友達
目が覚めると、見知らぬ天井でした。
恋愛小説でよくある場面だ。実際に体験すると非常に混乱する。私は体を起こすと、部屋を見回した。
私はどうなったのだろう。光のテロを起こしてぶっ倒れたのは覚えている。誰かがここまで運んでくれたらしい。
「あら、目が覚めた?」
軽やかな声がしたので、そちらへ顔を向けると、ラングハイム様がいた。
「ラングハイム様?あの、ここは……」
「あなた魔力切れで倒れたのよ。ここは救護所。回復したみたいで良かったわ」
「魔力切れ、ですか」
あれが魔力切れだったのか。恐ろしい。意思と無関係に体が倒れ、そこから意識がない。確かに一人のときに起これば物凄く危ない。
しかしなぜラングハイム様がここにいるのだろうか。
「ラングハイム様が私に付き添ってくださったのですか?有難うございます」
「そんなの構わないわ。クラスメイトで同じ女だもの。ねぇローマイア様。私のことはフロレンシアと呼んで」
ラングハイム様の艶やかな白銀の髪が揺れる。綺麗な人だ。同じ女なのに、ドキドキする。
「はい、フロレンシア様。では私のことはセレスティナと」
「嬉しいわ、セレスティナ。ずっとあなたと話したかったのよ。ロミルダが先に仲良くなってしまうのだもの」
「ふぁ。わわ、私とですか?」
「えぇ。光属性で、しかも三属性も適性があるなんて素晴らしいわ。私の叔父も光属性だったから、それもあって」
光属性の魔術師が彼女の親戚にいるらしい。少し話を聞いてみたい。
しかし光属性も複数属性もそんなに希少なものなのか。良く分からない。努力して得た性質でもないのだ。
「ギディングス様は四属性ですよ」
私よりももっとすごい人が同じクラスにいる。何の気なしに言うと、フロレンシア様の表情が少し変わった。
「オリバー・ギディングス?あの男が四属性なんて……本当に忌々しい男」
「い、いまいましい……」
美人の罵倒は迫力がある。私は目を丸くした。彼女はギディングス様に好意的ではないらしい。
「あいつに騙されちゃ駄目よ。あの見た目と白々しい態度で周囲を味方につけているけれど、見た目通りの男じゃないの」
「そうなんですね……」
彼らは魔術師の名門家系だ。幼い頃から面識があるだろうし、きっと私には分からない因縁があるに違いない。私はギディングス様のことを良く知らないのだ。とりあえず首を縦にふる。私が同意したことに気を良くしたのか、フロレンシア様の口元は弧をかいた。
「ふふ。今日の授業は終わったのよ。一緒に帰りましょう」
私は頷くと、彼女に付いて外に出たのだった。
フロレンシア様と人気のない校舎を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。声の方へ顔を向けると、アロイスだった。彼は空教室で数人の男子生徒と話していた。
「お前の婚約者三属性って本当かよ!」
「可愛い上に魔術師として成功間違いなしとか最高じゃん、羨ましいなぁ」
この学園に三属性は私しかいないはずだ。私の話だろうかと思ったものの、私には婚約者はいない。
フロレンシア様は立ち止まると、柱の陰に私を引っ張った。彼らの話を盗み聞きするつもりらしい。
「あいつが俺に惚れ込んで仕方なく婚約したんだよ。馬鹿で金もないが魔力があるからな。まぁしょうがない」
アロイスが言った。彼は誰の話をしているのだろう。アロイスに婚約者などいたのだろうか。初耳だ。
「でもAクラスだし、家に金がなくても三属性のあんなに可愛い子だったら言う事ないだろ!しかもお前に惚れ込んでるなんてさぁ」
「所詮田舎子爵家の三女だぜ?令嬢らしくないし、しかも嫉妬深いんだよ。面倒くさい。まぁばれないように遊ぶけどな」
「おまえサイテーだな!かわいそ、セレスちゃん」
ぎゃはは、と大きな笑い声が立つ。
これは一体どういうことだろう。
Aクラス。金がない。田舎子爵家の三女。三属性。セレスちゃん。
それらの特徴に当てはまるのは、どう考えてもセレスティナ・ローマイア——私、しかいない。
(私、アロイスと婚約してたの?嫉妬深い?私が惚れ込んで?そんなことあったっけ?)
私が知らないうちにそんな話が進んでいたのだろうか。しかし家族からは婚約の話などなかったはずだ。魔力判定以降それどころではなかったし。
(馬鹿って、言った……)
どうして、そんなことを言うのだろう。アロイスたちはそれからも、下品な話をして大声で笑い合っている。
「セレスティナ、行きましょう」
フロレンシア様が小さな声で私に促すと、彼女は私の手を引いてこの場から連れ去ってくれた。
「セレスティナ。あなた、あの男と婚約していたの?」
人気のない場所まで来て、ベンチに座ると、フロレンシア様は私に問いかけた。
「そんな話は聞いていません。彼は私と違って貴族社会に精通しているので、家族からは彼の言うことをちゃんと聞くようにとは言われてはいましたが……」
「ふうん……」
フロレンシア様は思案気に眉を寄せた。
なぜアロイスはあんなことを言っていたのだろう。私のことを馬鹿だとか、面倒くさいだとか、ひどいことも言っていた。両親に頼まれたから私のお守をしていただけで、本当は私をそのように評価していたのだろうか。
幼馴染として仲良くしていると思っていたのは自分だけだったのかもしれない。
「あなたがあの男に好意を持っているというのは?」
「幼馴染ですから、そういう意味では親しみを持っていました。学園に入ることが決まって不安だったときも、アロイスの存在は心強かったですが……その、異性として見たことはありません」
私の答えを聞いてまたフロレンシア様は考え込んだ。しばらくの沈黙の後、彼女は私に向き直った。
「セレスティナ。まずあなたの実家に事の真偽を確かめなさい。あなたが知らない間にあの男と婚約してないかを聞くの」
「は、はいっ」
「そして、明日から私と一緒に行動しましょう。万が一あの男が来ても私がいれば近づけないわ」
フロレンシア様は名門侯爵家の令嬢で、なんちゃって令嬢な私と違って本物のお嬢様だ。本当に彼女に甘えて良いのだろうか。
「あの、よろしいのですか?私は田舎の子爵家出身で、しかも三女です」
「何を言っているの。入学式のとき校長も言っていたでしょう。学園では身分は関係ないわ。私はあなたと仲良くなりたいと思っている。それ以上に理由は必要ないのよ」
そう言ってフロレンシア様はほほ笑んだ。
アロイスが、校長の言葉は建前だと言っていた。でも、今は彼よりもフロレンシア様の言葉を信用したい気持ちだった。
「ありがとう、ございます……フロレンシア様」
先ほどの出来事で落ち込んでしまいそうだが、彼女と親しくなれそうなことは嬉しい。とても嬉しい。涙がにじみそうである。
そう。きっとこれは、やっと友達ができそうなことを喜ぶうれし涙なのだ。
フロレンシア様は私が落ち着くまで、ずっと隣にいてくれた。私はどうやら、クラスで一番綺麗で優しいお友達ができたようだ。