フェン編9
世界は多くの願いが落ちている。
ーお金が欲しいー
ー空を飛びたいー
ー過去に戻りたいー
いろんな願いだ。
もしも、どんなに実現不可能な願いでも叶うチャンスがあるのなら。
これはいろんな願いを持つ者たちと願いの管理者の記録の合間の物語。
今回はフェン編です。
フェンはどんな風に過ごしていたのか、なぜ守護者となったのか。
泥が足にこびりついたように重い。
「はぁ……はぁ……。本当にこっちであっているのかな?」
進むに連れて、どんどん体が沈んでいくようだった。
それでも、私は前へ進み続ける。
疲れ切った私の身体を動かすのはもはや復讐への想いだった。
重い足を進めて行くと、何やら扉が出てきた。
近づいてみると、かなり重々しい雰囲気を感じる。
「私の道は私が進む道。私はここを通るべき……?」
なんとなく通らない方がいい気がした。
ただ、それは何かが違うと本能が告げていた。
「なんだろう……。でも、今は通った方がいいかな……?」
怖かった。
ここを通れば一線を超えてしまう気がして。
フッと頭の中にお師匠様が浮かんだ。
笑っていた。
私がちょっとした失敗をして、それをなんとかしようと躍起になっている様子を笑っている、いつもの光景。
この笑顔を守りたかった。
いつまでも、いつまでもこのまま幸せでいたかった。
いつのまにかお師匠様は苦しんでいる姿になった。
あいつが殺したんだ。
あいつが憎い。
幸せを奪われた私が奪い返さなきゃ。
いつだったか、街で誰かが言っていた。
与えられた者はいつか誰かへそれを与える者となる。
この世はそうして成り立っていると。
きっとそれは正しい。
私は与えられた悲しみを与えるだけ。
ただそれが与えた人にっていうだけ。
「……行くか。」
私はひんやりと冷たい扉へ手をかけて開け、覚悟を決めて中へと足を踏み入れた。
どこかで私の何かが崩れる音がした。
扉の先はどこかの寝室だった。
誰かがベットで寝ている。
そっと足音を立てないように枕元へと近づいた。
枕が酒臭く湿っている。
ベットの周りには酒の瓶がたくさん転がっていた。
「殺さなきゃ……。」
そう呟いた私の目線の先にいたのは酔い潰れて寝ている男だった。
憎い、憎い、お師匠様の仇。
いつのまにか、私の右手には切れ味の良さそうなナイフが握られていた。
「これで……いいの。」
そう言って私は男に飛びかかった。
いや、正確には飛びかかろうとした。
「ダメよ!」
そんな声がした気がしたのだ。
大好きな……大切な……お師匠様の声。
そんなわけが無いと私は頭を振る。
「あっ。」
振った勢いが強かったのか、ズテッと酒瓶に引っかかって転んでしまった。
やばい、起きるっ!
そう思って急いで体制を立て直したが、遅かった。
音で気づいたのか、身体を起こし、こちらを見ている。
「誰だ?」
ああ、ここで終わるのか……。
窓から月明かりが差し込み、私の顔を照らしていく。
「お前は……あいつの子か。」
バレてしまった。
「覚えていたのね。そうよ。おじさんが殺した世界一の薬師ミネアの一番弟子、ラフェナよ。」
おじさんは悲しそうな顔をした。
「こんな時間に何の用か……と聞きたいとこだが、どうせあの様子からして復讐ってとこだろ?」
「分かっているじゃない。じゃなきゃこんな酒臭いとこに来ないわよ。師匠はお酒を1番嫌っていたのだから。」
「……あぁ、そうだったな。あいつは酒が嫌いだった。だがな、嬢ちゃん、覚えているのか?……あいつが酒なんかよりもさらに嫌いなことを。」
覚えていないわけが無い。
「……無駄な殺生。」
「覚えていたんだな。」
昔、私が大切に育てていた薬草や花を野犬が掘り起こしてしまったことがあった。
その時私は罠を仕掛け、その犬を捕まえて生きたまま焼いてしまったことがあった。
あの時ほどお師匠様のことを怖いと思ったことは無い。
「このまま俺を殺したとしても、あいつは喜ばないんじゃないか?……それに」
「そんなの聞きたくないっ!分かっているわよ!そんなことっ……。」
取り乱して叫ぶ私をおじさんは制止して言った。
「聞けって。それにな、俺は嬢ちゃんのことを頼まれたんだ。あいつは自分がもうすぐ死ぬだろう、だけど嬢ちゃんの前で死ねば嬢ちゃんは自分の力が足りなかったと嘆くかもしれない、それだけは嫌って。」
「嘘よ!お師匠様は何よりも死を怖がっていたのよ!」
「……いいや。治療薬も療養方法もない昔からある不治の病だ。半年ほど前だったか、何十年ぶりに俺を訪ねてきたと思ったらそんなことを言っていた……。もうあと半年くらいの命だと。できればでいいから貴方が私を事故でも魔女でもなんでもいいから理由をつけて殺してくれって。あの子......ラフェナが私の死を認めてくれるように、と。」
「……嘘よ。」
ナイフを握る手が震えた。
「そんなの……そんなの信じられない……!」
男の目には、憎しみではなく疲れ切った哀しみが映っていた。
その視線に耐えられず、私はナイフを床に落とした。
カラン、と音が響く。
それは自分の中で積み上げたものが、崩れた音にも思えた。
「師匠は……私に何も言わなかった……!」
頬を伝う涙が、酒の匂いに混じって落ちる。
男は静かに、ただ静かに「嬢ちゃん」と呟いた。
「もうそろそろ約束の時期だ……そう思っていた頃、上からのお達しが来た。あいつが魔女認定されたんだ。症状が違う病気のやつに勝手に以前貰った薬を渡し、病状が悪化したことが原因だったそうだ。俺は悩んだ。本当はあいつは病気なんか治してしまったんじゃないかって。そうだったら良かったんだ。俺の権限で国境を越えさせてどこか別の場所で幸せになってもらいたかった。」
おじさんは目に涙を浮かべていた。
「説得したんだが、それはもう遅かったらしい。逃げるよう、説得していた時にあいつの病気は牙をむいた……。それで人を呼ぼうとして扉を開けた時に嬢ちゃんが帰ってきてしまった。」
「じゃあ何でお師匠様は私に逃げろと……?」
「俺は国のお抱えの兵士だから、他の兵の前で逃げろなんていうことはできない。そんなことしたら俺の首はもちろん、俺の妻や子供、年老いた両親だって打ち首になってしまう……。あいつはそれを理解していたんだろう。あいつはそういうやつだ。」
おじさんの声が部屋の中に力なく響いた。
ここまで読んでいただきありがとうございます
ついに師匠の仇の目の前に来たラフェナ。
しかしおじさんからは手紙と繋がる話が。
ラフェナはどの道へ進むのか…。




