17 不思議な夜の訪れ
塾のカバンを持って家を出た。
風にあおられながら、自転車を漕いで、駅に到着。
空がうっすらと暗くなり、嫌悪感が積もる。
ホームでは、自販機の赤い炎がほのかに揺れていて、電車がゆっくりとホームに滑り込んでいく。
緑のラインが書かれた車体が目の前に止まり、ドアが音もなく開く。
軽く足を踏み入れて、ドアの近くの座席に座り、スマホを取り出した。
ゲームのアプリをタップして、ゆうやのチャットを開いた。
ユ「今電車で塾に移動中」
ゆ「遠いとこにあるの?」
ユ「そこまでじゃないよ 二駅先」
ゆ「そっか 4時間も塾大変だね」
ユ「授業3時間で自習も少しするからね」
ゆ「体調崩したりしない?」
ユ「家も居心地悪いし、小学のときより少ないから大丈夫だよ」
ゆ「そっか なら、いいけど」
一瞬の間が開いて、言葉が綴られた。
画面を見つめる間、少しだけ不安が胸をよぎる。
ゆ「ユズはさ、俺が不審者だったらって、恐怖心はないの?」
恐怖心か。
そういう悪だと決まっている物に対しての怖いっていう感情は、あまり湧かない。
ユ「有り得なくはないけど、わざわざ、なりすますんだったら、不登校になりすましたりしないでしょ」
ゆ「確かに」
ユ「それにさ、もし不審者だったらそれはそれでいいかなって」
何かされてもそういう運命だったんだろうなって、抵抗するほどの希望もないし。
ユ「別に死にたくないって強く思うほど、未来に希望はないし、運命に抗ってまで生きるほどの活力はないから」
ゆ「そっか」
ゆ「おれもまあ、ユズが不審者とは思わないけど、それならそれでいいかなって思う」
ゆ「生きがいとかもないし、死ぬなら死ぬでもいいかなって」
ユ「実際、そんなもんだよね」
ゆ「うん 実際に死にたくないなんて強く思ってる人、そういないよね」
ユ「そうだね 余命ものの映画とか見たら泣いたりするのに、どうしてなんだろうね」
風が私に柔らかく息を吹きかけた。
ユ「駅に近づいたから落ちるね」
ゆ「うん また」
パソコンでゲームをやっているということを思いだして、打ち込む。
ユ「スマホ、持ってきてね」
ゆ「分かった」
電車が止まり、次々と降りていく。
降りていく人々を見つめながら、どこか自分が解けていくような感覚を覚えた。
駅のホームに足を踏み入れると、夜の空気がひんやりと包み込む。
月明かりがわずかに線路を照らし、電車のヘッドライトが遠くから暗闇を切り裂く。
乗り込んだ車内は、行きよりも静かで疲れた表情をした乗客が座っていた。
最寄り駅に到着すると、プラットフォームの静寂が耳に染みた。
改札を抜けて、待ち合わせ場所の公園に向かう。
「ちゃんと、来てるかな」
人がたくさんいるのは怖いって言ってたし、怖気づいてないといいけど。
街灯の数が減り、夜の静けさが一段と深くなる。
「温かい」
気温的には寒いくらい。
だけど、夜は心がほっこりして、温かい。
公園に足を踏み入れると、ベンチ付近に立つ彼の姿が見えた。
「やっほ」
後ろから勢いよく声をかけた。
「ビビった」
肩を震わせて、驚くゆうやに小さく笑いが漏れる。
「ビビりさんだね」
この夜の静けさと冷たさが私の心を温めてくれる、そんな不思議な感覚。
 




