襲来
大変お待たせいたしました。投稿再開します。
屋敷の中だけで過ごして、数日が過ぎた。
私は太陽の光がなくても作物が実るかどうかの実験を進めている。
まず大きめの器に土を盛り、苗を植えてみた。屋敷の隅の普段使っていない部屋にそれらを並べて、光魔法を当てる。部屋はカーテンを閉めて暗くして、本物の太陽が当たらないような環境にした。ギディングス様に当てていたほどの眩しい光ではなく、普段外で感じる程度の光に調整して発動している。その程度の照度なら、割と長時間出し続けていられることが分かった。
最初は魔力よりも集中力が先に切れてしまっていたが、部屋の中で本を読みながら片手間でも光を出せるまでになるころに、苗から脇芽が出ていることに気付いた。
「凄い。凄いわ!本物の太陽の光でなくても育つんだ」
もちろん水と肥料も必要だが、王都で光魔法の魔道具を作って貰うことができれば、私がいなくても冬に食べ物を収穫できるかもしれない。学園に戻ったらアイマー先生に魔道具のことを聞いて、光魔法の魔道具が実現できるかも確かめてみよう。
私がそう心算していたとき、外から大きな物音がした。
「——っ!」
「なに?」
叫び声も聞こえた気がする。私は胸騒ぎがして、部屋を出た。実験の部屋は屋敷の隅にあるし、カーテンを閉め切っていたのであまり外の声が届かない。
廊下を進み、家族を探す。
屋敷は静まり返っていた。なぜか使用人も見当たらない。
「みんな、どこなの!」
屋敷中を回っても誰もいない。先ほどの物音は外から聞こえた。きっと外で何かあったのだ。私は言いつけを破り庭へ出た。
どくどくと、心臓の音が大きくなる。
(まさか、本当にここまで来ているの?)
あの不気味な人を思い返す。私を品定めするような目でじろじろと見ていた。あの人は正気ではないとトビアス兄様が言っていた。きっとギディングス様さえいなくなれば自分が当主になれるという考えに取りつかれ、手段を選ばなくなった時点で、もうどこかおかしくなっていたのだろう。
庭を出て周囲を見渡していると、ざっざっ、と足音が聞こえたので、音の方向へ体を向ける。
「久しぶりだな、セレスティナ・ローマイア」
声の主は、ぼろぼろの服を身に纏ったやせぎすの男だった。とても貴族には見えないその男は、私の良く知っている方と似た面差しをしている。
「デニス様……?」
彼はニタッと口元を歪ませた。
「俺はもうギディングス家から放逐されたしなぁ、様を付ける必要はないと思うぞ!」
そう言って、彼は突然大きな炎を出した。その炎は私にめがけて勢いよく速度を上げる。
「ひゃっ!」
私は反射的に体を横に反らせて炎をよける。あんな炎、直撃したらまず助からないだろう。
デニス様が炎を避けた私を見て舌打ちした。彼は私に明らかな殺意を抱いている。
「お前のせいだ。お前のせいだ。お前が、余計なことをするから!」
「あなたが当主になれなかったのは、私のせいではないわ!」
「もう少しだった。お前が余計な事をしなければ!大人しく喰い殺されていれば!」
彼は次々と炎を私に投げつける。私は風の壁を作りながらそれをよけ続けた。
デニス様の目は暗く濁っているように見える。ギディングス様にまとわりついていたあのモヤのように。
「私の家族を、どうしたのですか!」
「家族?ははは!魔力もない連中を家族と呼ぶのか、お前!」
彼は私をあざ笑った。何が面白いのだ。私は怒りがこみあげてくる。
「魔力なんてどうでもいいわ!ではあなたの家族は誰?ギディングス様……オリバー様はあなたの家族じゃなかったの!?」
ギディングス様の名前に、彼の表情は憎悪に歪んだ。
「家族だよ。同じ親から生まれ、同じ血が流れ、同じ家で育ち、魔力がある。だから切りたくとも切れない。だからこそ憎いんだろうが!」
「最後の最後に頼れる人が、家族でしょう。あの方を家族と言うのなら、なんであんな魔法をかけたの!」
「訳の分からんことを言うなよ、セレスティナ・ローマイア。お前に何が分かる。あんな魔法に手を出すしかなかった俺の、何が分かる!」
デニス様は背丈よりも大きな炎を出現させた。あれは流石によけきれない。私は風魔法を発動し竜巻を発生させた。
「はっ。お前、むかつく女だがオリバーが入れ込むだけはあるな」
やってくる炎に私の竜巻をぶつけて消していくが、デニス様は次々と炎を発生させる。
(連続はしんどい……!でもそれは、デニス様も同じはず)
魔法の応酬なら、私だって分が悪い訳ではない。私は三属性で、魔力は豊富な方だ。私は冷静に彼の魔法に対処する。
「お前、随分オリバーに惚れ込んでるみたいだけどな。あいつはフロレンシア嬢と結婚するんだぞ。分かってんのか?」
「知ってるわよ!」
「悲劇のヒロイン気取りか?フロレンシア嬢と自分を比べて悲しくならねぇのか!」
彼はぺらぺらと喋りながら、どんどん火を投げつけてくる。たまに岩も飛んでくる。彼はわざと私の神経を逆なでするようなことを言っているのだろう。精神面を乱れさせ、場を有利に進めようとしているのだ。
「分かってても好きなんだから、仕方ないじゃない!」
私は光魔法を発動させた。まばゆい光にデニス様がひるんだので、私はデニス様と距離を取るために走り出した。
「この……、クソ女がぁ!!」
「ひっ!!」
思ったよりも早く立て直したデニス様が、怒りの声を上げる。凄い速度の業火を渦巻いて私に向かってきた。私の光が彼の怒りを煽ったらしい。私は咄嗟に土壁を火の方向に作る。
(あ、これ、無理かも)
炎が強すぎて壁が耐えきれない。次の手も思い浮かばない。私は思わずぎゅっと瞳を閉じた。
(ギディングス様)
ギディングス様の顔が脳裏をよぎる。
最後に会った時に顔色が悪かったのが、ずっと気にかかっていた。フロレンシア様と仲良くしているだろうか。ギディングス様には笑顔でいてほしい。彼が優しく笑うと、それだけで嬉しいから。
身を固くしていても、土壁は崩れない。なぜか炎の気配も消えたので、不思議に思い恐る恐る目を開ける。デニス様の方へ目を向けると、デニス様と私の間に黒髪の青年が立っていた。
「な、んで」
たとえ後姿でも、彼を見間違えるはずはない。彼は少し顔を私の方へ向けると、笑った。
「もう大丈夫だよ、ティナ。兄は俺に勝てないから」
 




