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***

 それは、共和国まであと少しといった、樹海に入って7日目の今日に起こった。


 連日の歩行と、野営。……体力もそうだが、精神的な疲労もそろそろ限界に近い。


 樹海は、ただの歩きやすかった湿地帯では無くなった。

 常に水場が存在し、それが河川のように連なっている。そしてその水場から低木──いわゆる〝マングローブ〟──と呼ばれる樹木が繁茂(はんも)する、非常に足場の悪い地帯に移り変っていた。


 沈む、崩れる、穴が空く……といった地面の事情に加えて、濁った水の底やマングローブの根の隙間など、奇襲を計ろうとする魔物の存在。


 樹海に入って中頃までは、カジョが魔物の居る大雑把な方向に足止め等の魔術を放ち、私が魔物の弱点をピンポイントで突く、というのが定石だった。

 ……が、ここに来て逆転した。


 足場事情と魔物の奇襲に備え、広範囲に360度の索敵魔術を、常に私が発動している状態になったためだ。

 常に削られ続ける魔力を考慮しながらの、同時作業は厳しい。……索敵と攻撃の両方に高精度の魔術は、今の私には不可能だった。


 私が取りこぼすから、カジョがとどめを刺しに行く。……カジョはまだ、精緻な魔術が得意ではないため、魔力量でゴリ押しをする。リラも今まで以上に参戦せざるを得なくなり、走り回って魔物を撹乱(かくらん)したり、空からフェイントの奇襲を掛けたりしている。


 ”……ベル、索敵の魔術は怪しいところだけにしよう。僕も警戒するから“


 リラが申し訳なさそうな顔をして、カジョにそう言わせてしまったのが、さっきのお昼ご飯時の話。

 魔力の回復が追いついていないリラは、もはや今はただの馬だ。

 カジョのその言葉を後押しするように、リラが小さくぶるん、と鳴いたのが、とてもやるせなかった。


 ……だからだと思う。焦っていた。


 それは見慣れた、濁った川だった。向こう岸へ渡りたい私たちと、ごろごろ水面から顔を出している岩石。

 索敵魔術は、ひどく浅い、岩石と水面から十数センチで終わらせてしまった。


 ぶれなくて頑丈な足場を確認するために、私が先に1人で渡り出す。


 ……それは足の置きやすい、平らな石だった。


 踏み抜いた瞬間に、私は()()()水中に落ちた。──途端に、渦潮が発生した。川底の土ごともみくちゃになりながら、落とし穴みたいに空いた真っ暗な空間に引きずり込まれて行く。水面の僅かな明かりはもうずっと頭上だった。


 ──罠だ。


 そう気が付くと同時に暗闇を見ると、見たこともない巨大な蛇が牙を剥き出しにして大口を開け、こちらに迫っていた。


 ──走馬灯、ってこういうことを言うのね……。


 そんな感想を抱きつつ、生まれてから旅人になるまでを思い出す。録な人生ではなかった。兄弟たちに虐められ続け、私も私で、諦めて反撃すらしなかった。

 ちなみにその時に出会ったユニコーンのリラは、お互いの要望が合致しただけのドライな関係だ。リラか私の要望のどちらかが達成された時、もしくは、どちらかが死亡した時に関係は解消される。


 ──……でも、


 次に思い返すのは、カジョと出会ってから今までだ。

 少しずつ心を開いてくれるようになって、テントで起きた時に私が居ないと、きょろきょろしながら出てくる不安そうな表情。けれどもそこで私を見つけた瞬間の──綻んだ顔。

 旅人になった時は、あわよくば死んでもいい、なんて思っていた。

 ……けれども今は、


 ──死にたく、ない。


 だから私は、自信の秘密を1つ、曝け出す事にした。


 大蛇が私を飲み込む直前、全身に炎の魔法陣を展開。そしてその牙がやや肩に食い込むと同時に──発動させた。



□■□



 その魔力の感覚は、カジョにとって馴染み深いものだった。


 ……どおぉぉぉおおおおおおおおおん!!!


 ベルが落ちて渦巻きに吸い込まれて直ぐに、大爆発が起こった。

 とてつもない風圧に、熱気と水蒸気。

 思わず僕は後方に吹き飛ばされ、尻もちをついた。


 そして、──


 ──なんで、邪気が……?


 辺りに広がったベルの魔力が肌に触れると、僕の中にすぅと入ってくるのだ。

 痛みとかそれどころじゃない。ただただ、混乱。


 そうしている間にも、ベルは水底の魔物と応戦を始めた。ベルが腰に着けていた剣は、2本のダガーに変形していた。

 ベルを飲み込もうとするその頭を踏み台に跳躍、そして重力のまま落ちつつ乱切りをする。が、次の瞬間には尻尾や胴体の攻撃も同様に目まぐるしくなり、ベルはそれぞれに受けて、いなして、と対応をしながら、足場にできそうなタイミングで空を舞ってただひたすらに切りつけていた。


 もうベルは、傷だらけだ。大蛇もそうだが、心の拠り所であるベルの肌から吹き出る血の方が、気が気でない。


 ──僕は、何をしたらいい?


 何をしたら助けられるのか。……そんなイメージなんて、全く浮かばなかった。


 ……すると、僕と同じく吹き飛ばされていたリラが、急にベルの元へ羽ばたきだした。


 はっとしてその先を追う。空中にいるベルに、頭と胴体の2つの攻撃が迫っていた。

 ベルは頭を蹴って上空に逃げるも、更にその頭上から叩き落とそうとする蛇の尻尾。


 ……空中にいるベルは、無防備だ。


 リラはそれを分かっていたのだろう、一直線にベルの元へ飛翔しその身体をすくい上げ、蛇の尻尾を避けて急上昇した。

 そして緩やかに旋回。ベルは傷だらけのまま、リラの背で体制を立て直した。


 獣人の血も濃い僕は、耳も良い。だから、ベルがリラに語りかけた内容が聞こえた。


「リラ、ありがとう、助かったわ。……もう大丈夫、あなたも限界でしょうから、戻って」


 そう言い終わるや否や、ベルは再び炎の魔法を大量に展開し、リラから飛び降りた。


 どどどどどどどどどどど──!!!


 炎の槍がもの凄い勢いで大蛇に着弾する。水中の体躯を貫いた際には、先程と同様に川の水も蒸発させた。

 そして、ベルの両手にあった2本のダガーは、見た事のない1本の剣になっていた。等身は片刃で細く、反りが強くて、長い。


 リラは戦場から離れ、川の中のまだ水が残っている部分にばしゃんと落ちた。

 ベルは向こう岸が見えないほど濃い水蒸気の中に、武器を構えながら飛び込んだ。

 僕は熱気で痛む目を閉じまいと見開き、大蛇の周りを旋回するベルの影を追う。


 ザンッザンッザンッ──と複数の斬撃の音。


 その度に発生する衝撃波にも邪気は含まれていて、熱風が皮膚に触れる度に、すぅすぅと身体の中に染み込んだ。


 大蛇の影が、これでもかと激しくうねる。それと同時に、ベルの影が持つ武器が大きな炎を纏って──振り下ろされた。


 ジュッ、と肉焼ける音と、大蛇の断末魔。……暫しの静寂の後に、ゴトンと首が落ちる音に続いて、ざぁー、と川の水が戻ってくる音が響いた。


 ベルは川の中にぱしゃん、と膝から落ち、身体中で息をしていた。


 ──せめて、側に……、


 そう思い立ち上がろうとするも、腰が抜けているのか足に上手く力が入らない。

 そうこうしているうちに、リラがじゃぶじゃぶと川を縦断してベルに近寄り、足を追ってしゃがんだ。


「……リラ、ありがとう」


 ベルがそう呟くのが、耳に届いた。そしてその背に胸を預けるように寄りかかり、リラはベルが背にそべったのを確認すると、ゆっくりとした足取りでこちらにやってきた。


「……ごめんね、カジョ、びっくりしたでしょう」


 リラに背負われながら、ベルが弱々しく言葉を紡ぐ。……僕はなにも言えずに、ただ首を横にぶんぶんと振った。


「リラ、カジョの隣に下ろして」


 ベルがそう言うと、リラはふるん、と吐息で返事をして、その場に伏せた。そして背を優しく揺すり、リラのお腹に寄りかかる形で降りようとするベルを、手伝うような動作を見せた。


「カジョ……申し訳ないけど、少し寝させて。……私が何なのかは、後ででちゃんと説明するから……」

 

 何かに耐えるように、顔を歪めながらベルが言う。

 そしてそれは──きっと邪気だ。

 ……邪気の痛さは、僕が1番、分かっている。


 ──なのに、どうしたら取り除けるのかが、分からない。

 ──ベルは、僕に教えてくれているのに。


 ただただ、悔しい。

 ベルの顔を見られなくて、俯く。

 それを知ってか知らずか──おそらくそんな余裕は無いのだろう──ベルは最後の体力を振り絞るように、リラに言葉を投げた。


「私の残りの魔力をあげる、から……今から、パスで刻む魔法陣を発動させて……」


 ベルが言い終わるや否や、リラの1本角が優しく光る。そして角の先から魔法陣が球体に展開され、それを見届けるとベルは優しく微笑みながら「ありがとう」と呟き、眠りについた。


 結界の魔法陣。……僕じゃまだ仕組みの全く分からない、高度な代物だ。


 ベルは、リラのお腹に背を預けて、すぅすぅと規則正しい寝息を立てている。そしてリラはそれを守るようにベルの方へ顔を向け、その顎を前足に乗せた。


 悔しい。やるせない。……胸の中を渦巻くのは、役に立てなかった自分への怒りだ。


 ──強くなりたい、強くなりたい、強くなりたい。

 ──僕だって、ベルを守れるようになりたい……!


 そう思うほど、ただただ悔しかった。


 結界は高度だから意味は無いけれど、僕は辺りを警戒しながら、ベルの風上に座り直す。


 そして、せめて少しでも多く休めるように、と願いを込めて、彼女の長い茶髪が顔にかかる度に、ゆっくりと耳元へかけ直した。

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