フェン編11
世界は多くの願いが落ちている。
ーお金が欲しいー
ー空を飛びたいー
ー過去に戻りたいー
いろんな願いだ。
もしも、どんなに実現不可能な願いでも叶うチャンスがあるのなら。
これはいろんな願いを持つ者たちと願いの管理者の記録の合間の物語。
今回はフェン編です。
フェンはどんな風に過ごしていたのか、なぜ守護者となったのか。
――ラーヴェンシュトゥルツ。
それはアルによって生み出された究極の呪文。
後に、誰かが言った。
「あの呪文は願いの呪文だ。」
そう。
何が起こるかは分からないとアルは言っていたが、実際には詠唱者の願いの手助けをする効果があった。
たとえそれが詠唱者の死であったとしても。
唱えた瞬間、私はベッドの上にいた。
あぁ、帰ってきたのか。
お師匠様の待つ、あの家へ。
「おはよう。」
たくさん待ち望んだあの声。
そう願っていたのに、目の前にいたのはアスラとアル、そして知らない女性だった。
「ラフェナ。あれだけ止めたのになぜ行った。殺しを願うなと……あれだけ言ったじゃないか!」
怒りのこもった声でアスラは言う。
「そのために、あの記憶も渡したんだぞ!」
記憶……?
どういうことだろう。
思い返しても、私の姿しか思い出すことができない。
……私の姿?
「……!」
「気づいたか。あんたが師匠ってやつにどんだけ愛されてたのか……。それに気づけば、あの扉を開くことは無かったはずだった……。」
あぁ、アスラはお師匠様の記憶ごと知識として私に与えた……。
涙が溢れてきたのをグッと堪える。
決断をしたのは私だから。
気づくのが……遅かった。
お師匠様は私に幸せに生きていて欲しかったのだろう。
「アルもアルだ。止めろと言ったはずだろう。」
「すみません……。」
アルは何も言い返せないのか、誤り続けている。
「まぁまぁ。やはり、歯車の動きには逆らえませんのよ。この者の行動もまた、歯車による者でしょう。」
女性はアスラを宥めながら言った。
「ですが、規律を守れていないのも確か。アスラは罰を与えねばね。」
「分かっている。……はぁ。せっかく仕事を叩き込んだのに。こいつらを貴方の管轄である地獄へ送っても良いか?」
「良いわけないでしょう。結局は貴女の不始末。何故わたくしがせねばならぬのですか?」
嫌そうに女性は言った。
そんな様子を見たアスラは観念したようだ。
「……分かったよ。アル、あんたは後300年はそのままの仕事をしなさい。ただしこの子の面倒も見てやること。」
アルは満足そうに言った。
「はい。」
「なんで怒られてるのにそんな笑顔なの?」
気になるのでこっそり聞いてみると、アルは本当に嬉しそうに言った。
「あなたがここにいてくれるおかげで助かる人がいるんです。これほど嬉しいことはないです。私はそのためにここまでしたのですからね。」
よく分かんなかった。
でも良いならいいのかもしれない。
「……そしてラフェナ。あんたにはここで罪を苦しみと共に償ってもらう。いいね?」
「何の……罪?」
「あんたは願いを用いて死を招いた。これで分かるか?」
「でも、私が望んだのは知識……。」
「ああ。私はそれであんたを止めようとしたんだ。ただ、あんたは使わなかったようだけどね。」
「え……?でも私結局誰も殺してないよ?」
確かにおじさんは死んだ。
それは間違い無い。
けれど、それ自体は彼が望み、彼が行ったこと。
「いや?あんたは呪文を唱えた。それによって起こったのはラフェナ・フェアスティ――あんたの死だ。」
「私の……死?」
信じられなかった。
私は死んだのか。
思わず胸に手を当ててみたが、鼓動はある。
だが、温もりを感じることは無かった。
「え……でもここにいるじゃない。生きてる時にも来てるけど……?」
「ここはイラヴェルナ。この世とあの世を繋ぐ不安定な世界であり、世界の流れを守る場所。そして、世界を変え得る可能性を秘めた願いの集まる場所。……まぁそういうんじゃないのも混ざっているけどな。世界の調停者の集う場所――それがここだ。」
「我々が願いを叶えることで起こることは世界を大きく変えてしまってはならないのです。それが、何であろうとも、何があろうとも。」
「分かったか?じゃあアルにあとは任せた。カリナ、さっさと帰んないと怒られるんじゃないのか?」
「いいえ?わたくしは用事があってここにいるのです。大丈夫ですよ?貴女こそ、早くお行きなさいな。」
「早めに帰れよ?パモがブチ切れんぞ。」
そう言ってアスラはどこかへと言ってしまった。
「わたくし、貴女にとっても会いたかったのですよ!」
さっきまで神聖な空気を纏っていた女性が、まるで少女のような笑顔で叫んだ。
アスラが完全にどこかへ行ってしまったのを確認したのか、さっきの厳格そうな雰囲気はどこへやら、ものすごくキラキラとした目でこちらを見つめている。
「……え?」
「カリナ……、話が急すぎてビックリしていますよ。少し落ち着いて。」
「落ち着いてなどいられません!あぁ、もう1人にもいつ会えるのかしら?また3人でお茶した……。」
「ダメです!話してはダメなのは分かっているでしょう?」
「それはそうなのですけど……。」
残念そうに女性はまだこちらを見つめている。
「あの……?一体何が?」
恐る恐る尋ねてみると、コホン、と一息ついて女性は言った。
「はしたない姿を見せてすみません。わたくしはカリナ、とここでは名乗っております。わたくしは貴女に恩があるんですの。……今は話せないですが、いつかは分かりましてよ。」
そこまで言うと、カリナは何かに気づいたように少し上を向いて、すぐに私の方へ視線を戻すと、私の手を優しく彼女の手で包み込んだ。
「……時間ですわね。もう少しいれると思っていたのに……。仕方ありませんね。私はこれを言いたくてここに来たんですの。――ありがとう。わたくし達を導いてくれて。貴女のおかげで民らは少しはマシな生活はできたでしょう。本当に……ありがとう。」
そう言うと、カリナはアルに何か呟いたあと、どこかへと行ってしまった。
ここまで読んでいただきありがとうございます
次の土曜日に12話とそれを締める最終話を更新予定です




