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カジョからこっそり邪気を貰っていた事実を伝えた。
少年は私を見あげたまま目を見開き、次の瞬間には泣きそうに顔を歪め、俯いた。
──まぁ、無理もない。だって、利用していたんだもの。
肩を震わせ出したカジョの心を、救う言葉は持ち合わせていない。
だから私は意味もなく、知っておいた方が良いような事実を、淡々と語る。
「……そして〝世界〟には〝意思〟があって、邪気を少しでも減らそうと動いているの。魔術式は、“これからこういう魔法を使いますよ”っていう事前説明。火の魔術を使うなら、たとえば空気を乾燥させるとか、火が発生しやすい状態に環境を弄ってくれる」
カジョからぐずっ、と鼻をすする音が聞こえる。……頭を撫でて、安心させてあげたい衝動に駆られる。
しかしぐっと堪え、私はリラの手綱を握る手とは反対の手で、その鼻先を撫でた。
「魔法陣は、〝世界の意思〟が使っていいって教えてくれたもの。速射はできるけど、魔力に対しての威力はすこし低い」
──あと、この場を繋げられる知識は何だろう。
……居心地の悪さを感じながら、私はただただ口を開き続ける。
「そして、〝世界の意思〟ってたくさん言ったけど、実は弱くて、結果はバラバラで、辻褄が合わない事の方が多いから、やっぱり邪気は増え続けてしまうのが、私たちの世界なのよね」
──言える知識が、無くなってしまった。
はた、と足を止める。リラは分かっていたように、ため息のような吐息で鳴いた。
「ごめんなさ──」
「──ベル、ありがとう」
私の謝罪の言葉を遮って降ってきた言葉に、唖然とする。
「な、んで……?私はカジョを、利用、したんだよ?」
「うん。最初は村のやつらと同じなのか、って悲しく思ったけど……なんか違うなって思った」
カジョはそう言って、ぎこちなく笑った。そして決意を込めた眉と瞳で、私を見あげて続けた。
「村のやつらは、僕を〝怒りの発散場所〟として必要だったけれど、ベルは、色々な痛みから自分を守るために、僕が必要なんでしょ?」
「……うん」
「邪気じゃない痛みも苦しいのは、ベルに教えても貰ったから、今なら分かる。むしろベルは、そんな僕を労わってくれて、優しくしてくれて……むしろだから言えなかったんじゃないかな、って思った」
「……うん」
カジョの考察がその通りすぎて、言葉が出ない。
情けなさすぎて、爪が食い込むくらいに拳を握ると、そっとカジョの手が添えられた。
はっとしてまたその瞳を見ると、今度は温かさと、少しの涙が滲んでいた。
「ベルが、そんなに痛かったんだ、って思ったら思わず泣いちゃったけど……僕がいて、ベルが安心するなら、それは本望だよ」
「……っ」
情けなくて、悔しくて、でも嬉しくて、ぐちゃぐちゃな感情が込み上げてきて嗚咽になる。
「ベル、しゃがんで」
頭が上手く働かなくて、言われるままにカジョに向き合ってしゃがむ。
すると、カジョが優しく抱きついてきた。……いや、抱きしめてくれた、の方が適切だろう。
「ねぇベル、……僕を選んでくれて、ありがとう」
視界のほとんどがカジョの鎖骨で埋まっている。そしてその首にかかるように、赤い髪がさらりと揺れた。……出会った頃より、少し明るくなった髪。別に報われたい、とかは思っていなかった。けれども、まるで私の献身が報われたような、そんな気がして、涙が溢れて止まらなくなった。
「……っ、うぇ、っ」
カジョは何も言わず、ぎゅっと腕に力を込める。……そして、小さく呟いた。
「……はやく大人になるから、待ってて」
***
ひとしきり泣いたあと、また獣人のカジョと、ユニコーンのリラと密林を進み出した。
カジョにどういうタイミングで邪気を集めていたのか、と聞かれたため、正直に答えることにした。
「泉で邪気を手放すあれ、何回かやっているでしょう?」
「うん」
「あれ全部、実はこっそり私の魔力で包んで回収していて、あとは……──」
そのままの流れで言おうとして、咄嗟に口を閉じる。……内容がやや変態チックなのだ。
「……あとは?」
しかしカジョにそう続きを促され、やましい事をしていた身としては、話さないのは罪悪感が許さなかった。
「魔術式での清拭の時とか、着替えで交換した衣服から、とか……その、汗とかにも含まれるから」
引かれてないかな、と思いながらそう言い終わるや否やカジョをちらりと盗み見る。……しかし予想とは裏腹に、何か考え込んでいた。
「……足りるの?」
ずばっと、核心を抉る質問だった。
「……あとは夜中に頭を撫でながら少しずつ頂いていたけれど……、」
そう言いつつ、大蛇との一戦を思い出す。
そこでストックしていた殆どを使い切ってしまっていて、共和国に着く頃には全て無くなる見込みだ。
カジョは言う。
「あれから1回も魔物と遭遇しないのは、ベルが何らかの魔法を使っているからでしょ?……そしてそれを1日以上、ずっと。それは、10を100や1000にも変えられる、邪気を使用しているからなんじゃないの?」
またしても、正解。
「ねぇ、僕も、少しなら戦えるよ」
カジョがそう言ってくれる。けれども私は嬉しさ半分を滲ませて、穏やかに微笑み、首を振った。
そして、邪気特有の痛みを押し殺しながら言う。
「もうすぐ共和国だから、大丈夫よ」
カジョは、むーと口を尖らせた。腹を割って話し合った事で、より少年は表情豊かになった。
「じゃあ……共和国についたら今度は僕がお世話するから、──必要なだけ、邪気、取って」
カジョは口を尖らせつつ、でも悲しそうに、私を見上げる。
「……ごめんなさい──ありがとう」
私はそう答えながら膝をつき、全身でカジョを包み込む。
そして、夜中に頭を撫でながら貰っている時と同じ、カジョが痛みを感じない方法を取る。
「……身構えなくていいよ、痛くしない方法があるから」
そう言葉を掛けながら、やや固くなっている小さな身体に私の魔力を流す。そしてカジョの体内の邪気を包み込み、私の魔力と入れ替える形で頂戴する。
邪気が身体の中を移動する時に、痛みが発生する。けれども、私の魔力で包んでしまえば、カジョの身体の中を動くのは私の魔力となり、痛みは発生しない。
「……あったかい」
カジョが、ぽつりとそう呟いた。共和国までは充分に持つ邪気が溜まった。ゆっくりと私の魔力の流れを止めていくと、カジョが私の服をぎゅっと掴んだ。
「……ありがとう──ごめんなさい」
そう言って身体を離す。カジョは寂しそうな表情で、うん、と呟いた。
……これには、乱用できない理由がある。
私が立ち上がる時に、ぴしり、と全身に痛みが走った。
「……ベル、痛い?」
眉を顰めたのは一瞬の筈なのに、カジョはそれを見逃さなかったのだろう、すかさずそう労る発言をした。
「……大丈夫よ。ありがとう」
カジョがあまりにも悲しそうな顔をするから、慣れているから、とは言えなかった。
それを察してか、リラもぶるん、と沈んだ息を吐く。
「……行きましょう」
リラは私を背に乗せたいようで、チラチラとこちらに視線を送っている。……が、今のリラにカジョまで乗せる体力は無い。
無視して歩き出すと、リラは諦めたようにまたぶるん、と鳴いた。
歩き出して少しして、カジョが話題を振ってきた。
「……ベルのその知識量、もしかして僕と同じ、長寿の何かがあるの?」
「いえ、ないわ。私はれっきとした13歳よ」
「え」
「……何に、そんなに驚いているの?」
私の返答に目をまん丸くして、足まで止めたカジョを見やる。
「……いや、大人びているから、その、びっくりしすぎて、」
……だろうな、とは思った。
「そういうカジョは、何歳?」
私だけ話したのは何だか悔しい気がして、同じような問いを返す。
すると少年は途端に難しそうな顔になって、うーん、と唸りながら答えた。
「母さんが亡くなった時に、“まだ13の貴方を置いて逝くなんてごめんなさい”って言ってて……それから冬を6?7回くらい超えたから……たぶん20歳くらいかな」
「え」
今度は私が驚く番だった。……確かに、少年体型にしては語彙力は豊富だし、感受性も話し方も大人だなとは思っていた。
──それにしても!
カジョの身体の成長が実年齢に追いついてしまうと、完全に私の方が小さくなってしまう。
──それは何だか、屈辱かもしれない……。
勝手にそんな未来を想像して、ずーんと落ち込む。
しかし、そんな私の心情を知ってか知らずか、カジョが言葉を紡ぐ。
「ベル、大丈夫だよ。もっとベルを守れるよう、早く大きくなれるように頑張るから」
──あぁ、うん。私の落ち込んだ様子をそう捉えたか。
私はカジョの角を避けてその頭を撫で、「ほどほどにね」と苦笑をした。
……そしてそうこうしている内に私たちは──共和国の関所に到着した。




