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***

「え、本当に?この樹海を?通ってきたんですか?」


 関所の門番が、私たちとその奥の樹海を交互に見ながら驚いたように言う。天候は曇り。だがつい先程まで雨がザーザーと降っていたために、木の幹は湿っているし枝葉からはまだ水滴が滴っている。


 ここは、アリーロザバラン共和国の中で中枢を担う、アリアス国の関所である。……が、樹海に面したここの関所は、アリアス国の郊外もいい所な、 殆ど人の往来の無い関所だ。

 北から来る人は皆、大河を下っての入国を希望する。そのため、そちらの関所の方が規模の方が断然、大きい。

 樹海側に関所を置いておくのは、どちらかというと立地的な問題に、魔物対策。そして訳ありか頭のおかしな入国者の対応のためだ。


「はい。今代の王国の旅人となりました、チェスティーリージユ王国で第三皇女の席を頂いております、ベアトリーチェ・ディラ・チェスティーリージュと申します」


 旅人の姿だが、背を覆うマントをドレスに見立て、淑女の礼をする。ぽたり、とマントからも雨の雫が滴った。

 関所の門は2つあるが、片方は固く閉ざされていて、ここに立つ門番は彼一人。

 口をあんぐりと開けっ放しの門番に、私は紹介を続ける。


「そしてこちらの獣人の少年は私の旅の供人で、名をカジョと申します」


 そう説明しながら隣を見ると、カジョも口をぽかんと開けていた。


 ──しまった、私が皇女って事と旅の目的を説明していなかったわ……。


 けれども今は関所を通る方が先。私は次にリラの鼻筋を撫でながら言う。


「こっちのユニコーンも仲間です。名はリラクレクス。カジョとリラクレクス──リラの証明になるものは持ち合わせてはいませんが、この時計が私の身分の証明になるでしょう」


 そう言いながら私は、カジョと出会った村で行ったように胸元から懐中時計を取り出す。


「……ちょ、ちょっとまっ、待ってください!俺みたいな下っ端じゃどうにもなんないんで上の者を呼んできます!ちょっと、まっじで分っっっかんねぇから!」


 そう叫びつつドタバタと門の向こうへ走り出す青年の門番。しかし次の瞬間、姿は見えない彼から大声で指示が飛んできた。


「あ!!!勝手に通り抜けたりしないでくださいね!!!すぐ戻るんで!!!」


 ──……それでいいのか門番。


 内心でツッコミを入れつつ待つこと十数秒。……本当にすぐだった。「旅人で王女で樹海が……いいから来てください!」とおそらく上官らしい男性の腕を引きながら再登場。……ちなみにその間、カジョはリラを見てまた口を半開きにしていた。

 本名がかっこよかった事に驚いたのか、はたまた性別を履き違えていたか。言葉を交わしていない今はまだ、その答えは分からない。


 最初の門番の上官らしいその人物は、壮年から初老に差し掛かっている印象の、がっちりとした身体つきの男性だった。何が何だか良く分からない、という疑問符を眉間の皺が物語っている。

 それを見て私は再び、マントをドレスに見立てて礼をした。


「突然の訪問をお許しください。私はチェスティーリージュ王国の旅人の名を拝命いたしました、チェスティーリージュ王国の第三皇女の、ベアトリーチェと申します」


 ゆっくりと姿勢を戻し、上官らしきその人物を見ると、「あい分かった」と一瞬で眉間の皺を解除していた。


「……それではこれを」


 そう言葉にしつつ、懐中時計を手渡す。ベテラン雰囲気のがっちり門番は、まずは自分の力だけで開けようとする。……めちゃくちゃ指に力を入れている。もう指先が白い。


「うむ、確かに開かない。……では貴女の魔力を頂けるだろうか」


 ──凄く、話が早い。


 こんな辺鄙な関所に……と内心驚きながら、彼の指ごと私の手のひらで覆い、魔力を流した。


「……とても温かい魔力だ」


 がっちり門番がそう言うと同時に懐中時計は開き、中を「ほぅ……」と呟きながら確認された後、深く騎士の礼を取られた。


「チェスティーリージュ王国の旅人様、ようこそアリーロザバラン共和国へお越しくださいました。(わたくし)めはここの関所を任されております、バザロフと申します。旅人様におかれましては、まずは中央へご案内させて頂きたい所ですが……、」


 そう言いつつ、ちらりとリラを見るバザロフ。

 ……なんとなく、言わんとしたい事は分かった。


 続きは私が請け負って話す。


「……まずは楽にされてください……私はしがない旅人ですから。そしてリラは、ここを通して頂いた後に30分ほどお時間を頂ければ、暫くは飛べるようになるでしょう」

「……なるほど、かしこまりました」


 姿勢を直立に正しつつ、敬礼をするバザロフ。その様子を見て、隣の青年兵士も慌てて敬礼をした。


「ありがとう」


 そう返答して門番2人の前を通る。

 するとコソコソ声で、青年門番の困惑が聞こえた。


「え、なにがどういう……?」


 それに対してがっちり門番──バザロフは答えた。


「……あのお方は、世界の外からでもその中が分かるようた。その証拠に──……、」


 2人の会話を聞き流して、私たちは砦をくぐり抜けて……──まばゆい程の、太陽の光を浴びた。



***



「リラ、好きに回復してちょうだい」


 そう言うや否や……というより言い切る前に、リラは翼をばさっ!と広げて太陽を仰ぎ見た。

 これは身体の中に魔力を溜める行動で、食事よりも遥かに効率が良い。……なんか植物と似ている、と最初は思ったが、魔物ではないが魔力をもつ生き物──聖獣──は、自然と共存しているために、それに左右されるのは当たり前なのだ。

 つまり、天を翔ける天馬は、天の気候に左右されてしまう。


 この瞬間はとても神々しい。樹海側のこの村はとても辺鄙な場所のため、表に出ている人は少ないのだが……皆が皆ちらちらとリラを見る。


 ──というか、神々しすぎて見ているこっちが恥ずかしいのよね……。


 慣れないなぁ、と思いつつリラとは逆側に立つカジョを見る。


 ──……うん。わかってた。


 カジョは自分の服の裾をぎゅっと握ったまま、深く俯いていた。


「カジョ、」

「王女さま、に、僕なんて……、っ、釣り合わ……、」

「カジョ!」


 呼びかけと同時に呟いたカジョの言葉を、もう一度名前を呼ぶことで否定する。

 カジョはびくっ、と身体を緊張させてこちらを見る。

 私はあえてゆっくり屈み、その頬を両手で包む。……ひんやりと凍えているそこに、私の熱が沁みるように願いを込めて。


「確かに私は王族だけど、もうあなたは私の支えなの。……だから、私が皇女って知っても、変わらないでそばにいて欲しいの」


 その言葉は、紛れもない切実な願いだ。

 最初は同情心だけだった。でも。だから。逆接と、順接。どちらが先かは分からないけれども、カジョの笑顔を見る度に、私の心の中の何かも溶けていく様な感覚がある。


 私はしっかりと瞳を覗きながら、カジョに問いかける。


「……でもやっぱり、カジョは……私のこと、きらいになった?」

「そんなことない!」


 返ってきた言葉は、大声での即答。カジョは「でも……っ、」と首をぶんぶん振って叫ぶ。


「──僕みたいなのが王女さまのそばにいたら評価が悪くなる!……っ、僕みたいな〝化け物〟が……っ、」


 嗚咽まじりに、言葉を叫ぶカジョ。堪らず私は力強く抱きしめた。


「……“王女さま”じゃなくて今まで通りに呼んで。そして、“化け物”なんて自分を卑下しないで。……忘れたちゃったの?」


 少年の涙を抑え込むように、耳元で囁く。


「……私も、仲間よ」


 カジョがまた、嗚咽を零しだす。


「ごめ、なさ……っ、けどでも!……素敵で……っ、すきで、……おうじょさまって……、っ、」


 私はその背をトントンとしながら、優しく言葉を紡ぐ。


「泣きなさい。泣いて泣いて、そのぐちゃぐちゃが収まったら、いつもみたいに“ベル”って呼んで。なにがカジョを不安にさせているのかは分からないけれど、旅の供人として、私が、あなたを選んだの。……一蓮托生、この言葉、分かる?」


 こくこくとカジョが頷く。その角が私の胸元にぐりぐり刺さって、赤い髪がぐしゃぐしゃに揺れる。


「カジョ、──」


 隔離村にいた獣人の少年が落ち着いた頃、私は再びその名を呼んだ。


「──……私を、呼んで」


 カジョは、私の胸元に顔を埋めたまま、小さな声で「……ベル」と応えた。


「聞こえないよ?」


 小声なのが悔しくて、怒りコーティングで誤魔化して微笑む。

 再びその頬に手を添えて瞳を覗き込むと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔と対面した。


「ベル!ベルベルベルベルベル!」


 これでもかと、カジョは私の名を叫んだ。……叫んでくれた。もう顔が真っ赤っかだ。


「うん、ありがとう……合格!」


 私の心の中の嬉しさを表現するように、感謝の後の及第の言葉を、私も大声で叫ぶ。

 そしてわしゃわしゃと頭を撫でて、「契約成立!」と更に畳み掛けた。


 カジョが「何が!?」と叫びの延長の大声で聞き返す。

 それを私は、自分の袖の裾を魔術で濡らし、少年の涙と鼻水を拭いながら、静かに返答した。


「私の旅から、逃げ出さないこと。この先に、何があっても」


 するとカジョは力強い瞳で、返答をくれた。


「わかった。──この先に、何があっても」

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