暖かな家
学園が始まった。
あれから両親はローマイア領に帰り、私は寮に帰った。次に両親に会えるのは卒業してからだ。
学園に戻ると、アイマー先生や校長など、多くの教師から神妙な面持ちで実習の件についての謝罪を受けたので私は慌ててしまった。
「ローマイア。本当にすまなかった」
「無事だったのですし、あれはデニス様のせいですから」
「それでも、俺たちが事前に魔物に気付くべきだった」
本当に先生に憤りは持っていなかったのだが、それで気が済むのならと私は彼らの謝罪を受け入れた。
学園の日々は、以前と殆ど変わることなく過ぎていく。
放課後はオリバー様と過ごし、週末は以前と同じように四人と過ごす。令嬢たちと街に出かけたり、ラングハイム家で侯爵一家と食事を共にすることもある。
フロレンシア様から「私たちっていとこ同士なのね」と満面の笑みで言われたときは、その事実に思い当たらなかった自分に驚くとともに、なんだか嬉しくなった。フロレンシア様と友人だけではない繋がりを持てることが幸せだと思う。
カイ様とフロレンシア様はとても仲睦まじい。カイ様が本当にフロレンシア様を大事にしていて、見ていて恥ずかしくなる時もある。一度その感想を彼に言ったら、「君らにだけは言われたくないよ」と呆れたように言われてしまった。
「ギディングス家の後継に決まって、どう思ったのですか」
「まぁ、オリバーがその道を選ぶかもしれないのは知ってたよ。王都で話してたからね。でもいざ決まった時はやっぱり驚いた」
気になっていたことを聞いた私に、カイ様はふふっ、と笑った。
「正直、こいつ馬鹿なのかなと思ったよ。でも、オリバーの顔が清々しかったから、こいつにとっては正しい道なんだなって。俺にとっては幸運だよ。すんごい大変だけどね」
カイ様はギディングス侯爵とも上手くやっているようだ。俺より仲が良いんじゃない、とオリバー様は少し複雑そうに苦笑した。
私たちの顛末は多くの人の知るところとなっていた。
オリバー様が全てを捨てて私を選んだことは驚きを持って受け止められていて、愚かなことだと断じる人もいる。
「本当に、劇の話みたい」
「二人とも複数属性の魔術師なのだから、確かに家門の力がなくとも困ることはないわよね」
クラスメイトたちは出会ってからの私たちの様子を知っていたので、かなり好意的だ。
「まぁ、あの時の決断は……私も評価するわ」
いつもオリバー様に厳しいフロレンシア様も、実は彼を心配していたのは知っている。私は自然と笑顔になる。
そんな風に残りの学園生活は過ぎていった。
◆
ローマイア領という北の果ての領地が、近頃王都で話題らしい。
「それは、屋内での作物の栽培が成功した話?また出たっていう俺たちがモデルの小説の話?俺が発表した魔道具の話?」
「全部らしいですよ」
「へぇ、そうなんだ。ティナ、いつになったら君は俺に敬語をやめてくれるんだろうね。もう子どもも生まれるっていうのに」
「だって、今さら無理ですよ……」
私が大きなお腹をさすりながら答える。彼は愛おしそうに目を細めた。
王都では私たちの話が話題になっているらしい。フロレンシア様が手紙で色々と報告してくれている。ギディングス侯爵夫人となったフロレンシア様にも、小さな命が宿ったというとりわけ嬉しい報告を読み、私は小さく喜びの声を上げた。
妊娠するまでは空を飛んで頻繁に彼女の元へ遊びに行っていたが、今はオリバー様が家に設置してくれた転送機を使って連絡を取っている。私とオリバー様が空を飛ぶ姿は多くの人に目撃され、それも人々の話題の種になっているようだ。
「もう雪解けが近そうだね。またトビアスかお義父さんが来るだろうなぁ」
オリバー様は窓から外を見て、どこか嬉しそうに呟いた。
「ふふっ。そうですね。でも少し寂しいです。冬ごもりの間、こうしてオリバー様とずっと二人きりで過ごせるのも楽しかったから」
彼は私を優しく包むように抱きしめる。雪が降る前は、こんなに静かに二人だけで過ごすことなどなかったのだ。
「そうだね。俺もティナを独占できるのは嬉しい」
オリバー様はゆっくりと私のお腹を撫でた。
「ここに俺と君の子がいると思うと、とても不思議な気分になる。俺は良い父親になれるだろうか。でも、君の子ならきっと可愛いと思えると思うんだ」
オリバー様がどこか切実に、願うようにつぶやいた。私は愛しい旦那様の頬に手を添える。
「こんなに私を大事にしてくれる旦那様なんですから、絶対に大丈夫ですよ」
窓の外は、はらはらと小さな雪が降っていた。
私たちの赤ちゃんは男の子か、女の子か。どちらでもきっと可愛い。両親も兄様も既に嫁いだ姉様たちも、この子の誕生を心待ちにしてくれている。
暖かくなったら、オリバー様とこの子と一緒に、見晴らしの良い丘に行こう。そこに眠る二人の本当の名を刻んだ墓標の前で、彼らの孫が生まれたことを報告するのだ。
オリバー様はにっこりと笑うと、私を楽しませるために水の花を出した。私はその花に色とりどりの光を灯す。
あの日初めて見た彼の美しい魔法は、今も変わることなく私を魅了するのだ。
◆
辺境に住む魔術師夫婦の家には、家族のためにいつも暖かな光が灯されている。沢山の笑い声と共に。
〈了〉
これにて完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
とても思い入れ深い作品となりました。
活動報告で本作品について語っていますので、よろしければご覧ください。




