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□■□



 ──守りたいって何だろう?

 ──そばに居たいって何だろう?


 そんなことを僕が考えるきっかけになったのは、ベルが実は王女──正確には‘皇女’らしい──と知ったからだ。


 関所で綺麗な礼をしたベル。王族の証として差し出した、黄金の光を放った懐中時計。

 僕の知らない彼女がいて、そんな彼女のそばに僕なんかが居ていいのか、と混乱した。


 けれども、関所を越えた後すぐ、その温かい両手が頬から心に沁み込んだ。

 きつく抱きしめてくれた時のその熱に、僕は酷く安らぎを実感させられて……離れたくない、と思った。


 ──この先に、何があっても離れない。


 ……その決意は、ベルがくれる安寧を手離したくない、僕のただのワガママだ。


 そんなことを内心で思っていると、関所を抜けてからの休憩時間に変化が訪れた。

 太陽光を浴びながら、羽を広げて美しすぎるポージングを決めていたリラが、急に空へ飛び立ったのだ。


「天馬種はね、だいたい魔力が回復すると、空を飛んで羽で作った魔力を全身に一気に巡らせるの。ユニコーンは角からも魔力生成ができるから、ちょっとだけ回復が早いのよ」


 辺鄙な村にベンチなどは無い。だから1枚の替えのマントで、隣に座っているベルがそう説明をしてくれた。


 暫くその様子を見ていると、リラ──本名が‘リラクレクス’なのは驚いた。しかも雄じゃん……──が地面に降り、優雅に歩き出した。


「ねぇベル、リラって、リラクレクスって名前で……雄、なんだよね?」

「そうよ」


 僕の問いに、ベルは涼しい顔をして答える。

 優雅すぎるそのしなやかな歩行は、絶対に雄には感じられない。


 ぱっかぱっかぱっか──……、


 鼻歌を鼻息てふんふん表しながら、リラがリズミカルにぐるぐる歩いている。……と思ったら急に走り出した。


「天馬種はね、ある程度の魔力が身体中に行き渡ると、蹄で練り上げて、増幅させて自分のものにするのよ」


 再びのベルの説明。それを聞いて、きちんとした理屈のもとにあるんだな、と頭では納得する。


 納得する……のだが……。


 ヒヒーン!と雄叫びを上げつつ村を走るリラ。馬らしい、パカラッという擬音ではない、ドドドドドドと村じゅうて土煙を発生させている。数少ない目に見える村人全員が、リラを奇異なものを見るような、残念な視線に変わっていた。


「……耐えて」


 ぽつりとベルが呟いた。


「……うん」


 同じだけの時間を要して、僕も返答した


「……あれが、天馬種なのよ……」

「……うん……」


 そうベルと会話をしながら、リラの奇行を見守ること更に数分。

 かのじ……彼がたてがみから汗を光らせて、こちらに近付いて来た。

 ……その汗も体躯との色同じ、純白の光を放っている。


「終わったようね」


 ベルがそう言うと、ヒヒン、とリラは清々しい顔で鳴いた。

 先程までの奇行が嘘のような、再びの神々しさ。……むしろイイ笑顔に見えて腹立たしさすら覚える。


「ではリラ、アリアス国の中央まで乗せてって」


 ベルは何事も無かったかのようにそう言いつつ、ひらりとその背に跨る。


 リラの奇行にまだ付いていけていない僕は、何をしたら良いのか頭がフリーズしてしまっていた。

 すると、目の前にしなやかな手が差し出された。……何度も僕を温かくしてくれている、ベルの手だ。


 もはや反射でその手を掴んだ。同時に引き上げられて、僕もリラの背に乗った。ベルに包まれる形だ。


 斜め後ろを見上げて、彼女の顔を覗き見る。

 ベルは優しく微笑んでいたが、その瞳の奥には確固たる決意が滲んでいるような気がした。


 “恥ずかしいから、さっさと去るわ”


 僕は小さく頷く。

 すると優しいベルの手が、再びぽん、と僕の頭を撫でた。……なんだかいつもより力が籠っている。


 ──わかる気がするよ、僕も早く去りたい。


 ベルと2人、お互い同じタイミングで視線だけで頷き合う。

 ……なんだか心で会話ができた気がして、嬉しかった。


 空を飛びながら、ベルの旅の目的を聞いた。

 ベルが魔術式で風の流れを変えてくれたため、普段と同じような声量でも会話ができた。


 国の成り立ちの話、慣例、そして魔王復活の予言。色々と聞いたけれども、3行に纏めるならこうだ。


 ──“チェスティーリージュ王国をよろしく!”と言いながら旅をして、ある程度の成果が得られたら国に凱旋する。──


 魔王復活の予言があちこちで成されている今、‘ある程度の成果’の為には最低でも魔大陸の視察が必要。

 そしてベル(いわ)く、魔王復活の予言は本物。だからあちこちで魔物の凶暴化が相次いでいる。


 だから僕は、考える間もなく言葉にしてしまった。


「ベルは……どこかで死ぬ気なの?」


 ベルの胸に背を預け、晴天の空を見上げて、自分で言っておきながら苦しくなる。……視界の端を時折ひらりと舞うベルの茶髪に触れたくて手を伸ばす。

 すると、その手をまた優しく握られた。顔に影が落ちるくらい、視界の全てがベルと繋がっている事実で埋め尽くされている。


「……もう、そんなことはないよ」


 優しい声。暖かい体温。ベルの全てが“その答えは嘘では無い”と実感できる距離。


 ──その全てが無くなったら、僕はもう生きていけない。


「……ならいいんだ」


 自分でも驚くくらい、穏やかな声でそう返答をしていた。

 死ぬかもしれないのに、そんな恐怖は微塵も感じなかった。


 ──ベルが死ぬ時は、僕も死ぬ時。

 ──ベルと共に有るのが僕の運命でありたい。


 ……まるで当たり前のように、そんな思考が腹の底にあった。


 だから、僕は次に気になっていることをベルに聞く。


「共和国では、何をするの?」

「たしかに、その説明もしなくちゃね」


 背後で、ふふっ、とお茶目な吐息が聞こえた。

 僕は安心感の中で、ベルの説明を聞く。


「アリーロザバラン共和国は4つの国から成り立っているんだけど、まずは中心国のアリアス国に挨拶ね」

「挨拶……って何をするの?」

「国王皇后両陛下との謁見。共和国を巡る許可をまず貰う」

「えっけん、て……、」


 雲の上の存在である単語を耳にして、さぁっ、と血の気が引く。


 しかしベルはふふっ、と優しく笑う。そして「大丈夫よ」と言葉が紡がれた。


「カジョ、それより見て、もう首都が近いから」


 謁見への不安は消え去っていないが、ベルが指を指す、眼下を見下ろす。


「……わぁっ」


 そこには、見たこともない活気があった。


 大小様々な建築物。カラフルな屋根の家。整備されたタイル張りの街道と、そこを行き交う大勢の人々。……青空とはまた違った、壮大な〝世界〟を感じた。

 圧倒されている心の隙間を、村で過ごしていた約20年間の悲しみが、寂寥感となって滑り落ちる。


「共和国は大陸でいちばん栄えているの商業国家なの。だから、たくさんお買い物するからね」


 ベルのその言葉に、感謝したいのに悲しさも消えない。

 僕の沈黙から理解したのだろう、ベルがそっと僕の耳元で「いいのよ」と話しだした。


「今は、まだ悲しくていいの。これから私と旅をして、楽しい経験で上書きをしていって、そしてね、──“あぁ、そんな事もあったなぁ”──って思えるようになれれば、それでいいの」


 気がついたら、涙が零れていた。

 〝寂寥〟と〝歓喜〟がぐちゃぐちゃに混ざりあっている。

 ……でも、ベルがくれた〝歓喜〟が、また確実に僕の心の傷を癒していた。


「……おもいっっっきり買うからね!」

「……っ、うん!」


 堪える必要性なんて頭に無かったから、鼻をすすり、そう返事をした。


 首都を防護する砦のすぐ外側に降りると、ベルがまた魔術式で自身の袖を濡らし、僕の顔を拭った。


 ……さすがに3回目となると、恥ずかしかったのは内緒だ。

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