おうち訪問 1
学園ではフロレンシア様たちと行動するようになった。フロレンシア様は大まかな事情を友人たちに説明してくれていたらしく、私にも同情的だ。
転送機で手紙を送った数日後、令嬢が眉をひそめて私のところへきた。
「バーンスタイン様が来ていたわ」
「アロイスが?」
「安心して。もう帰ったから」
フロレンシア様が言ったように、彼女たちと行動しているとアロイスは私に近づけないようだ。
「馬鹿な男よね。セレスティナ様のような優良な女性を貶すとは」
「優良、ですか?私が?」
令嬢の一人が言った言葉に首をかしげた。貧乏子爵家の三女である私が、なぜ優良なのだろう。魔力があったところでそのスペックは変わらないのだ。
「えぇ。だって三属性な上に、光属性なのよ。普通ならご実家に援助を申し出てでも欲しいと思うはずよ」
「それに可愛いわ!」
「そうよ。努力家だし、綺麗で魔力が多いのに傲慢な態度も取らないし」
口々に私を褒める彼女たちに、赤面してしまう。そのように評価されていたとは思わなかった。思わず顔を手で覆った私を見て、彼女たちは更に「可愛い!」と声を上げた。
想像以上に貴族社会——とりわけ高位貴族——では魔力を重要視するらしい。私も貴族であるのだが、魔法とは無縁の家だったので知らなかった。
週末になった。いよいよギディングス様の家に行く日だ。
今日はフロレンシア様が寮まで迎えに来てくれる予定になっている。私は自分が持っている中で一番上等な服を着て、念入りに髪を整えた。
ギディングス様は私自身には全く興味がない。ただ私の光魔法について研究したいだけなのだが、分かっていても良く見られたいのが乙女心というものだ。
鏡と睨めっこをしていると、フロレンシア様が来たと同級生が知らせてくれた。私はすぐに部屋から出て行った。
ラングハイム家の豪奢な馬車は学園の馬車停めで待っていてくれた。フロレンシア様と馬車に乗ると、馬車はすぐに走り出す。
彼女は少し躊躇いがちに言った。
「もし、デニス様……ギディングス家の長男がいれば不快な思いをするかもしれないわ」
「ギディングス様の、お兄様ですか」
「えぇ。最近は外に出ていないみたい。仕事もしてないようだし」
彼女の口ぶりから察するに、ギディングス様のお兄様はあまり良い性質な方ではないようだ。少し心構えをしておくべきかもしれない。
ギディングス家はやはりというか当然というか、とても大きかった。さすが名門侯爵家なのである。
家令に案内され玄関に入ると、フロレンシア様は慣れた様子で廊下を進み、庭へ出てしまった。勝手に人の家を歩き回っていいのかと戸惑ってしまう。
「あの男はきっと客人が来ることも忘れて魔法に夢中になってるわ。どうせここよ」
広い庭の先を見ると、ギディングス様が霧のようなものを発生させていた。フロレンシア様が言った通りだったらしい。傍らに机と椅子が設置されており、そこにクライバー様が座っている。
「あ、もうクライバー様もいらしてますね」
「本当だわ!でも彼はほったらかしね」
フロレンシア様はギディングス様の近くまで足を進めると、彼に声をかけた。
「ねぇ。セレスティナが来たわよ」
「ちょっと静かにしてくれる?」
「あなたね——」
次の瞬間、ギディングス様の出した霧状の水蒸気が一か所に集まった。霧が雲のように白く圧縮したと思ったら、ドオン、と音を立てて爆発した。
「ひっ!」
「うおっ!」
「きゃあ!!」
予測していない事象に、ギディングス様以外の三人は仰天する。私は思わず腰を抜かしそうになった。だって、霧がなぜ爆発すると思うのだ。
「水蒸気状にした水に高温の火を近づけると本当に爆発するんだな。面白い」
ギディングス様が感心したように言っている。彼は魔法で何やら実験をしていたらしい。
「オリバー、そういうことは、する前に言ってくれよ」
クライバー様が胸に手を当てながら言った。私もまだ心臓がバクバクいっている。完全に同意だ。
「あぁ、ごめん。あっ、ローマイアさんだ。来てくれたんだね」
彼はたった今気が付いたように私を見た。先ほどフロレンシア様が言っていたと思うが、聞いていなかったらしい。
「はい。お邪魔しています!」
「私がさっき言ったでしょうが!」
「あぁ、君もね。そういや手紙が来てたな」
何だかフロレンシア様に対するギディングス様の対応が雑な気がする。フロレンシア様もいつもの淑女らしい態度ではない。
「あの……」
「あ、ごめんごめん。じゃローマイアさん、こっち来てくれる?フロレンシア嬢はその辺で座ってたらいいよ」
「相変わらず腹の立つ男ね!」
ぷりぷり怒りながらフロレンシアはクライバー様の隣に座った。私がギディングス様の近くに行くと、彼は顔を綻ばせた。
彼にまとわりつく謎の黒いモヤは、また前と同じ濃さを保っている。明らかに彼に良くないものなのは分かるが、これはギディングス様も感知していることなのだろうか。目の隈も、また濃くなっている。
「楽しみにしてたよ。まず聞きたかったんだけど、授業でやったあの光はどういうイメージをしたの?」
「えっと……光ということで、太陽の光をイメージしました」
「太陽か。なるほど。だからあんなに激しい光が出たんだ。そりゃ魔力切れも起こすよね」
「その節はすみませんでした……」
「はは、なんで謝るの。じゃあさ、ロウソクの光をイメージして光を出せる?」
ギディングス様は目を輝かせている。楽しそうだ。私は言われるがままにロウソクの光をイメージして魔力を出してみる。
指先にゆらゆらと淡い光が出た。これだと魔力はほとんど消費しないようだ。
「君は想像力も魔力も豊かなんだな。あっさりできる。色は変えられる?青とか緑とか」
「えーと……」
頭の中でイメージを変えると、光の色が変化した。何でもありなのだろうか。試しに虹色に光るイメージをすると、光は虹色に輝きだした。
「うわぁ、面白い」
「そうだよね。魔法って本当に面白いよね」
ギディングス様が嬉しそうに破顔した。
(ほんと、かっこいいな)
今日の彼は学校よりもリラックスした様子で、いつもより年相応な表情をしているように見えた。
 




