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──守りたいって何だろう?
──そばに居たいって何だろう?
そんなことを僕が考えるきっかけになったのは、ベルが実は王女──正確には‘皇女’らしい──と知ったからだ。
関所で綺麗な礼をしたベル。王族の証として差し出した、黄金の光を放った懐中時計。
僕の知らない彼女がいて、そんな彼女のそばに僕なんかが居ていいのか、と混乱した。
けれども、関所を越えた後すぐ、その温かい両手が頬から心に沁み込んだ。
きつく抱きしめてくれた時のその熱に、僕は酷く安らぎを実感させられて……離れたくない、と思った。
──この先に、何があっても離れない。
……その決意は、ベルがくれる安寧を手離したくない、僕のただのワガママだ。
そんなことを内心で思っていると、関所を抜けてからの休憩時間に変化が訪れた。
太陽光を浴びながら、羽を広げて美しすぎるポージングを決めていたリラが、急に空へ飛び立ったのだ。
「天馬種はね、だいたい魔力が回復すると、空を飛んで羽で作った魔力を全身に一気に巡らせるの。ユニコーンは角からも魔力生成ができるから、ちょっとだけ回復が早いのよ」
辺鄙な村にベンチなどは無い。だから1枚の替えのマントで、隣に座っているベルがそう説明をしてくれた。
暫くその様子を見ていると、リラ──本名が‘リラクレクス’なのは驚いた。しかも雄じゃん……──が地面に降り、優雅に歩き出した。
「ねぇベル、リラって、リラクレクスって名前で……雄、なんだよね?」
「そうよ」
僕の問いに、ベルは涼しい顔をして答える。
優雅すぎるそのしなやかな歩行は、絶対に雄には感じられない。
ぱっかぱっかぱっか──……、
鼻歌を鼻息てふんふん表しながら、リラがリズミカルにぐるぐる歩いている。……と思ったら急に走り出した。
「天馬種はね、ある程度の魔力が身体中に行き渡ると、蹄で練り上げて、増幅させて自分のものにするのよ」
再びのベルの説明。それを聞いて、きちんとした理屈のもとにあるんだな、と頭では納得する。
納得する……のだが……。
ヒヒーン!と雄叫びを上げつつ村を走るリラ。馬らしい、パカラッという擬音ではない、ドドドドドドと村じゅうて土煙を発生させている。数少ない目に見える村人全員が、リラを奇異なものを見るような、残念な視線に変わっていた。
「……耐えて」
ぽつりとベルが呟いた。
「……うん」
同じだけの時間を要して、僕も返答した
「……あれが、天馬種なのよ……」
「……うん……」
そうベルと会話をしながら、リラの奇行を見守ること更に数分。
かのじ……彼がたてがみから汗を光らせて、こちらに近付いて来た。
……その汗も体躯との色同じ、純白の光を放っている。
「終わったようね」
ベルがそう言うと、ヒヒン、とリラは清々しい顔で鳴いた。
先程までの奇行が嘘のような、再びの神々しさ。……むしろイイ笑顔に見えて腹立たしさすら覚える。
「ではリラ、アリアス国の中央まで乗せてって」
ベルは何事も無かったかのようにそう言いつつ、ひらりとその背に跨る。
リラの奇行にまだ付いていけていない僕は、何をしたら良いのか頭がフリーズしてしまっていた。
すると、目の前にしなやかな手が差し出された。……何度も僕を温かくしてくれている、ベルの手だ。
もはや反射でその手を掴んだ。同時に引き上げられて、僕もリラの背に乗った。ベルに包まれる形だ。
斜め後ろを見上げて、彼女の顔を覗き見る。
ベルは優しく微笑んでいたが、その瞳の奥には確固たる決意が滲んでいるような気がした。
“恥ずかしいから、さっさと去るわ”
僕は小さく頷く。
すると優しいベルの手が、再びぽん、と僕の頭を撫でた。……なんだかいつもより力が籠っている。
──わかる気がするよ、僕も早く去りたい。
ベルと2人、お互い同じタイミングで視線だけで頷き合う。
……なんだか心で会話ができた気がして、嬉しかった。
空を飛びながら、ベルの旅の目的を聞いた。
ベルが魔術式で風の流れを変えてくれたため、普段と同じような声量でも会話ができた。
国の成り立ちの話、慣例、そして魔王復活の予言。色々と聞いたけれども、3行に纏めるならこうだ。
──“チェスティーリージュ王国をよろしく!”と言いながら旅をして、ある程度の成果が得られたら国に凱旋する。──
魔王復活の予言があちこちで成されている今、‘ある程度の成果’の為には最低でも魔大陸の視察が必要。
そしてベル曰く、魔王復活の予言は本物。だからあちこちで魔物の凶暴化が相次いでいる。
だから僕は、考える間もなく言葉にしてしまった。
「ベルは……どこかで死ぬ気なの?」
ベルの胸に背を預け、晴天の空を見上げて、自分で言っておきながら苦しくなる。……視界の端を時折ひらりと舞うベルの茶髪に触れたくて手を伸ばす。
すると、その手をまた優しく握られた。顔に影が落ちるくらい、視界の全てがベルと繋がっている事実で埋め尽くされている。
「……もう、そんなことはないよ」
優しい声。暖かい体温。ベルの全てが“その答えは嘘では無い”と実感できる距離。
──その全てが無くなったら、僕はもう生きていけない。
「……ならいいんだ」
自分でも驚くくらい、穏やかな声でそう返答をしていた。
死ぬかもしれないのに、そんな恐怖は微塵も感じなかった。
──ベルが死ぬ時は、僕も死ぬ時。
──ベルと共に有るのが僕の運命でありたい。
……まるで当たり前のように、そんな思考が腹の底にあった。
だから、僕は次に気になっていることをベルに聞く。
「共和国では、何をするの?」
「たしかに、その説明もしなくちゃね」
背後で、ふふっ、とお茶目な吐息が聞こえた。
僕は安心感の中で、ベルの説明を聞く。
「アリーロザバラン共和国は4つの国から成り立っているんだけど、まずは中心国のアリアス国に挨拶ね」
「挨拶……って何をするの?」
「国王皇后両陛下との謁見。共和国を巡る許可をまず貰う」
「えっけん、て……、」
雲の上の存在である単語を耳にして、さぁっ、と血の気が引く。
しかしベルはふふっ、と優しく笑う。そして「大丈夫よ」と言葉が紡がれた。
「カジョ、それより見て、もう首都が近いから」
謁見への不安は消え去っていないが、ベルが指を指す、眼下を見下ろす。
「……わぁっ」
そこには、見たこともない活気があった。
大小様々な建築物。カラフルな屋根の家。整備されたタイル張りの街道と、そこを行き交う大勢の人々。……青空とはまた違った、壮大な〝世界〟を感じた。
圧倒されている心の隙間を、村で過ごしていた約20年間の悲しみが、寂寥感となって滑り落ちる。
「共和国は大陸でいちばん栄えているの商業国家なの。だから、たくさんお買い物するからね」
ベルのその言葉に、感謝したいのに悲しさも消えない。
僕の沈黙から理解したのだろう、ベルがそっと僕の耳元で「いいのよ」と話しだした。
「今は、まだ悲しくていいの。これから私と旅をして、楽しい経験で上書きをしていって、そしてね、──“あぁ、そんな事もあったなぁ”──って思えるようになれれば、それでいいの」
気がついたら、涙が零れていた。
〝寂寥〟と〝歓喜〟がぐちゃぐちゃに混ざりあっている。
……でも、ベルがくれた〝歓喜〟が、また確実に僕の心の傷を癒していた。
「……おもいっっっきり買うからね!」
「……っ、うん!」
堪える必要性なんて頭に無かったから、鼻をすすり、そう返事をした。
首都を防護する砦のすぐ外側に降りると、ベルがまた魔術式で自身の袖を濡らし、僕の顔を拭った。
……さすがに3回目となると、恥ずかしかったのは内緒だ。




