押入れの秘密
「夕ごはんだから、お父さんを呼んできて」
お母さんに言われ、ボクは二階にあるお父さんの部屋に行った。
ところが、いるはずのお父さんがいない。
――あれ?
押入れのフスマが少しあいていた。
お父さんは鬼ごっこみたいに、なぜだかときたま隠れることがある。
ボクは上の段にのぼって、フトンと壁の間をのぞいてみた。
――えっ!
ほのかな明かりがともり、そこには映画みたいに山や川が映っていた。
夕焼けの空も広がっている。
と、その空に、男の子の飛んでいる姿が映し出された。
山の方に向かっている。
やがて……。
男の子は地上に向かって降り始めた。
それにつれ田んぼや畑がだんだん大きくなり、家もすぐ近くに見えるようになった。
――あっ、おじいちゃんの家だ!
庭では子供たちが遊んでいる。
その子は子供らの輪の中に降り立つと、いっしょになって遊び始めた。
――あの子、もしかして……。
そう、子供のころのお父さんなのだ。
やがて日が暮れ、子供たちはそれぞれ自分の家に帰っていく。
子供のお父さんが空に舞い上がった。
家が小さくなる。田んぼも畑も遠くなり、子供のお父さんも夕暮れの中に消えていった。
――秘密にしなきゃ。
このことはだれにも話せない。
話してしまったら、お父さんの子供のころが消えてしまいそうな気がした。
明かりが消えてなくなった。
――お父さん、もうすぐ帰ってくるんだ。
暗闇に向かって、
「お父さん、ごはんだよー」
それだけ叫んで、ボクはいそいで押入れから飛び降りた。