報告
オリバー様と手をつないで、屋敷まで歩く。彼はとても愛おしそうに私を見るので、くすぐったいような気持ちになる。
「オリバー様。フロレンシア様はお元気でしたか」
フロレンシア様の話になると、彼は少し気まずそうな顔になった。
「元気じゃないかな?実は実習の後から、彼女とは喧嘩ばかりだったんだ。昔からフロレンシア嬢は俺と結婚したくないって言ってたけど、より俺にきつくなってさ……」
「フロレンシア様は、オリバー様に……何と言うか、当たりが強いですよね」
「そうなんだ。昔から、なんか俺に腹が立つみたいでさ。でも今回は特に、ティナのことで俺を許せなかったみたい」
私は首をかしげた。私のどんなことで、フロレンシア様は怒っていたのだろう。
「俺がティナにちょっかいをかけたから、せっかく君と仲良くなれたのに、友人関係を続けられなくなったって。しかも兄が魔物をけしかけたりして危険な目に遭わせたから。本当に君を心配して、俺に怒っていた」
「フロレンシア様……」
いつだってフロレンシア様は優しくて、私の味方だった。彼女に会いたい気持ちはずっとあったけど、みっともなく彼女に嫉妬してしまいそうな自分がいて、手紙も書けなかった。
「彼女に、会いたい?」
「はい……」
私は頷いた。今は素直に、フロレンシア様に会いたいと思う。沢山話がしたいと思う。
「やっぱり俺の一番のライバルはフロレンシア嬢だな」
オリバー様はそう言うと、私の手を握り直した。
「セ、セレス!て……手!なんてことだ……」
私たちが会議室に戻ると、私たちを見て立ち上がったお父様がこの世の終わりのような声を出した。そこで私は彼と手をつないだままだったことに気が付き、慌てて手を外す。
「あ、あの……お父様、お母様。みんな。その、私、オリバー様と……」
「待て!分かったから言うな!」
報告が必要だと思い、私が声を出すと、お父様は手を出してそれを止めた。
「皆さん。俺とティナの結婚の許しを頂きたいです」
「言うなって言ったじゃないですかぁ!!」
オリバー様がさらりと言ったので、お父様は涙声で抗議した。
「子爵、すみません。……学園を卒業したらローマイア領に戻ります。結婚をお許し頂ければ、領主館の近くに二人で住まいを構えたいと思っています」
先ほど二人で考えた今後の話を彼が言うと、お母様とお姉様たちは嬉しそうに手を叩いた。お父様は難しそうな顔をして、唸るように言った。
「セレスは、あなたが良いんでしょう。あなたも、セレスを大切に思って下さっているのは分かります。えぇ、良いでしょう。ただし、あなた方の事情でまたセレスを危険に晒したら許しませんよ」
オリバー様はお父様に頭を下げた。
「子爵、感謝します。必ずお嬢様を大切にすると約束します」
「お父様……!ありがとうございます!」
私は許しを得られたことが嬉しく大きな声が出てしまう。そんな私を見て、お父様はまた寂しそうな顔をして座り込んだ。トビアス兄様は複雑そうな表情だ。
「セレス、本当に良いのか?」
トビアス兄様が言った。兄様には本当に心配をかけた。兄様が手放しで喜べないのは理解できる。
「はい。私、オリバー様以外の人は駄目だと思います」
私がそう答えると、トビアス兄様は頷いた。
「そうか……」
「トビアス。俺が不甲斐ないせいでティナを傷つけたのは事実だ。これからは、もうティナを傷つけたりしない。誓うよ」
トビアス兄様はオリバー様を見据え、じっと見つめた。
「俺は正直、まだあなたを信用しきれません。でも、セレスがとても嬉しそうにしているから、セレスにはあなたが必要なんだろうとも思います」
兄様は私を見た。
「セレス。お前の部屋は結婚してもずっとそのまま置いておくから。いつ戻って来ても大丈夫だぞ」
「ふふ、兄様は本当に心配症ですね」
「トビアス……」
兄様の発言に私は思わず笑ってしまう。オリバー様は参ったように頭に手を置いた。様子を見ていたクリスタ姉様は、はははっと声を上げて笑い出した。
「本当に、兄様はセレスの父親みたいなんだから!」
「でも兄様が心配するのも分かるわぁ。オリバー様は確かにとっても顔面が良くて見てる分には眼福だけどね。本当にここで生活できるの?セレス。泣くようなことがあれば躊躇せず私のところに来たらいいわ。セレスなら彼も歓迎するし」
ユリアーナ姉様がにっこり笑って言った。もうすぐユリアーナ姉様は隣領に嫁ぐ。姉様の夫になる人は私も良く知っている人だ。
「あなたたち、それぐらいになさい。旦那様が認めているし、何よりセレスが選んだ人なんだから受け入れましょう」
お母様は姉様達をたしなめると、オリバー様に向かいじっと彼を見た。
「オリバー様。セレスは私たちの大切な家族です。どうか……よろしくお願いします」
お母様がオリバー様に頭を下げる。オリバー様はどこか感じ入るようにお母様を見ると、ゆっくりと体を曲げた。
「誰よりも何よりも、彼女を大切にします」
オリバー様が口にした言葉に、場の空気はどこか柔らかくなったのだった。




