挨拶をしよう
私は早起きだ。自然と目が覚めたので窓をみると、まだ外は薄暗かった。
ごそごそとベッドから下りると、自分で服を着て髪を整える。幼い頃から身支度ができるようにしつけられていたので、特に苦労することはない。食堂で朝食を取りおえると、もうすることがなくなった。
(部屋でのんびりしていても仕方ないわね。学園へ行こう)
そう決めて鞄を持って寮を出る。外の空気が気持ちいい。朝の空気が肌を撫でていく感覚に自然と口角が上がった。
寮と学園は隣の敷地だ。校舎へ足を運ぶが、誰ともすれ違わない。まだ殆ど生徒はいないようだ。
教室に入ると、既にギディングス様がいたので少し驚いた。彼も早起きなのだろうか。何やら難しそうな本を読んでいる。朝一で美青年に会えるとは幸運なことだ。
「おはようございます、ギディングス様!」
「あぁ、おはよう。ローマイアさん」
挨拶はしてもいいのである。私は今日も彼と言葉を交わせたことに満足すると、席について勉強することにした。
高位貴族の皆さまは魔力がある可能性が高いので、元々魔法教育を受けているらしい。私のように全く知識がなく、何もかもが付け焼刃な生徒はいないのだ。しっかりと努力しなければ、間違いなく付いていけなくなる。
静かな教室だと、不思議と集中できる。今日の範囲についてあらかた予習を終えるころには、教室に生徒が続々と到着していた。
ふと顔を上げると、ギディングス様の周りは囲まれていた。さすがにあの中に割って入って挨拶をする勇気はない。
(早く来たから挨拶できたのね。良かったわ。勉強もはかどるし。毎日早く起きて登校しよう!)
早速魔法の授業が始まった。授業の担当もアイマー先生のようだ。
授業内容は基礎的な知識についての話だったので、私は興味深く聞き入ったがAクラスの生徒達にとっては周知の内容だったらしく、退屈そうな態度の者が多い。
「知ってると思うが、魔力が発現するのはほぼ貴族だ。稀に平民にも出るらしいが、先祖に貴族がいる場合が多い。そういう事実から、魔法使いは血筋により継承されるのだろうと言われている」
先生は魔力について話してくれる。
「授業ではセオリー通り魔力操作をやってから、外で実践だ。既に習熟している奴もいるだろうが、ここは学園だからな」
Aクラスでも初心者向けに段階を踏んで授業をしてくれるらしい。私にとっては本当に有難いことだ。
「属性の判定もしたと思うが、魔力がある限り、別の属性魔法も発動自体は可能だ。ただ、消費魔力が尋常じゃないし、非効率だからあまりお勧めはしない」
それは知らなかった。私も火を出したりできるのだろうか。他の属性も興味があるし、珍しい魔法も使ってみたい気持ちはあるので少しワクワクしてしまう。
「お前たちはまだひよっこだ。くれぐれも一人で魔法を使って、人知れず魔力切れなんて事態を起こさないようにな。下手すると死ぬぞ」
急に不穏な単語が出たので、少しどきりとする。ローマイア家では教師がおらず魔法の訓練などできなかったので、魔力を使い切った経験はない。一体どんな感覚なのか試したい気もするが、安全な環境でないとかなり危ないことのようだ。
午前中の授業が終わると、皆昼食のため続々と教室を出て行っている。
何という事だろう。午前中、ほとんど言葉を発することなく終わってしまった。
ローマイア家にいたときは、いつも誰かとお喋りしていた。実家は家族や使用人たちなど、話し相手は事欠かないのだ。たくさん話して、笑って、動き回っていた。
(お友達、欲しい)
こればかりはどうしようもない。少しため息が出てしまう。
「セレスティナ」
聞きなれた声に顔を上げると、目の前にアロイスが立っていた。いつの間に来てくれていたのだろう。全然気が付かなかった。
「アロイス!どうしたの?」
「昼飯いこうぜ」
「クラスにお友達ができたんじゃないの?いいの?」
「そんな事気にするな。行くぞ」
彼に頼りきりではいけないと思いながら、誰かと話せるのが嬉しい。私は彼に付いて教室を出た。
昼食は食堂で食べることになった。食堂は多くの学生で賑わっている。とりあえず『今日のランチ』にすることにした。メニューは魚のソテーだった。
席について食事をとりながら、アロイスはBクラスの話を聞かせてくれたので、私もAクラスの話をしようとすると、彼は不機嫌そうにそれを遮った。
「授業内容は同じだろ。別にAクラスの話は聞かなくてもいい」
「そうなの?」
良く分からないが、彼はAクラスの話を聞きたくないらしい。じゃあなんでBクラスの話をしたのだろう。昔から彼は不機嫌になるとそれを態度に表すので、私は彼が不快に思う話はしないようにしている。
「そういえばお前、高貴な方々に不躾な態度は取っていないよな」
「うん。挨拶以外誰とも話してないわよ。本当、退屈」
「話がしたければ俺のところに来たらいい」
「ふふ。ありがと。まあ退屈で死んじゃいそうになればね」
私がそう言うと、彼は口元を緩めた。何だかんだでアロイスは面倒見がいいのだ。
昼食を終えてアロイスと食堂を出る。廊下を歩いていると、黒髪が見えた。ギディングス様だ。彼は男子生徒と二人で歩いている。これなら挨拶してもいいだろう。
「ギディングス様、こんにちは!」
「はは。どうせ教室で会うのに。じゃあね」
彼は綺麗な緑の目を細めた。その笑顔が、とっても綺麗だ。ギディングス様の笑顔が自分に向けられたと思うと、大きな破壊力がある。私がじっと彼の後姿を目で追っていると、アロイスが咎めるように私を見ていた。
「お前、あんだけ言っておいたのに」
「挨拶はいいんでしょ?挨拶しかしてないわ。それにしても、ギディングス様って本当に素敵ね!」
アロイスは一気に不機嫌になる。彼の言う通りにしたというのに、なぜそんな態度を取られないといけないのか。
「アロイス。挨拶もだめだというなら、どうしろっていうの。そもそも、私は誰とならお友達になっていいの?Aクラスには私以外、伯爵家以上の方しかいないのよ」
「自分で考えろ。じゃあな」
そう言ってアロイスは行ってしまった。ご機嫌斜めのようだ。
そもそも私の友人関係をなぜアロイスが決めるのだ。何だか馬鹿馬鹿しい気がして、これからは自分がしたいようにしようと私は決めた。
一日が終わるころになると、もうクラスにグループができ始めていた。とりわけ女子はほぼ固まっているように思える。
大きな女子グループの中心人物はラングハイム様だ。美しい彼女は、見ているだけで惚れ惚れしてしまう。彼女の友人たちも洗練された容姿と立ち振る舞いだ。
あとは二、三人で固まっている令嬢たちや、私のように一人で過ごしている令嬢が数人いる。
ギディングス様は先ほど廊下でも隣にいたカイ・クライバーという男子生徒と仲が良さそうだ。といっても人当たりが良いので、男女問わずいつも人に囲まれている。
とりあえず、挨拶の力は偉大だ。そう恋愛小説にも書いてあった。皆に挨拶をするようにすれば、そのうち親しい人ができる、かもしれない。
「さようなら」
「えぇ、さようなら」
手始めに隣にいた令嬢に声をかける。ラングハイム様のグループの令嬢だ。彼女は驚いた顔をしながらも、挨拶を返してくれた。にこやかに話しかけられた相手に冷淡に対応することは案外難しい。
(一歩一歩ね。頑張ろう)
魔法のことを学ぶ。これが第一の目標だが、お友だちを作ることは第二の目標といってもいい。
できることからやるしかないのである。私はよし、と気合をいれなおしたのだった。
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