……うん。私もすごくそう思う。
しかし、こちらは謁見を申し込んだ身だ。早いなら早いに超したことはない。
ここは城下町。旅装束のままならリラに乗れば30分程で着ける。
私は思考を気持ちを切り替え、立ち上がりながらカジョに告げる。
「お呼ばれしている以上、お待たせさせる訳にはいかないわ。このまま向かうわよ」
「わかった」
カジョは椅子からぴょんと降りると、私の隣に並ぶ。
私たちは速やかに会計を終えると、リラの居る厩へ行き、厩番へリラを離すように要求する。
リラはニンジンやら藁やらを、私たちを半目で見ながらもっちゃもっちゃと食べていた。
「……彼はお食事中ですが、それでも?」
リラが雄と気が付くとは、さすが厩番。
「リラは大丈夫です。火急の用事ができたもので、残りのご飯代の返金などは言いません。厩番の代金もおつりはいらないのでこちらをお受け取りください」
そう言いながら私が厩番へ渡したのは金額1枚。食事の時もそうだが、実際のお値段がどうだろうと、繰り上がり硬貨1枚で“おつりは要らない”は貴族の矜恃であり、特権だ。
──どーせ見張り人とか付いているんでしょうし。
リラの食事台を含め、銀貨30枚の厩番には金貨を。
金額1枚と銀貨16枚の食事代には白金貨を。
「は、はいっ!ありがとうございました!」
厩番がペコペコ頭を下げている脇で、リラがバケツの中の残りを一気食いした。……そしてきりりっ、とした表情で出立の時を待つ。
「こうして見るとこのユニコーン様も神々しく見えますね……!」
そう言いながら柱から手綱を解いて私に渡してくれる厩番。
──リラお前どんな態度だったんだよ……。
内心でそう突っ込みつつ、ひらりとリラに跨りカジョへ手を伸ばす。今度は戸惑わずにカジョは私の手を取った。
***
「アリアス国国王陛下、並びに女王陛下、この度は謁見の場を心より感謝申し上げます」
アリアス王城の謁見の間で、私とカジョは旅装束のまま片膝をついて挨拶をする。主に言葉を発するのは私で、カジョは無言のまま、私の左斜め後ろで同じく片膝をついている。
「……そなたがチェスティーリージュ王国の今代〝旅人〟か」
そう言葉を発したのは国王だった。
「はっ。チェスティーリージュで第3皇女の席を預からせて頂いております、ベアトリーチェ・ディラ・チェスティーリージュと申します。……後ろに控えておりますは、従者のカジョです」
「……カジョと申します。よろしくお願いいたします」
頭を垂れたまま、2人で答える。
「うむ、楽にするが良い」
国王のその言葉で、私とカジョは顔を上げた。
……ここまではカジョとの打ち合わせ通り。カジョは作法を知らない。だから、最初のある程度の流れと、姿勢は私の真似をすること、などと簡単な説明しかしていない。
壇上に座る国王夫妻は、初老に差し掛かったあたりの年代。やや女王の方が若く見えるのは、日頃の美容ケアの賜物か口元を覆う扇子か、はたまたその凛とした雰囲気か。
国王は、威厳が鋭い。自信を語る瞳は、まるで数々の歴戦を超えてきたかのよう。まさしくして、王者の風格。
再び言葉を発したのも、国王だった。
「遠路はるばるご苦労。……して、なぜ入国と共に謁見願いを?」
それに対して私は、ゆっくりと返答をする。
「共和国を構成する、残りの3国を自由に行き来し、行動する権利を承認して頂きたいのです」
すると、国王は「はて、」と1拍を置いて言葉を返してくる。
「共和国内は自由貿易かつ自由交通だが、なぜその権利への承認が?」
「文字通りの自由に、です。国同士で手を取り合い、大陸の中でここまで栄えられていられるのはアリーロザバラン共和国だけでしょう。……しかし、各国のおとぎ話に何回も遭遇しては、中心国の両陛下とて良い思いはされないでしょうから」
「……ほぅ、」
国王はそう感嘆を零しつつ、未だ漆黒に生える髭を指でなぞった。
「……いいだろう。このアリーロザバラン共和国を好きに堪能するが良い」
「ありがたき幸せ」
国王の言葉に、頭を垂れつつそう返答をする。背後の風の音から、カジョも同じ動作を取れたのを確認。
言質が取れたこともあって、2つの意味で安心する。
「その他、言っておきたいことはあるか?」
再び国王がそう発した。
……そして私は、この言葉も待っていた。
「では……〝旅人〟としての建前上、各国にそれとなく言わせて頂いております定型文を失礼いたします。……アリアス国で、何かお困り事がおありではないでしようか?」
国王はほんの一瞬だけ逡巡する素振りを見せた。
……が、「困り事など……、」と言いかけた所で女王が「あはははは!」と豪快に笑った。
「な?早々に呼びつけて正解だっただろう!この娘は逸材だよ!」
「バーベラ……だからと言って……」
国王は女王の名を呼びつつ止めに入る……が女王は口元で広げていた扇子をぱちん!と閉じ、それで私を差す。
「小娘、お前は一体、世界をどこまで見通せる?」
にやり、と口元に笑みを浮かべつつそう問うた女王。試されているな、とは否が応でも分かる。
だから私も、口元に薄く笑みを浮かべて答えた。
「さぁ、私にはよく分かりません。……私はただ、風の音が心地いい時に、少しばかり勘が働くだけですから」
暫しの静寂。女王は扇の先端をもう片方の手で包み込む。そして……私へ言った。
「おそらく小娘の狙いの1つ、〝草原の民〟は幻術等を駆使する遊民族ゆえ、小娘でも探し当てるのは骨が折れるだろう」
──さすがにその目的はバレるよなぁ……。
背後のカジョが、ただ私と同じ姿勢を取り続けていることを気配で確認。けれども、共和国での具体的な目的は言っていないため、きっと頭の中は疑問符だらけだろう。
女王が続ける。
「どうだ小娘、取り引きだ。〝草原の民〟と邂逅の場を速やかに設けてやろう。そしてそれを最初のおとぎ話にすること。次にアリアス以外3国の問題を速やかに解決させ、最後にアリアスの緊急事態を解決できれば……共和国としての〝友好の証〟をくれてやろう」
それはもう、自信満々の笑みを浮かべていた。そして女王は「他のおとぎ話は、3国を救いながらそれとなく見つければ良い」と締めくくった。
各国それぞれ、ではなく、共和国としての〝友好の証〟だ。
初めはただただ、生まれの王国を出たくて旅人になったが、沢山の〝友好の証〟を持って凱旋できたなら、異母兄弟たちはどう思うんだろうか、とふと思った。
……しかし、〝草原の民〟は共和国で最後に会いたかった遊民族だ。なぜなら……──
──カジョの母親の血筋だから。
背後のカジョが、微動だにせず私と同じ姿勢を取り続けているのを無音から感じながら、状況を考える。
私は〝草原の民〟に、カジョの鍛錬をお願いするつもりだ。……女王は、カジョを見ただけでそれを見抜いた。
女王の口添えがあれば、カジョの鍛錬はもう確約されたものだろう。可能なら私は、それにできるだけ付き添いたい。
しかし、女王の言葉──“アリアス以外3国の問題を速やかに解決させ、……”──が、カジョから離れる事を暗に示唆している。
──つまりは、……私一人で共和国の問題を解決してみせろ、ってことね。
私は隠れて小さく深呼吸をする。
「──慎んで、お受けさせて頂きます」
そう返答をして、頭を下げる。衣服の擦れる音から、カジョも私に倣ったのが分かった。
「いいぞ小娘、明日にでも場を整えてやるから、伝達の魔法陣をこの場で作って対を私に渡せ」
……そう命令口調で話す女王の目が些か輝いているように感じる。
──まさか、この為に……?
苦笑混じりのツッコミが心の中に芽生えるも、直ぐ様、それはないな、と否定する。
……アリアス国の呼称は〝叡智の国〟だ。
──きっとこれ私を見定めている一環。……私が顔色ひとつ変える事なく、伝達魔法陣の付与用紙を作り上げられるかどうか。
そう思考を切り替え、私は‘時の収納バッグ’から用紙を取り出し、魔術式と魔法陣を多重展開させた。




