29 素直な自分のままでいい
真っ黒に染まった夜空を蝋燭の光が照らした。
夜空の深さに吸い込まれそうな感覚が広がる。
夜の空気は冷たく澄んでいて、心が落ち着く。
蝋燭を挟んで2人、漆黒の静けさの中、向かい合う。
「静かで落ち着く」
小さく呟いたその言葉に驚いた。
ユズは、ショッピングセンターの中でも堂々と動いていて、苦しかったり、恥ずかしかったりしないのと、思ったから。
「ユズもそんなこと思うんだ」
「思うよ。ゆうやから見たら堂々としてると思うのかもしれないけどね、結構怖いんだよ」
その告白に、心が少し近づいた気がした。
小さく息をするように、笑った彼女の顔にドキッと心拍が奪われる。
その瞬間、火花が瞬いた。
小さな炎が花火に灯るたびに、弾ける火花が闇を裂いて一瞬の光の舞を描く。
息をするように揺れて、赤い線香を放ちながら、夜の静寂を際立たせる。
「バイバイだね。またね」
手を振って、立ち去ろうとする彼女を前に、止めた。
その循環、全ての苦しさを、寂しさを伝えたくなる衝動が走る。
「まだ時間大丈夫だったら、家まで来てほしい」
こんな時でさえ保険をかけてしまう自分に嫌気がさす。
「親にバレて、大丈夫なの?」
「メモ残してきたから、知ってるし、言うだけじゃ信用されなさそうだから」
「いいよ」
いたずらっぽい顔で笑って、「その代わり、優等生らしい顔はしないよ」と。
後ろで楽しそうな顔をしながら覗くユズに緊張しながら、家の鍵を回した。
「ただいま」
静かな家の中に、自分の声だけが響く。
「ゆうや。どこ行ってたの。ゲームで知り合った人と会うなんて危険なこと、しちゃ駄目よ」
母の顔に現実が戻ってきた。
久しぶりに見た母さんは、縋るように泣きそうな顔をしていた。
「こんばんは」
飄々と、何も感じていないようにユズが顔を出す。
「ちょっと、勝手に入って来ないで下さい。不法侵入ですよ」
眉を八の字に曲げて、追い出そうとする母に微笑んで、
「北川西中3年2組、生徒会長。白川柚葵です。よろしくお願いします」とお辞儀をした。
その自己紹介に、場の空気が変わり、さっきまで怒り顔だった母は酷く驚いていた。
「ちょっと待って。どういうこと?」
「さっきの話の通りです。ゲームで同じ中学の生徒と会ったというだけです」
母にリビングに上がることを促されて、ユズと俺はそれについて行った。
「知らずにたまたま?」
「そうです。驚きました」
2人の中で交わされていく会話にひやひやしながら、耳を傾けた。
ユズは、優等生らしく振る舞わないと言っていた割には、丁寧に説明している、と思っていたらいつの間にか母の顔はにこやかに、担任の先生が家に来た時にお菓子を振る舞う顔になっていた。
その変化に、驚きと安堵が混じり入る。
「白川さん。どうにかして、ゆうやを学校に連れて行ってくれないかしら。力づくでも無理やりでもいいから」
いつものように、学校に行けという母さんが笑い掛けると、「嫌です」と鋭く断ち切った。
「行きたくないなら、行かなくていいと思います。強制するほど、学校に行くことに価値はないし、もうすでに2年近く休んでるんだったら、今頃行ったところで高校進学の有利かどうかは変わんないですよ」
その意見に心が揺れる。
鋭く睨んだ顔で、へらへらとしていた母さんを諭した。
「そりゃ、変わんないかもしれないけれど、そんな見捨てるようなこと言わなくたっていいじゃない。こっちだって、真剣にゆうやが学校行った方がためになるからって頑張ってるのよ」
母の声にまた怒りが滲んだ。
「見捨ててなんかいません。強制してまで学校に、行く価値がないって言っただけです。行かせるための努力をしているのは分かりますが、行きたくないのに行かされるのは辛いです」
気持ちがスッとして、なんだかすっきりした。
俺じゃ言えない、言ったところで逃げだと言われることを正当らしくやってのけた。
その姿に、憧れと感謝が混じり入る。
「送ってやりなさい」
そう言われて、俺たち2人は家から追い出された。
母は学校に行くことは義務だと考えていたから、唐突に行く価値がないと言われて、自分1人で考える時間がとりたかったのだろう。
「優等生ぶらないって言っていた割りには、丁寧に説明してたね」
「別に丁寧には接するよ。嫌われたいわけじゃないし。ただ、考えは自分の気持ちを伝えるってこと」
そう笑う彼女の微笑みに俺は涙してしまった。
今までの苦しさや寂しさが蘇って、彼女の目の前でまた涙を流してしまった。
「大丈夫。あの親なら、ちゃんとゆうやのことを考えてくれるよ」
達観したような微笑みだった。
「じゃあ、頑張ってね」
「ありがとう」
去り際の彼女に感謝を伝えて、別れた。
 




