王都へ
またまたお待たせいたしました。
今日最終話まで四話投稿します。
両親と私たちとデニス様は王都へ向けて出立した。大きな問題もなく馬車は進んでいく。デニス様も足を骨折した上に魔力を封じられているため、大人しくしている。
王都までは長い道のりだが、オリバー様とは離れている間の話や学園の話題など、沢山話すことががある。
ギディングス家とラングハイム家の間で婚約に関する魔法誓約がなされていたという話も聞いた。彼がフロレンシア様との婚約を回避するには身分を返上するほかに方法がなかったという意味が初めて理解できた。
(彼とこうして一緒にいれるのは、本当にありがたいことなんだわ)
オリバー様とずっと一緒に話していたからか、いつもよりも王都に着くのが早く感じた。
馬車が王都の門をくぐる。ローマイア領に帰った日から、久しぶりの王都だ。あの日とは全く違う気持ちで、この華やかな街に戻ってくることができた。
「思ったより早く着きましたね」
「うん。良かった。とりあえず兄だね」
馬車はデニス様を収監する監獄に向かう。監獄に着くと、獄吏がやってきた。デニス様を馬車から下ろし、引き渡す。
デニス様の罪状は、トビアス兄様への暴行未遂。私への殺人未遂。魔物取引の集団へ便宜を図った罪。これから彼の罪についての量刑が決められることだろう。彼は既に侯爵子息の身分ははく奪されている。きっと、重い量刑になるはずだ。
(禁止魔法については、結局表沙汰にならなかったのよね)
オリバー様が被害を告発しなかったし、デニス様もその事には言及しなかったから、あれだけオリバー様を傷つけたのに、その件については裁かれない。正直納得しきれない部分はあるが、オリバー様がそれで良いのなら私が口を出す領域でもないのだ。
オリバー様はデニス様の禁止魔法について秘匿することで、何かを守っているようにも思えた。彼が守っているのはギディングス家かもしれないし、別の何かなのかもしれない。
獄吏に引き渡されたデニス様は周囲を見渡すと、私に呼びかけた。
「セレスティナ・ローマイア」
彼に声をかけられると思わなかった。予期せぬ事態に驚いてしまう。彼の目を見ると、以前のように暗く濁ったものはなくなっていた。オリバー様がぱっと私の前に立つ。
「彼女に近付かないでください」
「はっ。えらい変わりようだなオリバー。お前がそんな風になるとはな。女のために全部捨てるとか、お前どっかおかしいんじゃねぇの。自分に酔ってんじゃねえぞ」
「何とでも言ってください。あなたとはもう会うこともないでしょうから」
デニス様は悪態をつきながらも、以前のようにオリバー様への憎しみに囚われているようには見えなかった。私が意外な思いでその光景を見ていると、デニス様は私の方を向いた。
「悪かったな」
「え」
「お前を狙うのは筋違いだった」
デニス様はそれだけ言って、私の返事も待たずに獄吏に腕を借りて監獄の門をくぐる。
彼がしたことは到底許せないことだ。あんな一言の謝罪で帳消しになどできない。でも、私が持つ印象とはあまりに変わったデニス様に、どこか私も拍子抜けしてしまう。
「俺も嫡子じゃなくなったと伝えてから、兄はどっか毒が抜けたみたいになった」
「……そうですか。元々はああいう人なんですね」
「うん。仲は良くなかったけど、殺し合うような間柄ではなかったよ。まぁ今も俺のことは嫌いだろうけどね」
オリバー様はそう言って、ゆっくり進むデニス様の後姿をずっと眺めていた。
再び馬車に乗ると、次はラングハイム家に向けて走りだした。フロレンシア様とは親しくしていたが、ラングハイム家へお邪魔したことはない。いつも週末集まるのはギディングス家だったから。
「あぁ、何だって俺がラングハイム家みたいな大貴族の邸宅へ……」
「今さら何を言っているのよ」
同じ馬車に乗るお父様が緊張のためか震えていた。ローマイア家は魔力持ちがいない弱小貴族だったので、高位貴族の方々との交流など殆どない。そもそもが派閥とも無縁の家だ。
そうこう言っている間に、馬車はラングハイム家に到着した。
(どうしよう。フロレンシア様にお会いするのも久しぶりだし……実の父のことを知るのも少し怖い)
私も、いざその時になると心臓がきりきりと痛み出す。オリバー様がそんな私を心配そうに見た。
「大丈夫?ティナ」
「は、はい」
お父様とお母様が最初に降りて、私もオリバー様にエスコートされて馬車を降りる。壮麗なラングハイム家の邸宅を見ると、そこにはラングハイム侯爵夫妻と思われる二人と、フロレンシア様が立っていた。
お父様とお母様が侯爵夫妻と挨拶を交わし、オリバー様と私も夫妻に挨拶をする。夫妻はフロレンシア様と良く似た容姿と雰囲気を纏った方々だった。夫妻は私を驚いたようにじっと見つめる。
「似ている……!」
「驚いたわ。こんなことが」
私がどうすれば良いか分からずに夫妻の隣を見ると、フロレンシア様が私を見ていた。フロレンシア様は私に駆け寄った。
「セレスティナ」
「フロレンシア様!」
フロレンシア様はその瞳から涙をこぼれさせた。
「あなたに連絡ひとつ寄こさなかったこと、謝るわ。ごめんなさい」
フロレンシア様の様子から、彼女がずっと私を気にかけてくれていたことが伝わってくる。私はぶんぶんと首を横に振った。
「それは私も同じです。フロレンシア様に言ってはいけないことを言ってしまいそうで怖かったのです」
「何を言ってくれても良かったわ。私は狡くて、あなたに罵られても仕方なかったのよ」
「そんなことはありません。フロレンシア様はずっと私を心配してくださっていました。フロレンシア様に悪いところなんてないです。私だって、オリバー様が決断して下さらなければ、きっと今もフロレンシア様に声をかける勇気も持てませんでした」
フロレンシア様は隣に立っているオリバー様を見た。
「分かってはいたけど、あなた本当に、この男が好きなのね……」
「どういう意味だよ」
「ちょっと、入ってこないでよ。せっかくセレスティナと久しぶりに話しているのに。相変わらず空気が読めない男ね」
「あのさぁ、君もいい加減そのずけずけ言うのやめた方がいいんじゃない?」
「ずけずけとは何よ」
以前と全く変わらない二人の軽快なやり取りにぽかんとしてしまう。離れている間も、きっとこの二人はこの調子で言いたい放題言い合っていたのだろう。何となく想像がついた。
「ふふっ……何だか嬉しい」
「え?」
「お二人とまた、こうして過ごせそうなことが、とても嬉しいです」
フロレンシア様とオリバー様に声をかけて貰ってから、私の学園生活はとても楽しいものとなったのだ。私がフロレンシア様に微笑みかけると、彼女は私の手を取った。
「私もよ。また沢山話しましょうね」
二人で手を取り合ったところで侯爵夫妻に促され、私たちは屋敷の中へ入っていった。




