16 妹も私と同じだ
雲に乗ったような軽さ。
身体がふわりと宙に浮かんだような感覚。
景色はぼんやりと夢の中のように歪み、風がそっと頬を撫でる。
「楽しみ、だな」
目の前の笑いながら、話している集団を見て、淡く感じた。
「ただいま」
家の扉を開けて、小さく呟く。
「あ、お姉ちゃん。この問題教えてよ」
妹が飛び跳ねるように、教科書を差し出す。
「うん いいよ」
妹だけが受かったというだけで、妹は悪くないんだ。
だから、妹に当たっちゃいけない。
「この問題」
連立方程式の問題。
ある学校では、音楽クラブとスポーツクラブがあり、どちらかに所属する生徒が合計で80人います。そのうち、音楽クラブの人数はスポーツクラブの3倍より4人少なく、音楽クラブとスポーツ裏部の両方に所属している生徒が5人います。音楽クラブだけに所属する生徒の人数を求めてください。
こんな問題も解けないんだ。
なのに、どうして私が負けたの。
妹は悪くない。
それは分かってる。
だけど、どうしても認められない。
怒りが胸の淵から湧いてきてしまう。
「出てくる情報を線で引いて」
自分の声に後悔と苛立ちが混じる。
どうしても、冷たい声になってしまう。
「引いたよ」
冷たい声で言ったのに、正反対の明るい声が返ってきて、恨みたく泣きたくなってしまう。
「この文からわかる需要なところは、音楽クラブの生徒はスポーツクラブの3倍より4人少ないっていうところと両クラブの合計が80人っていうところ。そこから、連立方程式立てられる?」
「えと、x+y-5=80ってところは分かるよ。だけど、もう一つの立て方が分からない」
問題用紙を指さしながらペンを進ませる。
でも、ただ、その姿に少し懐かしい気持ちになった。
どこか不器用なその手つきに、かつての自分を思い出す。
胸の奥に懐かしさと切なさが残る。
「ねえ、莉桜って勉強好き?」
莉桜は妹の名前。
私は夏生まれ、妹は春生まれだから、この名前。
「教科によっては好きだよ 数学は嫌い」
「そっか」
「あのさ、お姉ちゃん私のこと嫌いでしょ?」
その言葉に胸が詰まる。
確かに、嫌いだ。
妹よりも自分の方が優れているはずなのに、妹の方が賢いことになってるから。
その想いが、心の奥底で苦しみとなって、生まれる。
「うん 嫌い だけど、莉桜が悪いわけじゃないってのは理解してる」
「それでも、私はお姉ちゃんのこと尊敬してるし、好きだよ」
莉桜は優しいんだ。
私なんかと違って、邪な気持ちを持っていない。
「そっか。ありがと」
心が少し温かくなった。
「もう1つの式は、音楽クラブをxとして、重なってる5を引いた数=スポーツクラブから重なりの5を引いて、それに3倍。そこから4人少ないの4を引く式になるよ」
莉桜は指差しをしながら、ノートにその数字を書き込んでいく。
「x-5=3(y-5)-4?」
「そう。合ってるよ」
「なるほど。ありがと」
かっこを外して、連立方程式を解いていく。
「これで合ってる?」
解答用紙を指さして、心配そうに尋ねる。
「うん。合ってるよ」
そう笑い掛けた瞬間、扉の方からガチャガチャという鍵の音が聞こえた。
「莉桜。何やってるの? お姉ちゃんなんかに教えてもらわなくていいのよ わからないなら、私が教えるから」
まなじりを吊り上げた険相の顔つきで私を睨みつける。
どの言葉に胸が締め付けられる。
「分かったよ」
乱暴に立ち上がって、階段を上がっていく。
妹は唖然としていて、妹の無力さを感じてしまう。
自分の部屋のドアを鋭く締めて、ドアにもたれかかる。
妹も昔の私と同じだ。
母に逆らえない。 怖いんだ。
深くため息をついて、座り込んだ。
 




