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第2話 応用編 道具の特徴を把握する。

「あら?あなた、どこかでお会いしたことがあったかしら?」


お嬢様の髪を梳いていたら、鏡越しに声をかけられた。


「いえ。このお屋敷は初めて派遣されましたので。」

「ああ。アグネス派遣協会の方だったわね。」

「・・・・・」


お嬢様の髪を整える。鏡の端に、自分のこげ茶の髪と少し色のついた眼鏡が映っている。


結い上げた髪に満足頂いて、お茶の支度に向かう。

テレージア、変わらないわ。意志の強そうな緑の瞳と、母親譲りの美しい銀髪。

年が近かったから、お茶会でよく話をした。はるか昔のことだけど…。


お茶をお出しして、そばに控える。

お嬢さまはお茶を飲みながら、本を読んでいる。隣国の経済学の本ね。昔から、この国を出て隣国で自由に生きると言っていたけど…。高位貴族の子供に、そんな自由はない。そう思っていたが。


「この本の続きを取って下さらない?」

言われるがままに、2巻目を本棚から取り出して、お嬢さまに手渡す。

「へええ。貴方、隣国語読めるのね?」

「一応、教養として教育されますので。」


そう、アグネスメイド派遣協会の専攻科では、外国語の授業が結構厳しい。おおよそ…他国の客人の会話が拾えるようにだろうけど。読み書き、会話まで仕込まれる。


機嫌がよくなったお嬢様に、隣国語で話しかけられる。

『私はね、この国を出て、隣国で商売がしたいのよ。』

『・・・ご結婚は?』

『しないわ。これはうちの母親も賛成してくれているの。結婚だけがすべてじゃない、って。政治的に利用されるのも嫌だしね。』


この方の母親は、先王の妹君。降嫁して臣下に下ったとはいえ、発言力は大きい。


『そうでございますか。お父上のお持ちの商社を?』

『そう。おじいさまの商社ね。跡取りは弟がいるし。アカデミアを卒業したら出かけるつもり。』

『そうでございますか。』

『なんなら、あなたも来ない?隣国はこの国より少しは風通しがいいわよ?社員として働かない?言葉も困らないようだしね。うふふっ。』

『・・・・・』


いたずらっぽく笑った後、2冊目の本を開いて、集中なさっている。

紅茶を入れ替える。


そんな生き方も…あるのかもしれない。


今のこの生活も結構気に入ってはいるが。


中庭に面した窓から、風が入ってカーテンを揺らす。




*****


「それは聞き入れられません。あの子を政治に使わないでください。」


王城に呼び出されていた旦那様と奥様が口論なさっているのを、壁に下がって眺める。聞いてはいたが、この家での力関係が見えるわね。さすがに奥様がお強い。


アメリーは壁に三つ編みをくっつけながら、成り行きを見ていた。


「いや、しかし…先王からの申し出だよ?」

「お兄様の?どうせ父上が糸を引いているんでしょう?考えそうなことよ。いやよ。断って。娘をモーリッツ公爵家に嫁がせる?ほぼほぼ政治の真ん中じゃないの?しかも現王のオスカーに子がいない今、それがどういうことかわかっているでしょう?あの子が側妃を拒んだら…モーリッツ公爵家から養子を出すことになるのよ!!!」


「まあ、落ち着いて…。」


泣き出した奥様を、旦那様が隣に座りなおしてなだめている。


「いやよ。娘を政治に使わないって約束したでしょう?」

「・・・しかしね…また誰か代わりにするのかい?それも君は後悔していただろう?」

「・・・・・」

「少し、様子を見よう。ただね、社交界はもう決定事項のような騒ぎだ。厳しいかもしれない。」

「お父様が…噂をあおっているんじゃないの?」

「そうかもしれないけど、噂話は止められない。」

「あの子の、夢は?」

「・・・・・」


夢ねえ…。


アメリーは蝋人形のように身じろぎ一つせず、じっと立っていた。




*****


「ねえ、アーダは、夢とかある?」


使用人部屋はベッドが二つ並んだ小部屋。テーブルの明かりを消して、布団に潜り込んでいた。アメリーが、個人的な質問をするのは珍しい。もちろん、クッキーはプレーンとクルミ入りとどっちが好き?なんて質問はあったけど。


「夢…ですか?」


今日のお嬢さまとの会話をふと思い出す。


「特には…ないですね。」


明かりの消えた部屋で、アメリーが寝返りを打つ気配。


「私はね、娼館で生まれたのよ。母親はもちろん娼婦で、父親は誰だかわからない。」

「・・・・・」

「母はこっそり私を教会の学校に通わせてくれたわ。客から本を貰ってきたり…自分は文字も読めないのによ?母が喜ぶので、その本を読んであげたりしたなあ。」

「・・・・・」

「いろんな本を読んで、もちろん、その娼館の下働きとかしながら大きくなって…生理が来たの。12歳だった。母はひた隠しにしたけど、その意味が私にはよくわからなかった。」

「・・・・・」

「生理が来るとね、客を取らされるのよ。」

「・・・・・」

「ある雨の日にね、母の有り金を皆持たされて、まっすぐ走れと言われた。何があっても振り返らないで、まっすぐ…走れ、って。走ったわ。後ろで娼館の用心棒たちが大騒ぎしているのが聞こえたけど…走って、走って…私は…母を犠牲にしたんだわ。」

「・・・アメリ―?」


布団を引き上げて、嗚咽するアメリーに、なんと声をかけていいのかわからなかった。

しばらくの間…すすり泣くアメリーの声を聞いていた。


「・・・走った先で、アグネスさんに拾われたのよ。名前も貰った。違う人生を選択したのよ。それでよかったのかどうかは…よくわからないわ。ただ…今日ね、奥様が娘の政略結婚に猛反対して泣いてるのを見たら、思い出したの。私にも、私の人生を心配してくれた母がいたことを。」

「・・・・・」

「娼館生まれも大変だけど、貴族も大変なのね。」

「・・・そうね。」

「あなたも、本当はこんな仕事している人じゃないんでしょう?没落貴族の人もたまにいるけど、それにしては育ちが良すぎるわ。」

「・・・・・」

「お母様は…心配していないの?」

「・・・・・」


母親…母は泣いているだろう。私が誘拐されてからずっと。箱入り娘で育った母は、多分泣くよりほかにすべが見つからないに違いない。


母親ね…。会いに行っても、誘拐された娘は傷物のレッテルが貼られてしまう。たとえ乱暴をされていなくても。母は…また泣くんだろう。たとえ、元気な姿を見せても…。このままでいいと、そう思っていた。もう、どうしようもないほど、道は違ってしまったから。


命は助かった。それだけで良しとしようと思う。


たまたま、辞めた侍女の代わりに、アグネスさんが入っていた。

あの夜、二人組の男が押し入って誘拐された。アグネスさんも一緒に。どんなに心強かったか。そのあとは気絶してしまったのか、記憶がない。目が覚めると、アグネスさんの派遣協会の客間にいた。


犯人が捕まっていないことと、目的がわからないことを説明され、安全のために、名前も髪色も髪型も変えて、そのままメイド派遣協会で働いた。誘拐されたと聞けば、乱暴されたと思われるから、家に帰るのも、社交も婚約者もあきらめなさい、と。


「たまたま?…ねえ…」

かいつまんで身の上話をした。アメリーは、どこに引っかかったの?不審そうな声が漏れた。


「ねえ、アーダ。私たちが派遣される先は、たまたまなんかじゃなかったわよね?」

「え?」

「それにね、その事件覚えてるわ。仕事先のメイドの中でも噂でもちきりだったから。公爵家に娘を嫁に出したい家があやしい、とか、横恋慕した令嬢の仕業か、とかね。あれね…犯人二人と誘拐されたお嬢さまとメイドの乗った馬車が、がけから落ちてみんな死んでるわよ?お嬢さまは柔らかな金髪?顔は落ちた時に傷ついたらしくて、見ることができないほどだったらしいわ。新聞にも載ったのよ?あなた…本当に知らなかったの?」


「え?…。」










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