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おうち訪問 3



 それからも、しばらく光魔法の実験をおこなった。点滅させてみたり、光を動かしたり、ギディングス様が求める事を概ね試し、魔力が尽きかけたところで、クライバー様とフロレンシア様が座る机に私たちも座ることになった。

 机の上には美しい菓子と紅茶が用意されている。小腹がすいた私は菓子に手を伸ばし、口にする。


(めっちゃ美味しい!!)


 幸せの味に私が浸っていると、ギディングス様はおもむろに魔石を取り出し、私に差し出した。


「ティナ。これを」

「ひぇ!よ、呼びかた……!」


 彼と私が親しい友達だと偽装する話は流れたはずである。私の声は思わず裏返った。ギディングス様はそんな私に構わず魔石を渡す。


「これはね。声を転送する魔石なんだ」

「声ですか?」

「うん。最近転送機を解体して仕組みを研究したんだ。物を転送できるなら声も転送できるはずだと思ってね。風魔法の転用だったから試しに作ってみた。多分できてると思う」


 彼は普通のトーンで言っているが、きっとこれは凄いことのはずだ。私には試しにそんなものを作るという発想が欠片もない。


「お前、本当にとんでもねぇな。侯爵に報告したのか?」


 クライバー様がどこか引き気味で言った。


「父上に?する訳ないだろ。学園を卒業してから、然るべき方法で発表するよ」


 ギディングス様はいかにもお父様を馬鹿にするような言い方をした。お兄様といい、彼は家族関係があまり良くないようだ。

 フロレンシア様はじっと魔石を観察した後、訝し気にオリバーを見た。


「それで、なんでこんなものをセレスティナに渡すのよ」

「これがあれば寮でも話せるだろ」


 彼は軽い口調で返す。何だかギディングス様が私と話したがっているように聞こえる。こんなものを渡してまで。彼と私に個人的に話すことがあっただろうか。

 私はあり得ない方向に考えを巡らせてしまう。


「俺は各属性を組み合わせて発動する実験をしてる。できればティナには光と風、光と土でどんな魔法ができるか試してほしいんだよね。魔石があれば、進捗も聞けるし、こっちも提案できるし」

「あ、そういう……」


 思わず声が出てしまった。ギディングス様は私個人ではなく、魔法に興味があるのだ。危うく勘違いしそうになった。


「私はギディングス様と親しくしても問題ないのですか?」


 私は確認のために彼らに問いかけた。ギディングス様と親しくなりたくないかと言われれば、是非なりたい。だって、学園で最初に目を奪われ、仲良くなりたいと思った人なのだ。

 彼らは一様に目を丸くした。


「逆に何の問題があるの?クラスメイトだし、同じ魔術師だ」

「そういえば、前も似たようなこと言っていたわね」


 心底不思議そうに彼らは言った。何で私は彼らと親しくすることに気が引けているのだろう。そもそも、そう考えるようになった出発点、それは——


「アロイスが、私のような田舎の子爵令嬢がギディングス様のような高貴な方に図々しく近付いてはいけないと言っていたのです」

「バーンスタインが」

「私は元々平民になる予定だったので、貴族令嬢としての素地がありません。貴族間の機微が分かりませんし、魔法のことも知りません。だから、アロイスの言うことを聞くようにと家族から諭されていました。そのアロイスから言われたことだったので、正しいことなのだと」


 今でもどう振る舞えば正解なのか良く分かっていない。彼らの好意に甘えて親しくした結果、周囲から思わぬ反感を買って実家に累が及ぶのは怖いと思っている。


「バーンスタインの言うことは半分正解だけど、ローマイア嬢には当てはまらないよ。だって君は三属性の魔術師だから」


 クライバー様が果実のパイにかぶりつきながら言った。


「君はローマイア領で育って、貴族としての教育を受けてこなかった。だからピンとこないだろうけど、我々貴族の権力の根拠って魔力なんだよ」

「権力の、根拠」

「そう。かつてわが国を興した英雄たちは魔力を持って民衆を守った。そして、魔力を使い国民の生活基盤を整えた。だからこそ今もこうして、ただ彼らの子孫なだけの俺たちがふんぞり返って菓子を食べられるわけさ」


 建国神話については私も知っている。優れた魔法使いである英雄たちが、魔物から民衆を守り、国を興したという内容だ。魔力を持つということは、彼らの子孫であるという証左なのだ。

 だからこそ魔術師は民衆から尊敬され、畏怖される。


「カイが言うように、魔力があって、しかも複数属性であるというだけで、君は爵位とは別の価値基準で見られているということだ。まぁ今まで複数属性の魔術師って例外なく伯爵家以上の家から輩出されていたから、君のようなケースは初めてだけど。子爵令嬢という理由でティナを侮る奴など、馬鹿というほかないだろうね」


 ギディングス様がクライバー様の言葉を引き継ぐように言った。

 何となく実家が脳裏に浮かぶ。つまり、私に魔力がなければ、きっと彼らと言葉を交わすことなどできなかった。私自身は何も変わっていないのに、不思議なことだ。


「セレスティナ。あまり深く考えずに、あなたが仲よくしたいと思う相手と過ごせばいいのよ。きっと私たちは長い付き合いになるのだから」


 彼女は、私はこれから魔術師として彼らと同じコミュニティで暮らしていくと言いたいのだろう。とはいえ、私はいつかローマイア領に帰るつもりだ。魔法を使って、ローマイア領に恩恵をもたらしたい。

 その日が来るまで、仲良くしたいと思う人と過ごすことができれば、とても幸せなことだ。


 そう。フロレンシア様のような優しく綺麗なお友達と。


「フロレンシア様、これからもよろしくお願いします」

「ふふ。セレスティナって本当に可愛い」


 フロレンシア様は花のように顔を綻ばせた。




 寮へ帰ると、どっと疲れが出た。あれだけ沢山魔法を使ったのだ。当たり前ともいえる。すぐに眠りたい気分だ。

 このまま横になりたい自分奮い立たせて立ち上がり、体を清め、寝間着に着替える。飲み物を飲んで一息ついたところで、ギディングス様からもらった魔石が光りだした。


「わっ!ど、どうしよ」


 慌てて魔石を取ると、魔力が魔石に流れ、頭の中にギディングス様の声が響いた。


『ティナ?』

「ふぁぁっ……何これ。すごい、本当にギディングス様の声が聞こえる」

『こっちにも聞こえるよ。成功みたいだね』


 思わず私はベッドの上で正座をする。頭の中にギディングス様のイケボが響くなんて、破壊力がすごい。


(ふぉぉ……心の声は聞こえないよね?何この状況?ヤバい。ヤバすぎる!!)


 変な声が出てしまいそうで、私は必死で息を整える。


『もしかして寝るところだったかな。ごめんね。ちょっと話したくて』

「い、いえ!大丈夫です!」


 本当は寝る直前だったけど、反射的に嘘をつく。

 “ちょっと話したくて”。こんなこと、彼に言われて舞い上がらないはずがない。


『なら良かった。どうしても聞きたくてさ。それで、僕に見える黒いのって何かな』

「……っ」


 私は少し言いよどんだ。彼はよっぽど私の発言が気になっていたらしい。

 しかし、取り繕って尤もらしいことを言える気もしない。つまり、ありのままを伝えるしかないのだ。

 私は言葉を選びつつ話すことにした。


「ご気分を害してしまったら申し訳ありません。私にも良く分からないのですが、黒い何かがギディングス様にまとわりついているのが見えるのです」

『……へぇ』

「黒いのに初めて気が付いたのは、魔力切れを起こした日です。それまでは見えなかったのですが、お昼にギディングス様とお話した時にあの黒いものが見えて」

『そういえばあの時、体調は大丈夫かと聞いてくれたよね』

「はい。あのときは黒いモヤ以外にも、ギディングス様の顔色が悪いように思えたので……でも次の日、あの黒いモヤが薄くなってました。数日するとまた戻りましたが」

『……』


 ギディングス様は黙り込んでしまった。やっぱりおかしな女だと思われたのかもしれない。でも私は嘘が上手くない。彼の追求を前に、ごまかせたとも思えない。


『君は本当に面白いな、ティナ。俺には君が言う黒いものは見えないけど、存在は認識しているよ』

「あれは、一体何なのですか?」

『正確には分からない。でも俺にソレが付いてるのは知ってる。ソレが俺の何かを削ってるのもね』


 私の印象通り、やはり黒いものは良くないものだったのだ。


『君が言う黒いものはね、俺の兄が発した魔法なんだ』

「魔法ですか……?」


 フロレンシア様が言っていた、性質の良くないギディングス様のお兄様。ギディングス様の声は淡々としていて、いつも通りの穏やかな口調だ。


『兄はよっぽど俺が気に入らないらしい。死ね、と言いながら俺に何かを放った。もはや呪詛だよね。あの日から、俺の体はおかしい。眠れないし、何かが俺を体内から破壊している気がするんだ。兄の願いを叶えるべく、何かが俺に巣食ったように』


 私はひゅっと息をのんだ。

 ギディングス様は世間話でもするように話しているが、その内容は私にとって信じ難いものだった。兄が弟の死を願う。しかもそれを実行に移そうとする。


「ギディングス様。もしや、かなり体調が悪いのでは」

『大丈夫。確かに、このままだと本当にいつか死ぬかもなって思ってたけど。君の魔法を浴びてから、何だか楽になったんだ』

「私の?」

『うん。光魔法には、兄の魔法を中和……もしくは浄化する作用があるのかも。君が倒れたあの日の夜、久しぶりにまとまって眠れた。今日も君の魔法を浴びて、かなり楽になったし』


 私の魔法で、ギディングス様の体調が回復した。私はその事実に心が上向いた。彼の役に立てたことが嬉しい。


「それなら私、毎日魔法をかけます!」

『毎日?いいの?』

「魔力なんて、休めば回復しますから。毎日かければ、黒いのもなくなるかも!」


 ギディングス様にまとわりつく黒いモヤを見る度に、嫌なものだと感じていた。私がそれを和らげることができるなら、することは一つである。


『……正直、助かる。俺だって死にたくないからね。じゃあ明日から、よろしく頼むよ』

「はい!じゃあ、今日は寝ましょう!きっと今日は魔法をかけましたから、ギディングス様も寝られますよ」

『うん。そうだね。確かにそう言われると何だか眠くなってきたよ』


 ふあ、と聞こえる。彼はあくびをしたらしい。可愛い。私は思わずにやけてしまう。


「おやすみなさい、ギディングス様」

『おやすみ、ティナ』


 優しいギディングス様の声が響くと、プツンと繋がりが切れた。

 私は手元の魔石を握りしめる。


「ふぁぁ……なんか、凄いことに……」


 憧れの人の家に行き、彼から誰にも呼ばれたことのない愛称で呼ばれることになり。寝る前に話をして、おやすみ、と言われたのだ。

 明日からは毎日、彼に魔法をかける約束もした。これは決して邪な気持ちはないけれど。


 でも、彼の事情を思えば、そんな色ぼけたことを考えてはいけないのだ。


(辛いだろうな。ご家族から……そんな魔法を)


 私は自分の家族が好きだ。仲が良いし、家族は皆幸せでいてほしい。でもギディングス様の家族はそうではないらしい。

 私だって、世の中には色んな家族がいることは知っている。でも、兄から死を願われるなんて。あんなに禍々しいものに巣食われるなんて。


(助けたい!)


 彼のために私ができることがあるなら、惜しみなく実行するだけだ。




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