3
***
首都の関所は6つ開門されていたが、それでも待つ位に人の往来が多かった。
その待っている間に、私はカジョへ最低限の振る舞い方を教えた。
「今代の王国の旅人となりました、チェスティーリージユ王国で第三皇女の……──」
国の関所を抜けた時と同じように、自身とカジョとリラの説明をした。
私はカーテシー。まだまだ飛べるリラは美しく足を揃えて。そしてカジョは、右手を胸に当てて深くお辞儀をする、騎士の礼を取った。
首都の関所らしく、チェスティーリージュ王国の懐中時計ですんなりと身分証明ができた。
「──……そしてアリアス国の国王女王両陛下に謁見の場を設けて頂きたいのですが、こちらから遣いの方を出していただくことは可能でしょうか?」
私がそう尋ねると、門番は「はい、可能です」と柔らかく返答をくれた。
「近くの屯所から魔術式道具を使用して、城へその旨を伝えておきます。その際の返答なのですが、どちらへお送りすればよろしいですか?」
門番のそのやり取りは慣れたものだ。それだけ高貴な方の出入りが多いのだろう。
そして通常ならば、返答を届けてもらう先として、泊まる予定の宿を伝えるか、宿を紹介・斡旋してくれる案内人の場所を尋ねる。
魔術式や魔法陣は、実は扱いがかなり難しく、私やオルンのような存在は実は外れ値だ。……それを付与するとなると更に難易度は跳ね上がり、魔力で動く道具は軒並み価値が高く、量産なんてされていない。
しかしは私は、……──
「今ここで、魔術を行使する許可を頂けますでしょうか?」
「……はい?」
門番が少し狼狽えた表情をした。
私は続ける。
「使い捨てで良ければ、相互通信の魔法陣を紙に貼り付けますので」
「……えーと、一応、奇襲の場合を想定して防護魔術式で皇女様を囲ってしまいますが……それでもよろしければ、……ですね、ハイ」
先程までの滑らかさが嘘のような返答になっていた。しかし説明どおり、門番の魔術式は滑らかに発動された。
私は‘時の収納バッグ’から、手のひら大の正方形の紙を2枚取り出す。国ごとに製紙技術は異なるが、私の紙は自前で、ユーカリの樹皮から丁寧に梳いたものである。
柔らかいが、チェスティーリージュ王国の掲示板に使われるそれよりも白くてきめ細かい。
門番は、私の手元をじーーーっと、穴が開くんじゃという位に見ている。
──緊張するなぁ……。
「……こほん、」
私は咳払いで気を整えてから、魔術付与を開始した。
2枚の紙を浮かし、両手に同じ魔法陣を展開。浮かせた紙の向きを合わせ、付与の魔法陣を別で展開し、その中でぱんっ!と手を合わせる。……これで通信用紙の出来上がり。
同じ魔法陣が印字された、2枚の正方形の用紙の片方を門番へ差し出す。
「念の為に3回使用できるようにしました。1回は確認用にお願いいたします」
門番はぽかんとした顔で受け取った。
「……で、これはどうやれば使えるんだ……?」
非常に困った顔で呟く門番。私は淡々と説明する。
「これは、話した言葉を文字にして対の魔法陣──私が持っている物ですね──に届けます。届けたいメッセージを〝入力〟、届ける時は〝送信〟と言ってください」
「……は、はぁ……?や、やってみてもいいのか?」
呆れ顔だって門番の瞳が、キラキラ輝き出す。補佐として奥に立っている門番も聞き耳を立てて居たのだろう、じりじりとこちらににじり寄ってきている。
門番は、「えー、あー、」と発生をしてから、私が作ったメッセージの送信紙に向かって「入力!」と言った。……と言っても咄嗟には何を言ったら良いのか分からないようだ。
「……何を言ったらいいんだ?えーと……あ、……ごほん、こちらはアリアス国首都ハルツェバルの関所である!……本当に届くのか?」
「……門番さま、〝送信〟をお願いいたします」
興奮気味の門番へ、私が小声でそっと促す。
「そうだった!〝送信〟!」
すると門番が持つ紙の魔法陣が淡く光り、すぐに消える。
次に、私が持っている紙の魔法陣が光り、門番が発した内容の言葉がそのまま文字となって浮かび現れた。
“……何を言ったらいいんだ?えーと……あ、……ごほん、こちらはアリアス国首都ハルツェバルの関所である!……本当に届くのか?”
「……これ、すらすら言えないと恥ずかしいな」
私の方の紙に浮き上がった文字を見て門番は鼻を搔いた。
「こちらでよろしければ、謁見への返答をよろしくお願いいたします」
そう言いつつ、もう私はもう一度カーテシーを行った。
「承りました」
門番はそう答え、ぴしっと敬礼をした。……にじり寄って来ていた門番も、ちゃっかり隣で同じ動作をしていた。
門番2人の前を通り、アリアス国の首都、首都ハルツェバルへと歩き出す。
……しかしやはり、後ろでひそひそと話し声が耳に入る。
「……なぁお前、あれできるかよ」
そう話し出したのは、にじり寄りちゃっかり門番だ。
「いやいや無理むり!ムリムリ!一体全体アレ、何個の魔術式と魔法陣を同時に使ってんだよ!」
──普通はそうなるよなぁ……。
チェスティーリージュ王国では、オルンと遊んでいる時もそれなりに力をセーブしていた。王城内は言わずもがな。
旅先で死ぬと誤解をさせなければ、私に押しつけられる事もなかっただろう。
……私は、旅に出たかった。
〝世界の意思〟による制約が思いの外大きくて、魔物との戦闘でやはり苦戦はしてしまう。しかしそれを天秤に掛けても、自由な環境は心地いい。
尚も話し続ける門番たちに苦笑をしながら砦を抜ける。首都も晴天。朝一にアリアスに入ったが、リラに乗って飛んできたために、今はまだお昼時だ。
「宿より先に、お昼ご飯ね」
そう言いつつマントの下の、旅人衣服のポケットに紙を仕舞う。
純白のユニコーンと、4~5歳くらいの体型のカジョ。
──カジョの見た目は子どもだけど、大人と同じくらい食べるから大人料金ね。問題は……、
私は頭の中で考えを巡らせながら、ユニコーンのリラを見る。
「……ベル?どうしたの?」
カジョが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「……いや、うちのユニコーンはグルメだから、ね」
「グルメだね……?」
カジョはイマイチ理解をしていないようだ。私は小さくため息をつきながら、説明をする。
「……リラは、私たちと同じものを食べます」
「うん」
「そして大体、どこもペットや使役獣が同伴可能なお店はあるけれども、」
「うん」
「ユニコーンと言えども、馬が一緒に入れるお店は聞いたことがありません」
「……うん」
相槌を打つカジョが、私の悩む理由を分かってきたようだ。「そして、」とさらに説明を続ける。
「通常、ユニコーンと言えども、食事はだいたい通常の馬と同じです。あとは雑食なため、勝手にその辺の草やキノコや、自分で捕まえ小動物をそのまま食べます」
「……うん……」
呆れ顔をするカジョに、「つまり、」と続ける。
「……うちのリラは、普通じゃないのです」
カジョはリラの方へ身体を向け、けれども遠い目をしつつ言った。
「……リラ、なんか、ごめん」
──うん、私も分かるよ、カジョ。
私は心の中でそう同情する。
〝奇行〟は理にかなっているから……と言い聞かせて納得せざるを得なかったのが、さっきの出来事だ。
けれども、もうどうにもならない〝おかしい〟という真実を突きつけられて、残念感が拭えないのだろう。……リラが心強い相棒なだけ、その落差に抗えない。
もう慣れた私は、リラを見て淡々と告げる。
「厩のある食事処とか宿を探すから、貴方は外ね」
リラの口があんぐりと開いた。
私はそれを無視して、リラの手綱を握りカジョと大通りを歩き出した。
***
その食事処は、高級すぎる訳では無いが、安価すぎる訳でもない、私たちにちょうど良い雰囲気のお店だった。
商人も利用をするのだろう、外にはそれなりな厩が併設されていて、別料金を支払えば馬用の食事も用意してくれるとのこと。
しかしそんな説明をしてくれた給仕スタッフはとても気さくで、旅装束のままの私たちに笑顔で「2名様ですね、どうぞー!」と明るく言い切った。
アリアス国はもともと、耳も尾もない“人族”が多い国ではあったが、共和国となってから獣人の多い国と交易をするようになった。その結果、今のアリアス国では、多少びっくりはされるものの、当たり前のように獣人は受け入れられる存在だ。
厩の繋ぎ柱に括り付けられながら、じとーっとした目で私とカジョを見るリラを見て見ぬふりをして私たちは店内に入った。




