30 なぜか流れ出た涙
家に戻ってくると、母親は泣いていた。
玄関の扉を開けた瞬間、空気が重たく感じた。
地べたに座り込んで、玄関で崩れ落ちたかのように泣いていた。
哀しいのか、嬉しいのか、寂しいのか自分の感情が分からない。
エラーが表示されたかのように、この現状が理解できず、茫然としてしまう。
頭が真っ白になって、言葉が出てこない。
「ごめんね」
顔がぐちゃぐちゃになっている母が、僕の足に縋る。
その言葉を繰り返して、僕の足に縋りつく。
なぜか、僕の目から涙が出てきてしまった。
涙の意味を探しても、答えは見つからない。
寂しいのか、嬉しいのか悲しいのかどんな感情で涙が出てきているのか捉えられない。
だけど、それでも涙が服の上を伝っていく。
俺は傍観者で、足に縋る母親と泣く自分を眺めている。
なんで、泣いてるんだろ。
頭だけは冷静で、心がついてきていない、変な感覚。
気がつくと、僕は泣き疲れて座り込んでいた。
母も、泣き疲れて足元にうずくまっていた。
静寂が部屋を包み込み、赤く重く晴れた瞼を閉じた。
母のぬくもりにいつになく安心した。
次の日、目を開けると布団の中にいて、枕の隣に手紙が置いてあった。
「学校に行くこと、強制させてごめんね。もう、学校行けって言わないって誓うから。悠夜の好きなように生きてね 母より」
封筒から取り出した便箋にはこう書かれていて、温かかった。
母らしい丸っぽい字と文字に挟まれた小さな句読点が懐かしみを与えた。
俺は昨日、嬉しかったのかもしれない。
初めての嬉し涙かもしれない涙に、心がそっと温かくなった。
「ありがとう」
聞こえないだろうけれど、声に出してみる。
与えられた言葉と自分の感情が折り重なって、胸の奥に暖かな光が灯った。
ユズとのチャットを開いて、感謝の気持ちを綴った。
ゆ「昨日はありがとう。母も、俺が不登校でいることを受け入れてくれて、学校に行けって言わなくなったし、俺のやりたいことを尊重するって言ってくれた」
ゆ「勉強はやれって言われるけどねw」
ユ「そっか。よかったね」
ゆ「他人事?w」
遠めから見たような他人事の返しに過去のチャット思い出して、送った。
ユ「そうだねえ。他人事だよw」
冗談に応じてくれて、少し気持ちが楽になり、軽く微笑んだ。
ユ「冗談。ちゃんとよかったって思ってるよ」
ゆ「うん。本当にありがとう」
ユ「訓練っていうか、自分を母親と戦えるくらいに強くするためにやったのもあるから」
真剣な言葉に、画面を見妻ながら静かに頷く。
恐怖が乗っかって、鼓動がほんの少し速くなった気がした。
ゆ「そっか」
ゆ「協力できることがあったら、何でも協力するよ」
その言葉に、ユズは少しだけ間をおいてから返事をくれた。
ユ「ありがとう」
胸がじんわりと温かくなり、心が通じ合っている気がした。
部屋の静けさも相まって、心は少しずつ軽くなっていった。
 




