決着
「オリバー、お前今何て言った?」
「あなたが俺に勝てないと言いました」
「お前ぇぇえ!!」
逆上したデニス様が滅茶苦茶に魔法を連発する。ギディングス様は難なくそれを交わし、無力化しながらデニス様に近付いていく。
「ようやくあなたを捕まえられる。こそこそと隠れて、いい迷惑です」
「殺す、殺す、殺す!」
「だから言ってるでしょう。あなたは俺には勝てないですよ」
ギディングス様は大きな水でデニス様を全身包んだ。デニス様は水中でもがいている。水はどんどんと空中へと持ち上がっていく。
「このまま引導を渡したいところですけど、それも駄目らしいですから」
身長よりも高いところで水は消失し、デニス様は凄い勢いで地上に叩きつけられ、嫌な音がした。デニス様は苦痛に顔を歪め、ゲホゲホと水を吐いている。
「げほっ……ぐっ……」
「多分、骨、何本かいきましたね?また逃げられると厄介ですから、手間が省けて良かったです」
ギディングス様はデニス様の胸倉を掴むと、持ち上げた。
「あんたには、ずっとこれをお見舞いしたかった」
そう言ってギディングス様はデニス様の顔面を拳で殴った。一発、二発と殴ると、デニス様は気を失ったようだ。ギディングス様はまたもう一発デニス様を殴ると、乱雑に地面に落とした。
これは、もしかして死んでしまったのでは、と思いデニス様を確認すると、まだ息はあるようだった。私は予想外のギディングス様の行動に目を丸くする。魔法ではなく物理で決着をつけるとは思わなかった。
ギディングス様は何かの輪っかを取り出すと、デニス様の首にそれを取り付けた。
「それは……?」
「魔力を奪う魔道具だよ。重罪人や危険人物の魔術師に付ける。兄は魔力が戻ればまた禁止魔法を使うかもしれないし、借りてきた。あれだけ魔法で暴れた後だし、そんなに魔力残量もないだろう。これを付けてたら、当分目を覚まさない」
「なるほど」
ギディングス様は私を見て優しく目を細めた。
「ティナ、君の家族は無事だよ。さっき見つけて保護したから」
「ほ、本当ですか……!ありがとうございます!どこに!?」
「君の畑のところ」
私はすぐに走りだす。彼も私の後をついているようだ。走りながら、疑問が頭をもたげた。
「なぜ私の畑をご存じなのですか?」
「何でだろうね?」
良く分からないが、とりあえず私は家族の元へ急いだ。
私の畑の傍らの小屋を開けると、そこに家族と使用人たちがいた。
「セレス!無事だったか」
「みんな!良かった……!」
家族たちは怪我もなく元気そうだった。私は安心してへたへたと座りこむ。
デニス様は派手な魔術で脅しながら使用人や家族を呼びよせ、ひとところに集め、土魔法で拘束したらしい。
拘束されていた彼らをギディングス様が見つけ、解いてくれたという。しばらくここから動かないようにと言った上で。
私は実験のためカーテンを閉めた隅っこの部屋にいたため、なかなか外の変化に気付けなかった。
「派手な炎が見えたので、申し訳ありませんが勝手に敷地内へ入りました。兄が事を起こしたと思い……」
ギディングス様がお父様に言った。お父様は慌てたようにかぶりを振る。
「緊急事態ですから、もちろん構いません。ギディングス様がおられなければどうなったことか。助けていただき有難うございました」
その場にいたみんながギディングス様に頭を下げた。お父様は私に体を向ける。
「すまなかった、セレス。みすみすお前を一人にした」
「いえ、あの方は危険な人ですから。……本当に無事でよかった」
わざわざ家族と使用人を集めるなんて、私を始末した後に、彼らに何らかの危害を加えるつもりだったのかもしれない。私はぶるりと震えた。
トビアス兄様は立ち上がると、ギディングス様に向かい頭を下げた。
「ギディングス様。私は散々あなたに無礼を働いたのに、助けて下さって有難うございました」
「いえ。ティナがあなたたちを大切に思っているのは知っていましたから、助けるのは当然です」
さらりとギディングス様が言う。またこういうことを言うのだ、この人は。私は口を真一文字に結ぶ。
「それに、俺はもうギディングスじゃありません」
「……え?」
私は彼の言っている言葉の意味が理解できず問い返す。
「ギディングス家の嫡子は今、カイになっているはずです」
「えぇ!!」
ギディングス様以外の面々が、声を揃えて叫んだ。
ひとまず屋敷に戻ろうということになり、小屋からみんなで移動する。途中で転がっているデニス様を拾い、彼は罪人を留め置く牢に繋ぐことになった。使用人たちがデニス様を担いでいる。
「ギ……オリバー様。本当にこいつは魔法を使えないんですね?」
「あぁ。あの首輪が付いている限りは大丈夫。前の脱獄は、首輪をつけてなかったから起きたことだ。牢番の精神をちょっとずつ誘導したらしい。禁止魔法は膨大な魔力を使うから、あれさえ付けとけば絶対に発動できない」
ギディングス様が敬語で話そうとするので、トビアス兄様はひたすら止めて貰うよう彼に頼み、前と同様の話し方となった。
ギディングス様が言うには、彼は魔力のある平民と同様の立場になったらしい。学園を卒業すれば、ただの魔術師として生きていくとのことだ。
(信じられない。こんな平民がいる訳ないじゃない)
前を歩くギディングス様を見ていると、彼が私を振り返った。嬉しそうに目を細めるので、私の心臓が跳ねる。
(やっぱり、格好いい。顔が良い……)
彼が美形で強くて完璧な人なのは否定しようのない事実である。
なぜ彼は平民になったというのだろう。疑問が無限に私の頭を占拠する。
屋敷に着くと、お父様がそのまま集まるようにと言ったので、みんなで会議室へ入った。全員が席についたのを確認してお父様が話し出す。
「とりあえずデニス・ギディングスは今牢に入れてるから、後で王都に連絡をする。あいつの輸送については……」
「俺が連れて帰ります。できれば馬車と、兵を何人かお借りしたいのですが」
ギディングス様が手を挙げた。お父様が頷く。
「それはもちろん構いません。ではよろしくお願いします」
デニス様の処遇について決まると、全員の視線がギディングス様に向かう。ギディングス様はそのことに気が付いたのか苦笑した。
「はは。気になりますよね。俺が嫡子決定と発表されていたのにと。……俺は兄の後始末だけをして、もう家は継がないことにしたんです。カイも承知してくれました」
「それでは、その……ラングハイム嬢との婚約は」
トビアス兄様が遠慮がちに聞いた。
「カイがギディングス家の嫡子となるから、カイとフロレンシア嬢の婚約ということになるだろうね」
何でもないことのように彼は言う。私の手は震えてきた。
「なぜ、カイ様が」
「クライバー家はうちの親戚で、分家筋にあたる。カイは魔力も多いし、頭も良い。あいつならギディングス家の当主に相応しい。クライバー家には下に弟妹もいるし、問題ない」
「そういうことではなく、なぜギディングス家の子息であるあなたでなくカイ様に……!」
「ティナ、カイのこと、名前で呼ぶようになったんだね」
話の本筋と全く関係のない話をされ、私は停止した。
「へ?」
「カイのことは家名で呼んでたよね。何で今になって?ここでカイと仲良くなった?あいつ、前からティナのこと可愛いって言ってたしな」
以前のような勢いで私に話す彼に、私は圧倒される。
「まぁセレスが可愛いのは事実ですからね……大抵の男は好きになるんじゃないですか」
「クライバー様もセレスのこと、最初家名で呼んでたのに途中からセレスティナ嬢って呼んでましたよ。二人で仲良く話してるのも良く見ましたわぁ」
トビアス兄様とユリアーナ姉様が煽るように言う。ギディングス様は笑顔のままだが周囲の温度が低くなった。彼は私をじっと見つめ、おもむろに私の手を取ったので、私はぎょっとした。
「ティナ、君に話したいことがある」
ギディングス様がそう言ったと同時に、お父様がガタンと音を立てて立ち上がった。
「……セレス。に、庭にでも行って、彼と二人で話して来たらどうだ?ん?」
「はい?」
「娘の、そういう場面は見たくないだろう!普通に考えて!俺は父親だぞ!」
「まぁちょっと、居たたまれないわよね」
両親が言っていることの意味がしばらく理解できずにぽかんとしていると、ギディングス様がにっこりと笑って両親に礼をした。
「娘さんを、お借りします」
「えぇ。い、いいですか!話すだけ、ですからね?」
お父様が物凄く嫌そうな顔をしながら人差し指を立てて念押しする。
「無論、そのつもりです」
ようやく両親が何を言っているかを理解すると、私は頬を赤くした。ギディングス様がそれを見て、嬉しそうに笑う。
「君の真っ赤な顔、久しぶりに見られた」
私が赤面するのがなぜ嬉しいのだろう。良く分からず、私は更に顔を赤くしてしまった。




