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ギディングス様からのお願い



 次の日の早朝、いつものように教室へ行くと、今日もギディングス様が既に教室にいた。彼は一体、毎朝何時に登校しているのだろう。ギディングス様は私を見てふんわりと笑った。


「おはようございます、ギディングス様!」

「おはよう。ローマイアさん。体調は大丈夫?」


 昨日はあれだけ派手に倒れたのだ。当然彼も目の前で私の姿を目撃していただろう。私は羞恥で赤面してしまう。


「すみません、もうすっかり!フロレンシア様にも付き添っていただいたので」

「……彼女のこと、名前で呼ぶようになったんだ」


 ギディングス様は笑顔のままだが、なぜか気温が低くなったような感覚がする。どうしたのだろう。


(そういえば、仲が悪かったんだっけ)


 昨日はフロレンシア様が彼について散々な表現をしていた。ギディングス様も彼女を良く思っていないのかもしれない。

 ギディングス様の顔は、昨日よりも顔色が良くなっていた。あの謎の黒いモヤも少し薄くなっている。目の下の隈が薄くなっているので、昨日はよく寝られたのだろう。


「ギディングス様も少し回復されたみたいで良かったです!」


 にっこり笑って言うと、ギディングス様は少し間をあけて笑みを深めた。


「君のおかげでね」

「私の?」


 私が何かしただろうか。全く心当たりがなく、首をかしげる。


「ローマイアさん。君の光魔法は凄いよ。あんなの見たことがない。良かったら、光魔法について研究させて欲しいんだ」

「け、けんきゅう?」

「うん。何ができるかを調べたい。四大属性は研究が進んでいるし、俺も全部使えるからいいんだけど、光魔法は術者が少なすぎる。だから、もしローマイアさんが協力してくれたらとても助かる」


 今の彼はいつもの彼と比べ物にならないくらい早口だ。しかも顔がどんどん近づいてくる。圧がすごい。そういえば彼は魔法について研究したいと言っていた。きっと純粋に光魔法に興味があるのだろう。


「具体的に、何をするんでしょうか」

「色々な魔法を試してほしい。昨日の強烈な光以外にも、淡い光や……色を変えたりもできるのか?範囲は?効果は?知りたいことが山ほどある」

「はぁ……」


 ギディングス様は目を輝かせている。いつも大人っぽい彼の新たな一面に、驚いてしまう。


(本当に、恋愛小説の登場人物みたいな人だな)


 格好良くて、頭が良くて、四属性で、名門侯爵家の子息。明らかに盛りすぎだ。


「フロレンシア様の叔父様も光属性だと聞きましたが」

「そうだね。でも残念なことに、彼は随分前に亡くなっているんだ」

「あ……そうだったのですね」


それは知らなかった。光属性の術者はもしかすると私だけなのだろうか。


「さすがに学園では色々と不都合があるから、週末に俺の家に来てくれたらいい」

「ギディングス様の、おうち、ですか……!?」

「だって他に場所がないし」


 それはそれで不都合がある気がしてならない。彼の家にはとても興味があるが、そんなこと許されるのだろうか。休日に気になる男の子の家に行くなんて恋愛小説の定番である。お約束である。私ごときがそんな状況を楽しんで良いのだろうか。


「オリバー、ローマイア嬢が困ってるよ」

「カイ」


 ギディングス様がよく一緒に行動しているカイ・クライバーがきた。いつの間にか教室に到着していたようだ。彼は伯爵家の子息で、ギディングス様とは違う種類の容姿の良さだ。女子からも人気がある。


「さすがに二人きりはまずいんじゃない。オリバーにその気がなくても、周囲はそう見ない」

「でも他の奴を呼んだところで、邪魔だろ」

「邪魔って……一体何をする気だよ、お前は」

「魔法の研究だよ。それ以外何があるんだ」


 クライバー様は呆れたようにため息をついた。ちらりとこちらを見て、笑みを作る。


「ローマイア嬢。こいつは魔法馬鹿なんだ。君の光魔法が気になるらしい。こうなると諦めないだろうから、しょうがないし俺も付き合うよ。それならまだ厄介な事態にはならない」


 彼は随分と面倒見が良いらしい。クライバー様もいるなら、周囲にばれた時に言い訳もしやすいだろう。私は背筋をのばした。


「それでしたら、お邪魔します!」

「はは。本当にローマイアさんって面白いよね。じゃあカイは暇だろうし本でも持って来たらいいよ」


 ギディングス様は楽しそうに笑った。美形が笑うと眼福だ。ぽけっと見入ってしまう。


(ん?面白い?)


 それって誉め言葉なのだろうか。令嬢的には喜んではいけない形容詞な気がする。

 私はギディングス様の“おもしれー女”枠に入ったということだろうか。


(ま、いいか!)


 彼は私の光魔法に興味があるだけなのだ。深く考えずにギディングス家へのおうち訪問を楽しめばいいだろう。それに、彼の研究に付き合っていれば、私もローマイア領のために役立つ魔法を身に付けられるかもしれない。




「セレスティナ、あなたご実家に手紙は送ったの?」


 登校してきたフロレンシア様は真っ先に私の机に来てそう問いかけた。アロイスの件の真偽を確かめる手紙のことだろう。


「昨夜とりあえず書いたので、授業が終わったら出そうと思ってます」

「転送機を使うわよね?」

「てんそうき……?あの、普通に街に行って商人にローマイア領まで届けてもらうよう頼むつもりですが」

「そんなの何日かかると思ってるの」


 フロレンシア様は呆れたように言った。ローマイア家は北の果てなのだ。どんな手段を使おうが、物を届けるのに二週間かそれ以上はかかるだろう。

 転送機というものは初めて聞いた。王都では当たり前なのだろうか。


「フロレンシア様。恐らくセレスティナ様は転送機をご存じないのですわ」


 見かねたように助け舟を出してくれたのは隣の席のロミルダ様だった。


「転送機を知らない……?そうなの、セレスティナ」

「は、はいっ!分かりません!」


 私は食い気味に頷いた。フロレンシア様は目を見開いている。


「無理もありません。私の親戚も知りませんでしたもの。家族に魔力持ちがいなければ、馴染みがなくともおかしくないですわ」


 どうやら転送機とは魔力を使うものらしい。それならローマイア家に使いこなせる者はいない。家に魔力もちはいないのだから。


「そう、悪かったわね。それなら教えて差し上げるわ。授業が終わったら手紙を送りましょう」

「有難うございます!」


 彼女は本当に優しい。転送機がどんなものか教えてもらうのが楽しみだ。


 その後は、ロミルダ様以外の令嬢たちとも話せるようになった。


「セレスティナ様とお呼びしてもいいかしら」

「はいっ!嬉しいです」


 フロレンシア様の友人である彼女たちは素敵な令嬢たちだった。なんだか色々とうまくいきすぎていて逆に不安になる。


(あ、フロレンシア様にギディングス様のことお伝えするの忘れてた)


 ギディングス様の家で光魔法の研究をすることになった件をフロレンシア様に話せなかった。彼女はギディングス様を良く思っていないようだから、不快に思われるかもしれない。


(でも決まってしまったことだし仕方ないわね。手紙を送るときに話してみよう)


 そのように結論付けたところで、アイマー先生が教室に入ってきたのだった。




 今日の授業が終わり、フロレンシア様と一緒に転送機が設置されている部屋まで歩く。その部屋は学園の中にあるという。

 転送機とは、物を指定した場所に一瞬で送ることができるものらしい。


「魔力さえあれば誰でも使えるわ。手紙程度なら大した魔力量は必要ないの」

「ローマイア領まで一瞬で手紙を送れるということですか」


 もしそうなら驚きだ。常識がひっくり返るような機械である。


「えぇ。あなたの家にもあるはずよ。貴族の家には設置の義務があるもの」

「そうなんですか!」


 一体あの家のどこにあったのだろう。誰も発動できないのに。まさに宝の持ち腐れだ。


「魔力判定の結果や、魔法学園の案内は転送機で届いたはずよ。恐らく子爵が管理しているんじゃないかしら。王都から貴族家への連絡は転送機を使うことが多いらしいから」

「あ。確かに、魔力判定の結果はすぐに来ていました……」


 あの頃は詰め込み教育が大変だったので深く考えていなかった。届けられた物を受け取るだけなら、魔力は必要ないということらしい。

 そこまで広くない部屋に入ると、机の上に美しく装飾された箱のようなものが置いてあった。高価そうなものなのに、鍵もかかっていない部屋にちょこんと置いてある。生徒は本当に自由に使っていいようだ。


「この上に手紙を置くのよ」

「分かりました」


 私は昨夜勢いに任せて書いた手紙を箱の上に置いた。アロイスの発言について記し、本当に私の知らないうちに婚約が決まったのかを問う内容だ。感情に任せて書いてしまった。夜に書き物をするべきではない。冷静になるとこれを家族が読んだらどんな反応をするかちょっと怖くなってきた。


「じゃあローマイア家の座標を設定するわ。領主館は全て設定できるようになっているはずよ。えっと……あった。これね」


 棚に置いてあった貴族年鑑のような本に、座標が乗っているらしい。箱の横に魔石が置いてあるので、それを触ると座標が指定できるようになるという。

 言われるがままに魔石に魔力を送り、箱から浮かび上がる文字に従って座標を指定する。


「そうそう。後は発動すれば手紙が転送されるわ」

「あっ、消えました!すごい!」


 もうローマイア家に届いたのだろうか。不可思議な箱だ。どういう仕組みか分からないが、目の前で見るととても面白い。何度でも使いたくなりそうだ。


「便利ですね。フロレンシア様には身近なものだったのですか」

「そうね。自分では魔力判定からしか使ってないけど、家族は皆使っていたから」


 王都の貴族たちは当たり前のことなのかもしれない。きっとギディングス様もそうなのだろう。


「そういえば、今朝ギディングス様から光魔法の事で声をかけていただきました」

「あら。何て言っていた?」


 フロレンシア様の声がワントーン下がる。ものすごく言いづらい。


「光魔法の研究がしたいからと週末にギディングス家に招待いただきました。妙な勘繰りを避けるためにクライバー様と一緒に」

「カイ様と!?」


 フロレンシア様はなぜかクライバー様に食いついたので私は目を丸くした。


「はい。あくまでギディングス様の関心は光魔法のようですので、クライバー様は見学というか、本を持参されるようですが」

「……私も行くわ」

「フロレンシア様も?」


 急にどうしたのだろう。でもフロレンシア様も一緒なら心強い。一人で乗り込むのは緊張すると思っていたのだ。


「あなたとオリバー・ギディングスがどうしているかもちゃんと見ておくけど、私はカイ様とお話をするわ」


 フロレンシア様はそう言うと頬を赤らめた。さすがに私も彼女がなぜ同行を申し出たかを理解する。可愛らしい。


「分かりました!では、ギディングス様には…」

「今から転送機で知らせるわ」


 そう言うと、彼女は鞄から紙を取り出し、さらさらと文章を書きだした。慣れた様子で転送機を設定すると、手紙は音を立てて消えた。


「ギディングス家の座標を覚えているのですか」

「そうね。オリバー・ギディングスとは腐れ縁なのよ」


 彼女はうんざりした様子で呟く。私とアロイスのようなものだろうか。あんな格好いい人との腐れ縁なら、ちょっと羨ましいな、なんて絶対に口に出せないことを考えてしまうのだった。





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