不穏な知らせ
ローマイア領に帰って来てからずっと、色々と魔法を試している。
お父様と兄様の意向としては、昔の魔術師が作ってくれた街道を長い年月を経て変わった領内の事情に合うように修繕してくれるのが助かるとのことだ。私は土魔法に適性があるため、それほど大変なことではない。卒業後に向けて街道修繕の計画を立てつつ、私が一番やりたい食料事情の改善についても考えている。
まず領主の畑の一部を私の実験用の畑に分けて貰い、土魔法で土質を変えてみた。農民に聞いたよく実る土を触って、同じような土を量産してみたのだ。天気の悪い日に光魔法で光を当ててみたりもした。今のところ、順調に作物は実っている。
「でもこれは私がいなければできないことだわ」
「そうだね。君なしで領内で一斉に同じことをやるとなると難しいかもね。魔道具を作れるようになれば別だけど」
私が試行錯誤していると、なぜかカイ様も私と一緒に考えてくれるようになった。
「あ、そういえば。セレスティナ嬢、領内になんか変な奴が来てるって噂になってたよ」
「カイ様がなぜそんな噂を把握しているのですか」
「散歩してたら街の人と仲良くなってさ。ここ、治安が良いから一人で歩けて良いよね。海が近くて歩いてると気持ちいいし」
彼はよく近辺を一人で歩き回っていて、馴染みの店までできているらしい。カイ様は魔術師なのでそうそう危険なことにはならないとは思うが、こんな風に過ごす貴族は珍しい。この短期間で私よりも彼の方が領民と近くなっている気がする。
噂によれば、見たことのない男がこそこそと隠れながら何やら怪しい動きをしているとのことだ。田舎ではみんな住民の顔を把握している。旅人や移住者がくるとすぐ噂になる。
「一応、兄様に報告しておきます」
「そうだね。それが良いかも」
カイ様は頷いた。
「セレスってもてるのねぇ……」
「へ?」
お母様がどこか遠い目をして呟いた。隣のクリスタ姉様がそんなお母様を呆れたように見返す。
「今さら何言ってるの、お母様。ずっと昔からそうじゃない。でもそれは仕方ないわ。セレスは天使だから」
「それはそうだけど。クライバー様みたいな方までねぇ」
「ちょっと待ってください。カイ様とはそういう関係ではないです」
なぜかカイ様が私に好意を持っていることを前提とした話になっているので、私は慌てて否定する。
「まぁ、セレス。あなたを追って王都からここまで来るなんて、それ以外ないじゃない」
ユリアーナ姉様が諭すように私に言った。カイ様は決して私を追ってきたわけではない。王都から逃げたかっただけだ。
「びっくりするような家からも縁談がきてるのよ。でもセレスは結婚したくないのよね」
縁談が沢山くるのは、もてるからというより私が三属性だからだろう。彼らは私の魔力を取り込みたいだけなのだ。
「はい。私はずっとここにいます」
「あなたがそうしたいのなら、それで良いわ」
お母様が言い、四人で語らい合っていると、トビアス兄様がやってきた。
「みんな、ちょっと屋敷の中へ入ってくれないか」
「どうしたのトビアス」
「後で説明する。だからとりあえず中へ」
少し焦ったようにトビアス兄様が急かすので、私たちは不思議に思いながらも屋敷へ入った。
会議の時に使う広い部屋に入ると、中にはお父様やお父様の側近がいた。不思議に思いながら椅子に座ると、お父様が深刻そうな顔をして紙を取り出した。
「今、王都から連絡があった。デニス・ギディングスが逃げたらしい」
「えっ……」
逃げるとは、どういうことだろう。デニス様は牢獄に入っていたはずだ。
「そいつって、セレスを殺そうとした上にトビアス兄様を焼こうとした奴!?」
「なんでそんな危ない男を逃がしてるのよ!」
姉様たちが悲鳴のように叫んだ。
「不可解なことに、牢番がデニス・ギディングスの脱獄を報告したのは実際に奴が逃げてかなり時間が経ってからだったらしい。牢番は真面目な人物だったらしいが……手紙だけでは良く経緯が分からん」
そういえばあの熊もおかしかった。精神に干渉するような魔法をデニス様は使えるのかもしれない。それであれば、脱獄は容易だろう。
「お父様、デニス様がいなくなってから一体どれ程経過しているのですか?」
私の質問に、お父様は更に渋面になった。
「……数週間が経っているとのことだ」
お父様の返答に、部屋に悲鳴が響いた。つまり、既にローマイア領に到着していてもおかしくはない。
「デニス・ギディングスは見当違いではあるがセレスに恨みを持っている。もしかするとここに来ているかもしれん。セレス。お前はしばらく外に出ちゃいかんぞ」
「はい」
「妙な男の目撃情報もある。民家で食べ物が盗まれたとか、ここでは普段あまり起こらないことも起きている。自警団と領軍で協力して領内を見回るから、当分警戒しよう。相手は魔術師だし、用心に越したことはない」
「分かりました」
お父様の言葉に、皆頷いた。
デニス様が牢獄から逃げたという知らせのせいで、私は屋敷を出ることさえも禁じられてしまった。
「庭ぐらいは良いじゃありませんか」
「駄目だ。相手は何をしでかすか分からん奴だ」
「そうだぞ、セレス。あいつは正気じゃない」
お父様とトビアス兄様だけでなく、他の家族や使用人も反対したので、私はしぶしぶ観念した。
「分かりました……」
畑の世話は外に出ないとできないのに、もう成長を記録することができない。魔法をかけた畑との違いを比較したかった。残念だ。
屋敷でぼんやりと過ごしていると、カイ様がやってきた。
「セレスティナ嬢。俺、もう王都に帰るよ」
カイ様がすまなさそうに私に告げる。私はそんな彼に笑顔を返した。
「そうですか。ここも騒がしくなってきましたから、その方がいいかもしれません」
彼は客人である。おもてなしもできず、デニス様という危険人物がいるかもしれない状況だ。早めに帰るという判断は賢明かもしれない。
「本当に来て良かったよ。居心地が良くて長々と居座ってしまった」
「ふふ。またいつでもいらしてください」
「セレスティナ嬢、何だか元気がないね」
カイ様が心配そうに私を見る。笑顔を浮かべているつもりなのに、なぜ分かってしまうのだろう。私は本当に何でも顔にでてしまうらしい。
「外に出られないので、せっかく実験していたことが無駄になってしまいました。それがちょっと悲しくて」
私は努めて明るく話す。カイ様は手を顎に当てて、何かを考えるような仕草をした。
「どうせ出られないんだし、家の中でできる魔法を考えたら?」
「家の中で?」
「うん。冬の間は外に出られないんでしょ?屋根があるところで魔法使って、作物を育てる術があるか試せばいいんじゃない?君の光魔法でさ」
私は彼の言葉に目を丸くする。確かにそうだ。冬に作物ができないのは雪があり、太陽が当たらず、農民が外に出られないから。太陽の光を光魔法で代用すれば屋根の下で作物が栽培できるかもしれない。
勿論寒さなど、他にも解決すべき点はあるが、育てる品種などを検討すればいいだろう。屋根の下で本当に作物が育てば凄いことだ。冬でも食べ物を確保できる。
今まで農業は外でやるものだという考えに囚われ過ぎていたかもしれない。
「確かに、そうですね。私の光魔法で、太陽がなくても作物は育つかも……!何で思いつかなかったんだろう。ありがとうございます、カイ様」
「……まぁこれは、オリバーからの助言なんだけどね」
「えっ?」
私が問い返す間もなく、カイ様は去っていった。
カイ様の言葉が頭から離れない。
(カイ様はギディングス様と連絡を取っているの?王都から離れる前に会ったの?)
普通に考えれば王都で会ったのだろう。しかしギディングス様は通信用の魔石を作れる。そういった手段で彼と話をしているのかもしれない。
もしかして、ギディングス様はまだローマイア領のことに心を配ってくれているのだろうか。考えたことをわざわざカイ様に伝えてくれるほどに。
————君を本当に、大切に思ってる。
別れのときに彼が言った言葉が蘇る。ギディングス様は本当に残酷な人だ。あんなことを言われて、嬉しいと思うと同時に余計に苦しくなった。フロレンシア様と結婚するのだから、私のことなど突き放してくれたら良かったのに。
「本当に酷い人ですよ、あなたは」
私はそこにいるはずもない彼に、ぽつりと呟いた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
これまで毎日投稿を続けていましたが、
最終話までの推敲のため、明日から少し投稿を休みます。
納得いくまで手直しして、次は最後まで休まず投稿したいと思います!
続きは必ず投稿いたしますので、しばしお待ち下さいませ。
よろしくお願いいたします。
risashy




