おうち訪問 2
「じゃあ次は、あの太陽の魔法を収束して一方向に出すことはできないかな」
「あ、あれを?実は、その……ちょっと怖いんです」
テロを起こしてクラスメイトに被害を与えた上に、魔力切れを起こしてしまった。ちょっとしたトラウマである。
「大丈夫だよ。ここなら倒れても何とでもなるし。俺もいるし、あの二人もいるから」
ちらりとフロレンシア様の方を見ると、彼女はクライバー様と楽しそうに笑い合っていたが、私の視線にすぐ気が付いて、にこりと微笑んでくれた。
倒れても何とかなる、とは励ましのつもりなのだろうか。私はそもそも倒れたくないのだ。
目線を上げると、ギディングス様はにこにこと期待した顔で私を見ている。この顔を裏切ることができる女子は果たしているのだろうか。
「ま…まぁ確かに、威力を調整できるのが一番ですもんね!」
「そう。訓練あるのみだ。ローマイアさん。光は俺に向けて当ててくれる?」
「眩しいですが、良いのですか?」
「前に見たから分かってるよ。確かめたいこともあるんだ」
「それでしたら、分かりました」
ふぅっと深呼吸をして手を伸ばす。私は太陽の光が収束し、線のようにギディングス様へ向けて進むようなイメージをした。何となく、声を出した方が出しやすい気がする。
「光れ!」
まばゆい光が指先から放出される。想像したように線の光は出せなかった。しかし前のように全方位に光る訳ではなく、九十度ぐらいには収めることができた。光はギディングス様に向けて迸る。
物凄い照度の光がギディングス様を包んでいる。彼は本当に大丈夫だろうか。
「っ……!」
まずい。魔力をごっそり持っていかれる。魔力切れを起こしてしまうかもしれない。私は慌てて魔力を止めた。
光が消えた先では、ギディングス様が目を閉じたまま微笑んでいた。光がなくなったことに気が付いたのか、不思議そうに目を開ける。
「あれ、もう止めたの」
「はぁっ、はぁっ、はい。魔力の消費が、激しくて」
「そうなんだ。いや、本当にこの魔法は凄いよ」
「めっちゃ眩しいですよね。あれ?ギディングス様、黒いのまた薄くなりましたね!」
「黒いの?」
ギディングス様が首をかしげている。私は、はっと口を押えた。彼になにか良く分からないものが見えるという話はまだしていなかったのだ。
「えっと……」
「黒いのって何?ローマイアさん。俺に何か見えているの?」
ギディングス様はずんずんと私に近寄り詰め寄った。どうしよう。黒いモヤが見えるなんて、おかしな奴だと思われるに違いない。
「ひぇっ。ギディングス様、近いです!」
「ねぇ。何が見えているの?」
彼の端正な顔が近い。新緑の瞳がすぐそこにある。まつ毛長い。鼻筋きれい。
「その、あの、ですね!私にも良く分からないのですが!」
「うん」
「えっと……」
とりあえず離れて欲しい。頭がパンクしそうだ。
「オリバー、近すぎるよ」
ギディングス様を物理的に私から離してくれたのはクライバー様だった。少し距離が開くと、気持ちも落ち着いた。
「カイ。邪魔するなよ。俺は今、大事な話をしてるのに」
「ローマイア嬢が困ってるだろ。お前、距離感がなさすぎるよ」
「そうよ。本当にそういう所よ。セレスティナの顔を見なさいよ」
クライバー様の横にフロレンシア様も来てくれていた。私の顔は一体どうなっているのだ。思わず両手で顔を隠してしまう。
「見てるよ。顔が赤くなってる」
「本当、なんなの?それじゃあ事実を述べただけじゃない!」
「ていうかさ。君、ローマイアさんのこと名前で呼んでるんだ。しかも呼び捨て」
ギディングス様が不満そうに言った。そういえば私がフロレンシア様を名前で呼んだときも、少し不満そうだった。私たちが親し気なのが気に入らないのだろうか。
フロレンシア様はどこか不敵に微笑んだ。
「だって友達だもの」
「友達」
ギディングス様はオウム返しのようにつぶやくと、私を見た。
「彼女と友達なの?」
「はい!有難いことに!」
ぶんぶんと首を上下させて肯定する。彼女と友人になれたことは幸運だ。一生の運を使い果たしたのではと疑うほどに。
「俺は?ローマイアさん。俺と君は友達?」
「私とギディングス様が?い、いえ!クラスメイトです!」
反射的に答えると、彼は笑顔のまま停止してしまった。
「ぷっ。はは!はははは!オリバー、残念だったな」
クライバー様が大笑いしている。私は受け答えを誤ったかもしれない。たらりと冷や汗が出る。
「セレスティナは今大変なのよ。あなたみたいな男が近くにいたら、余計にややこしくなるわ」
「何が大変なの」
「自称婚約者が沸いてるの」
フロレンシア様が不快そうに言った。
そういえばあの手紙はもう家族に読まれたはずだが、返事はまだまだ先だろう。ローマイア家に転送機を使える人間はいないのだ。返事は二週間ほどかけて王都に届くはずだ。
(早くはっきりさせたいわ)
もう彼と楽しく話せる訳もないのだが、アロイスを避け続けるのも、どこか気が引ける。それに本当にアロイスが婚約者なら、厄介だ。
「もしかして、あいつかな。入学したばかりのとき、珍しく男といた時があったよね。二人で食堂の方から歩いてきてた」
「良く覚えていらっしゃいますね!そうです」
「あぁ、そのとき俺もオリバーの隣にいたよ。Bクラスの奴だろ」
そうだ。あの場にはクライバー様もいた。彼はアロイスのことも知っているらしい。
「はい、アロイスとは母同士が友人で、幼い頃から知っている仲なのです」
「バーンスタイン家の子息よ。そいつは自分がセレスティナの婚約者だと言っているのよ。Bクラスの中ではそういう認識になってるみたいよ」
ギディングス様はしばらく沈黙すると、はっとしたように私を見た。
「バーンスタインのことは名前で呼ぶんだ。友達だから?」
(めっちゃ名前呼びにこだわる!)
とはいえ、私は彼の問いにはきと答えられないことに気が付いた。アロイスとはずっと仲の良い幼馴染だと思っていた。でも、彼が陰で私を貶めていると知った今、以前のように彼を友達とは思えない。
「幼馴染ですし、昔から名前で呼んでいました。でも、今は気持ち的に彼に親しみを感じません」
「なぜ?バーンスタインは君の婚約者を自称しただけじゃないの?」
「その。それだけじゃなく、彼が私を馬鹿だとか、貧乏子爵家だとか、面倒くさいとか……そう言っているところを聞いてしまいまして……」
まだ口に出すと若干のダメージがある。アロイスは仲の良い幼馴染だったはずだった。私を気にかけてくれたはずだった。
裏で面白おかしく私を貶めているなんて、思いもしなかった。
「なに、バーンスタインって馬鹿だったの?」
呆れ返った様子でギディングス様が言うと、クライバー様が頷いた。
「まぁそうだろうな」
「馬鹿以外、言いようがないわよ」
何だか辛辣である。彼らの反応にしばしぽかんとしていると、フロレンシア様が目を細めた。
「そもそも、勝手に婚約者を自称するだけで気持ち悪い男だわ。そのうえセレスティナをくさすなんて馬鹿のすることよ」
「だよなぁ。ローマイア嬢が、馬鹿って……Aクラスに上がってから言えって感じだよ。拗らせてんなぁ」
「バーンスタイン家はそこそこの家だったはずだけどなぁ。外堀を固めてるつもりだろうけど、考えの浅い人間がやるとお粗末だね。しかも本人にバレる脇の甘さ」
「ひぇえ……」
なんだか怖い。この人たちを怒らせてはいけない。
「ねぇ。ローマイアさん。俺のことはオリバーって呼んでよ」
「へっ?無理です!」
話の流れをぶった切ったギディングス様の提案に困惑する。彼を名前呼びなど恐れ多すぎる。私は即答で返答した。
「断られてやがる!あははは!面白過ぎる!」
「いいわ、セレスティナ。その調子よ」
クライバー様とフロレンシア様はお腹を抱えて笑い出したので、ギディングス様は憮然とした。
「じゃあいいよ。俺が君を……そうだな。ティナと呼ぼう」
「えっ、な、なんで??」
「俺と君が“とても親しいお友達”だということにしたらいい。そしたら、バーンスタインは近づけないよ」
彼はアロイス除けの方法を提案してくれているらしい。しかしフロレンシア様たちと一緒にいるだけでその目的は果たされている。彼の気遣いはありがたいが、私の心臓も持ちそうにないのでご遠慮願いたい。
「フロレンシア様のおかげでアロイス除けについては対策済みですので、それには及びません!お気遣いありがとうございます!」
私がそう言うと、またギディングス様は憮然として、クライバー様とフロレンシア様は大笑いをしたのだった。